第018話 状態異常?知らない子ですね……

 ソフィと手を繋いで森の中を進む。俺はドキドキして何も話せなくなっていた。


「いいか?この森でいかにも美味そうな果物や木の実がなってきてもいても絶対に――」

「おお!!ソフィ見てみろ。美味そうな果物だ!!」


 しかし、ぼんやりしていた俺にソフィの声は届かず、木になっているとんでもなく美味そうな果物を見つけた途端、俺は余りに嬉しくなってその果実をもぎ取り、そのまま齧ってしまった。


「おお!!結構美味い!!」


 酸味と甘みがちょうど良く、シャキシャキと歯ごたえがあり、中々美味しい果物だ。


「言ってる傍から!?ちょっと待つのだ!!それを食べるでない!!」


 ソフィは何か慌てたように俺を止めようとするが、時すでに遅し。俺はその果物をむしゃむしゃと咀嚼して飲み込んでしまった。


「で、なんだって?」

「はぁ……それは食べた者を眠らせてしまう果物なのだ。こんな所で寝入ったら人も食ってしまう植物にやられてしまうぞ」

「え!?人を食う植物がいるのか!?」


 それはまさかそんな植物がいるとは思わず、呆れるソフィに聞き返す。


「ああ、むしろ今実をつけているその木もそうだ。その木は自分の根元で寝た獲物を根で縛り上げ、ゆっくり養分を吸い上げていく吸生樹という木だ。美味そうな果実で獲物をおびき寄せる」

