第054話 交渉という言葉さえ烏滸がましい

 俺とソフィはこそこそと話しあい、このエルフたちには俺の牧場で働いてもらうことに決めた。


 森人族エルフは高潔で約束を破ることはなく、嘘も言わないと聞いて育ったというのも大きい。


 勿論ソフィが言った通り、その長大な寿命に裏打ちされた経験や知識と優れた容姿によって自身たち以外の人型生物を見下す傾向があるのも間違いはないみたいだが、それでも裏でこそこそ嵌めるようなことはしないし、だましたりもしないと聞いたことがあった。


 そうであれば、労働力として申し分ない。今、仕事に追われている身としては、労働力の確保は最重要課題だ。


「お前たちはシルの世話をしたい、ということでいいんだな?」


 俺は、横になったままか、上体を起こし始めたエルフたちを見下ろし、改めてここを訪れた目的を確認する。


「は、はい。その通りです」


 人間である俺にへりくだるのが屈辱なのか、少女の怯える表情の中に屈辱が滲んでいる。


「分かった。それは許可する」

「本当か!?ひっ!?本当ですか!?」


 あまりに嬉しいのか思わず素が出る森人族の少女であるが、銀狼達に威嚇されて、すぐに敬語で言い直した。


 流石にそこまで銀狼達を恐れなくてもいいと思うんだけどな。


「ああ。ただし条件がある」

「じょ、条件とは?」


 俺の言葉に、ゴクリ、と森人族たちは喉を鳴らして俺の条件を固唾を呑んで待っている。


 取って食うわけでもないからそんなビクビクしないで欲しい。


「それはここで働くことだ」

「我らに人間の配下になれと?」


 予想通りの返答だったのか森人族少女が侮蔑を含んだ視線を俺に向ける。


 確かに捕まった身の末路としてはあり得る話だが、そんな者になって欲しいわけではない。


「いや、畑を手伝ってくれればいい」

「農夫になれというのか!!」

「そうだ」

「ふざけるな!!我らは誇り高き森人族だぞ!!その我らに対して、ひっ!?」


 ただ、働いてもらおうと提案したつもりだったが、彼らにとって農業をすることは何やら禁句だったらしい。


 ものすごく反発されたけど、銀狼達に威嚇されて再び我に返った。


「はぁ……全くここで働くということの意味を分からぬとは森人族も落ちたものよ」

「どういうことですか?」


 ため息を吐いてあきれるように口を挟むソフィに、森人族は威嚇するような視線を向けながら剣呑な雰囲気を出して尋ねる。


「ほほう。アイギスだけでなく、我にまで威嚇するとは……。まぁよい。我は寛大だ。まずはこれを食ろうてみよ」


 ソフィは森人族のプライドの高さに感心しながらも、亜空間倉庫から取り出したキャーベツを彼女の前に差し出した。


「いったいどこから!?まさか空間魔法!?人間ごときにそんな高度な魔法が使えるわけがない……」


 亜空間倉庫に驚く森人族少女。


 その気持ちはものすごくよくわかる。俺も初めて見た時はとんでもなく覚えたことがあるからな。


「おぬしらにはこれが見えぬのか?まぁよい。そんなことはいいからサッサとこれを食べるのだ」

「これはキャーベツ?」


 ただ、頭に生える角も目に入らないほどに気が動転し、人間に間違われるとは思っていなかったソフィだが、別に不快だと思っている様子もなく、キャーベツを少女の前にさらに押し出した。


「そうだ。なんの変哲もないキャーベツだ。騙されたと思って食べてみよ」

「は、はい」


 シャク。


 少女はソフィの差し出したキャーベツを受け取って齧った。その瞬間、目を見開き、次から次へとかぶりついていく。少女の近くにいた森人族達にもソフィが野菜を手渡すと、彼らは少女と全く同じ症状を見せた。


「お、美味しい!!美味しすぎる!!芳醇な魔力が含まれているせいか、力がみなぎる。それにこれは……神樹様の気配?」


 少女の言葉に、他の面々を顔を見合わせながら、キャーベツに何やらシルの気配を感じ取ったようだ。


 俺には美味さしか感じないため、ウチの野菜にはそんな気配をあるのは知らなかった。ソフィは人間ではなく、ドラゴンなのでそういうこともわかるんだろうな。


「どうやら分かったようだな」

「ま、まさかこれは神樹様の加護を受けた野菜!?」

「さてな。ここで働くのであれば、報酬代わりにこの野菜をある程度分けてやるぞ?」


 シルの気配があることを意味ありげに語るソフィに、少女はかつてない衝撃を受けたような表情になる。


 確かにシルのおかげで成長速度が上がっていたのは間違いないだろうが、それが加護だとはハッキリしていないし、ソフィも明言しなかった。


 そして森人族たちはソフィの提案に黙まってしまった。


「それは本当なのですか?」

「ああ。約束するよ」


 ソフィが話していたが、情報を確認するために俺の方を向く少女。俺は彼女の疑問を晴らすように頷く。


「分かりました。業腹ではありますが、私、シルヴィア・コービン・アールヴ以下、神樹様捜索部隊はあなたたちの下に働こう」

「分かった。詳しい条件はまた後で詰めよう。俺はアイギス。この牧場の主だ。よろしくな」

「はい。よろしくお願いします。それでそちらの人物は一体何者なのですか?空間魔法まで使えるなんて、人間とは思えません」


 どうやらソフィの出鱈目、とは言わないまでも眉唾な話で丸め込まれてしまったシルヴィアは俺たちの下で働くことになった。


 ただ、彼女はソフィのことが気になったようだ。 


「我か?」


 ソフィは自分に話を向けられたことに気付いたように返事をすると、おもむろに買ってきたばかりの服を脱ぎ捨て本来の姿に戻った。


『我は竜皇ソフィーリア・オニキス・ドラクロアである』

『ぴゃっ!?』


 ドラゴンとして自己紹介を行うと、シルヴィアたちは目ん玉を飛び出させて驚いていた。


 地面にシミが出来ていたことは名誉のため指摘しないでおいた。

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