3章 50話 ノバラの闇

ナーニャと別れ、イスカンさんがいる本家に向かう。

また僕はあの中央に焚き火があるシンプルな部屋で食事することになった。


「さあ、さあ、冒険者様。遠慮など入りません。

 どんどんとお召し上がり下さい」


イスカンさんはニコニコと微笑んで食事が載ったトレーと一緒に床に座り込む。

床の上に置かれたトレーには卵を焼いた言わば卵焼きみたいな塊に

巨大な焼き魚、そして問題の眠り草が紛れ込んでいる謎の草いっぱいのサラダ。


「どれも美味しそうでどれから手を付けたらいいか迷っちゃうなぁ~」


ナーニャの助言が脳裏に焼き付いてつい目が泳いでしまう。


「どうかなされましたか? もしやまだ夜のご飯がお腹の中に

 貯まっていましたか?」


イスカンさんの不安そうな顔が目に映る。

僕はとっさに動揺を隠すように焼き魚にかぶり付く。


「いい味出していますね? この魚」


「その魚は今朝からヨルダが冒険者様のために取ってきた新鮮な物ですぞ。 

 さあさあ、魚の骨の髄まで堪能して下され」


いやはや危なかった、平常心、平常心。普通にイスカンさんと接するんだ。

じゃないと後でナーニャに怒られてしまう。


「ありがとうございます。次はこれかな?」


僕は卵焼きみたいな料理に手をつける。

昨日もそうだったがこのノバラには箸を使ったりフォークや

ナイフを使って食べる文化はどうやらないらしい。


「ノバラで放し飼いで育ている鳥が産んだ卵は絶品でもう舌がとろけますぞ」


「まさに口の中がジュシーって感じで本当に舌でとろけますね」


「これ美味しいかったので、もう一口頂きます」


既に眠り草が入っているって頭で理解しているからこそ余計に

謎の草いっぱいのサラダに手が伸びようとはしない。


「どれこのワシ特製のサラダも食べて下され、冒険者様」


「僕は草食系男子でサラダを最後のメインデイッシュとして

 お迎えするのが我が母国の習わしなんです」


どうせ眠って意識を失うなら、他の食べ物は全て完食しとこうかなって

思う貧乏性の心理がどうしても邪魔をする。


「そうでしたか?

 今の若者達の考えは到底我々では理解に苦しみますな?」


「そうですね、僕にもチンプンカンプンで理解不能です。あはは」


もうここは作り笑いでイスカンさんを誤魔化す方法しか思い浮かばなかった。

でもそんな場つなぎの間も時間がある程度経てば無力しかない。

必然的に謎の草いっぱいのサラダだけが綺麗にお皿の上に残る。

イスカンさんが無言で僕を見詰めている。

僕は覚悟を決めて一気に幾つかの葉っぱを鷲づかみして、


「もぐもぐ、うまい、うまい」


って強引に口の中へとねじり込む。


「良かった。そうでしょう、そうでしょう。

 このサラダもノバラの畑で取れた活き活き野菜ですぞ。

 おかわりもありますから遠慮しないでもっと食べて下され」


少し食べただけで目眩がしてきた。もう吐きそうで気分も悪い。

でもナーニャと固い契りを交わしたんだ。

それに僕のために皿にある料理は最後まで食べないと作ったヒトに

申し訳ないせっない気持ちになるから。

サラダを飲み込む度にだんだんと意識が遠のいていく。瞼が重い。


「どれ、どうなされましたか? 冒険者様」


「何だか急に眠たくなってきて……」


「きっとまた長旅の疲れが押し寄せてしたんでしょう。

 またノバラでごゆっくりと幸せな夢を見て下され」


後はナーニャ……任せたぞ。頼むから僕を裏切らないでくれって。


………………


…………


……


凍てつくように足元がスースーして寒い。

でも胸の辺りだけが妙に温かいアンバランスな感じがして、


「……ここはどこだ?」


まるで土が防壁のようにそびえ立っている薄暗い闇に包まれた異質な空間。

時より奴隷生活で覚えてた嫌な死臭が漂ってきて、息が詰まる。

はぁ、やっぱり僕は騙されたのか?

それともナーニャに希望を感じて信じた甘い気持ちが悪かったのか?

正直心が苦しい。裏切りに免疫が出来ているとはいえ

信じていた分だけ悲しくなるのは当然のことだ。

でも今はスフレいやカティアとの約束ために

絶望に潰されているわけにはいかない。

運がなかったんだって割り切って脱出方法を考えないと……。


「……こんな所に骨がある」


白骨した遺体らしく物が足下には散らばっていて、


「ふふふ、これがノバラの闇よ。なんちゃって」


頭上からテンポ良くナーニャの声が聞こえてくる。


「約束通り助けにきたわよ、玲音」


「確かにこの場所は暗いね。ノバラのヒトの正体って

 地上に憧れを抱いていた地底人だったんじゃないか?」


傍で見守っていると分かったからこその平常心という名の強がり。


「なによ。それ? こんな状況でよく冗談が言えるわよね。

 あんたの心臓って何本か毛が生えているんじゃないの?」


「……僕は子供の頃から落とし穴にいるのはもう慣れているんだ」


堀上がっている地面を見つけても次に落とされる展開を予想して、

周りの空気が怖くて自ら落とし穴に足を踏み入れる自滅行為。

みんなが泥だらけになった僕をネタにして好き勝手に笑っている。

それと比べれば今の状況はどれだけマシなことか?


「あんたこそ地底人じゃない。それはそうともうなによ、その格好は?

 クスクス……バカじゃないの?」


あれあれ? なぜナーニャは僕の姿を見てそんなに笑うんだ?

あいつらとは違うってナーニャことは信じていたのに。

惨めな僕を見て笑うなんて余りにも酷すぎる裏切り行為だ。


「いくらなんでも玲音の胸ちょっと盛り過ぎだって。

 長老様達って女の子の体をどう思っているのかしら」


……胸? それって男の子が大好きだって太古昔の記憶から細胞に

すり込まれているおっぱいなんじゃ……道理で胸元が重く感じたわけだ。

転生トラブルで容姿も変わったことだし、ここは地球とは違う異世界だし、

僕が美少女の姿になってももう驚かないからな。

自分の胸におっぱいがぶら下がっていると知って揉みしだかない男など

この世には存在しない。揉み揉み、揉み揉み!?


「……嘘でしょう、この変態っ」


「いや、あのその……これは……」


胸にパットが入っていたのかな? 想像以上におっぱいは固かった。


「はぁ、これだから男って嫌なのよね?

 女の子の胸しか興味がない典型的悪い例よ、玲音って」


「違う、違う。その僕はですね?

 あの、その女の子の姿に変わっているって思ってですね?

 もしナーニャも男に変身してたら男のシンボルを触るでしょう?

 そう、それと同じで……そう興味心いや不可抗力ってヤツだよ、あはは」


だが目の色を変えて激怒するナーニャにはイスカンさんのように

作り笑いで誤魔化す方法は通じなかったみたいで、


「このあたしがそんな汚い物触るわけないでしょうがっ」


「で、ですよね。ごめんなさい」


ひらすらナーニャに謝ることしか出来なかった。

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