「本当なのか!?もう飲み込んでしまったんだが……」


 まさか今食べた果実が食人植物のものだとは知らずに食べた俺は、さーっと血の気が引いた。


「おかしいな。本来であれば飲み込んですぐに眠気が襲い、倒れるように眠ってしまうんだが、アイギスは眠気はないのか?」

「うーん。今のところ全くだな」


 ソフィに言われてみたが、一切眠気は感じない。それどころかソフィの手を握っているの思い出して緊張しているせいか、目が冴えている。


「うーむ。不思議だ。もうちょっと食べてみろ」


 ソフィは少し考え込む仕草をすると、そんなことを言う。


「え!?」

「大丈夫だ。もし何かあれば竜化して連れ帰る」

「わ、分かった」


 俺は思わず驚くが、ソフィがどうにかしてくれるなら、と安心して食べることにした。


「どうだ?」

「いや、全く何も感じないな」


 全部食べてみたが、やはり体に変化はない。ただ果物が美味いだけだ。


「やはりお主は人間ではないのではないか?」

「俺は人間だ!!」


 ソフィが訝しげに問うが、断固として否定した。


 全く失礼な。


「検証のためにある程度持っていこう」

「そうであるな。荷運びなら任せよ」


 俺はもっと食べて変化が現れるのか試すために、その果実を持って帰ろうと背嚢を広げると、ソフィが何やら指を鳴らし宙に浮かぶ黒い渦を出現させた。


「なんだ?それは?」

「これは亜空間倉庫といって物を沢山入れておける魔法だ。そうだな……おそらくあの近くにあった山くらいの量は入るはずだ。そこに物を入れて運んでやろう」


 そんなものは今まで見たことがなかったので、正体を尋ねたらとんでもない答えが返ってきた。


 まさかそんな魔法があるなんて。大魔導師と持て囃されたリーナでさえ使えなかった。


 そんな便利な魔法があるならあのリーナが使わないわけないからな。


「本当か!?ありがたいな。背嚢はこれしかないからな。おかげで次に森に来るまでのんびりできそうだ」


 そんなことよりもソフィがどのくらい滞在するかは分からないが、食材の腐り具合によっては、暫くの間森に来なくて済むと思うと凄く助かる。


「気にするな。ちょっと迷惑をかけた詫びだ」

「別に気にしなくてもいいのに」

「我は誇り高き高位古代竜ハイ・エンシェントドラゴンだ。迷惑を掛けたのであれば詫びくらいする」

「それなら詫びをするのは俺だと思うけどな」

「細かいことは気にするな」


 ソフィは詫びだというが、ソフィを空から叩き落したのは俺だ。それなら本来詫びをするのは俺のはずなのだが、ソフィは鷹揚に首を振った。


 それから俺達は、奥に進むにつれて次々と食材を発見する。


「これ美味いな」

「あぁ~、我が確認する前に食べるな!!」

「これは甘いぞ」

「だから食べるなと言っておろうに!!」

「これは渋いな」

「だ・か・ら!!口に入れるな!!」


 俺は先ほど何ともなかったことと、最悪ソフィが連れ帰ってくれると約束してくれたことで安心してしまい、新しい果物や木の実を見つける度に、ついついその美味しそうな食べ物を口に入れてしまい、その都度ソフィに怒られてしまった。


 手をつなぐことにも徐々に慣れてきて緊張が解れてきたというのもあるかもしれないが、少し羽目を外してしまったようだ。


「お主、本当に体におかしなところはないか?」

「ん?いや全く」


 何度も食べては怒られを繰り返した後、ソフィが俺の顔を真剣な表情で見つめるので俺は正直に答えた。


 一切の変化は感じない。


「どうやらここの植物や果物や木の実がおかしいのではなく、お前の体がおかしいようだな……」


 ソフィは俺から手を離してまじまじと俺の体を見回す。


「俺の体のどこがおかしいんだよ?」

「いいか?お主が食べた物は全て何らかの毒性を持つ物だ」


 俺が聞き返せば、ソフィがおかしなことを言う。何か毒があるのなら俺の体に変化があるはずだ。


「なんともないじゃないか」

「だからお主の体がおかしいと言っておる」


 俺が肩を竦めて返すと、ソフィが憮然とした表情で答えた。


「我も耐性がある故ほんの少しだけ食べてみたが、どれもこれもきちんと毒性をもっておったわ。それなのにお主には一切効いていない。お主何かを食べて当たったことはあるか?」


 ソフィがそのまま話を続け、俺の過去を尋ねる。


「うーん。そういえば物心ついてから腹を壊したことは一度もないな」

「病気や何かにかかったことは?」

「俺は小さいころから健康そのものだって言われてきた。風邪も一度も引いたことがないぞ」

「やはりか……」


 何度かの質問に答えた後、ソフィは何か思い当たったかのように呟いた。


「それがどうかしたのか?」

「うむ。おそらくだが、お主は状態異常を完全に無効化する体質のようだな」

「状態異常完全無効化!?俺が!?」


 俺は何が判明したのか知りたくて尋ねたら、返ってきたのはとんでもない答え。


 俺は思わず声を荒げる。


「ああ。ダンジョンに潜って敵の毒攻撃などをうけた覚えはないか?」

「そういえば、そんなこともあったような。あの時は周りの奴らが滅茶苦茶騒いだっけ。でも結局なんともなかったから毒がない部分がかすっただけじゃないかってことになったんだ」


 更なる質問に、俺は過去を思い出しながら答えた。


「それはもうほぼ確定だろう。お主の体は状態異常を受け付けない。とんでもない身体だということだ」


 俺の答えを聞いたソフィは確信した様子で返事をする。


「結構頑丈だとは思っていたけど、まさか俺がそんな体質だったなんて……」


 俺も状態異常に強い方だとは思っていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。


「耐性があるかどうかは分かっても、完全に無効化するかどうかは中々判別が難しいだろうから仕方あるまい。しかし、ここの植物の毒は超一級品だ。それが全く効果を発揮していないとなると、間違いなくお主に状態異常は効かん」

「そうなのか。でもそりゃあいいな!!ここにある植物はどれを食べても問題ないって事だろ。俺にとって最高の食材の宝庫じゃないか」


 思いがけず分かった俺の体質だが、この体質であればこの森にあるものは全て食べ放題だ。俺は嬉しくてついついはしゃいでしまう。


「そのことでさっきの霧に惑わされなかったことも合点がいく。あの霧には人を惑わす力がある。それも高位古代竜である我でも効いてしまう程の。それでもお主には効かない。お主はまさにこの森の天敵ってヤツなわけだ。全くお主はとんでもない奴だな」

「ははははっ。これで俺も死なずに済みそうだな」


 どうやらこの森は俺にとって天国らしい。

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