第9話:ルゼル&ノア

 スケルトン、グール、レイス。


 洞窟の深部を目指す道中、俺たちは種々のアンデットに幾度もなく襲われた。


「破ぁーッ!!! そりゃぁー!!! ギルティー!!!」


 しかし、その全てがノアに手をかざされるだけで為すすべもなく倒されていく。


 スケルトンは物言わぬただの骨になり、グールの腐肉は溶けて消え去り、レイスは満足げな表情で天へと召されていった。


 流石は世界規模の教団の元聖女。


 対アンデッド系の魔物に関しては無敵と言っていいかもしれない。


 困難を極めるはずだった新人連れの洞窟探索は、一転してまるでピクニックのように気楽な様相を呈してきた。


「あーはっはっは! 余裕余裕! 楽勝すぎておヘソがファイヤーボールを唱えるわね! この調子でガンガン奥まで進むわよ!」


 よく分からない慣用句を使いながら、まるで自分の手柄のように威張るエイル。


 後方でふんぞり返らせれば、こいつの右に……いや後ろに出る者はいないな。


「ノア、もう随分戦ってるけど大丈夫か? 疲れたなら俺が先頭を変わるぞ?」

「んーん、へーきへーき。このくらいなら全然よゆーよゆー」


 余裕綽々よゆうしやくしやくな言葉通り、その顔に疲れの色はない。


 それどころかいつもより肌のツヤがあるようにさえ見える。


「ならまだ頼むけど、くれぐれも無理はするなよ? しんどくなってきたらすぐに言うんだぞ?」

「了解! 心配してくれてありがと! あっ、また来た!」


 暗闇の向こう側に敵の気配を察知したノアが前方へと向き直る。


 ――ズリュ……ズリュ……。


 水気のある肉の塊が這いずるような気色の悪い音が聞こえてくる。


 それはある程度の経験を積んだ冒険者なら一度は聞き覚えのある音。


「ちょっと待て、この音は――」

「うりゃー!!」


 制止の声を聞かずに暗闇から飛び出したきた物体に向けてノアが手を突き出す。


 これまで何度も繰り返されたように、手のひらから閃光が迸る。


「あ、あれ?」


 しかし先刻までのアンデッドたちとは違い、それは閃光を受けても動きを止めない。


 そのまま、まるで反発するゴム球のような挙動でノアへと飛びかかった。


「危ない!」

「きゃっ!」


 ノアを半ば突き飛ばす形で押しのける。


 そのまま構えていた剣を真っ直ぐに振り下ろし、飛びかかってきたそれを両断する。


 二つに断たれた物体が地面に落ち、水塊が炸裂したような音が洞窟内を反響していく。


「ふぅ……これだけの洞窟なら、そりゃアンデッド系以外の魔物がいてもおかしくないよな」


 安堵の息を吐き、落ちた塊を見下ろす。


 飛び出してきた物体の正体はケイブ・スライム。


 弾性のある半液状の身体を持ち、獲物を拘束して酸性の体液で溶かして捕食するその名の通り、洞窟内に生息するスライムの一種だ。


 大きさは個体に依るが、人間を丸呑みできるサイズにまで成長することもある。


 それなりの経験を積んだ冒険者なら苦戦する敵じゃないが、こいつも体内の核を潰さない限り再生し続ける面倒な特性を持つ。


 今、一撃で倒せたのは運が良かった。


「大丈夫だったか?」


 汚水で満ちた水風船のような死骸が消えていくのを横目に、尻もちをついているノアに手を差し出す。


「うん、大丈夫……いたた……」


 笑顔で握り返された手を引いて立ち上がらせる。


「すまん、普通の魔物に気が回ってなかった俺のミスだ」

「んーん、私の方こそもう少し気をつけなきゃだよね……」


 ノアも謝るが、アンデッド系以外の魔物の存在が頭から抜け落ちていたのは完全に俺の落ち度だ。


 魔物を始めとしたダンジョン探索の知識を持っているのは俺だけなんだから、しっかりしないと。


 気を引き締め直して、再び進路を洞窟の奥へと取る。


 以後はアンデッド系の魔物はノアが、それ以外の魔物は俺が対処する形を取ることにした。


 その形が正答だったのか、苦戦らしい苦戦をすることもなく俺たちは止まることなく進行し続けた。


「ねぇねぇ、ルゼル。私たち、結構いい感じのコンビじゃない? ノア&ルゼルって感じ?」

「なんだそりゃ……。なんか微妙に語呂が悪くないか?」

「えー……そうかな?」

「そうだよ。それならルゼル&ノアの並びの方が語呂はいいだろ」

「ルゼル&ノア……ノア&ルゼル……んー、どーかなー……」


 洞窟に入ってから五十体は下らない魔物を倒した俺とノアが、そんな軽口を叩きながら歩いていると――


「……withエイル」


 まるで死霊を思わせるような沈んだ声が背後から響いた。


「ん? 何か言ったか?」


 すっかり存在を忘れてしまっていた後方の誰かさんに視線を向ける。


 声の通りに恨めしげな視線を俺たちに向けながら、一人トボトボと歩いていた。


「ルゼル&ノア……withエイルを忘れてない……? って言ったのよ……二人だけで楽しそうにイチャイチャしてて聞こえなかったのかしら……?」


 積年の恨み言を述べるような口調。


 自分だけがしばらく除け者にされていた苛立ちの感情がありありと伝わってくる。


 心なしか、ノア由来の光をかき消すような暗いオーラさえも醸し出されている。


「あっ、エイル様……ごめんね……。別に除け者にしようとか――」

「待てノア、こいつをあんまり甘やかすな」


 気遣おうとしたノアの言葉を遮り、拗ねているエイルと向き合う。


 前々からこいつには一度言っておかなければならないことがあった。


 ちょうど良い機会だ。この際、言わせてもらおう。


「じゃあ逆に聞くけどな……。お前、ここに来て少しでも何かしたか?」

「えっ?」

「洞窟探索で一攫千金だのなんだの言って、人を半ば無理やり連れ出すだけ連れ出しといて何もしてねーよな?」

「わ、私だって……その気になれば出来るわよ、色々……。で、出番が来なかっただけで……」


 長いまつ毛のついた大きな目が所在なげに泳ぐ。


「ほー……じゃあ、その色々とやらを聞かせてもらおうじゃねーか」

「え、えっと……魔法で援護したり……」

「魔法ってのは、この前見せた哀れな火球のことか? あれじゃイカでも焼くのが精一杯で魔物なんて到底倒せないぞ」

「だったら……あんたの武器を用意したりとか……あの時は私のおかげだって言ってくれたじゃないの……」

「俺は今の話をしてんだよ。それにあれも今はお前の協力なしで出せるぞ?」

「あうあう……他には……えっとえっと……」

「他にはなんだ? 私は後方で腕組みしながら偉そうなリーダー面が出来ますってか?」

「ぐ……ぐぬぬ……」


 何も言い返せず、悔しそうに歯噛みしているエイル。


 普段は偉そうにしている高飛車女を分からせるのは、自分の中に隠されていた嗜虐心が刺激されて正直かなり気持ちが良かった。


 けれど、別に本気で糾弾しようと思っているわけじゃない。


 これで少しは自省して、多少なりとも立場をわきまえてくれれば今の所はそれでいい。


「う……う……うわああああああん! ノアー! ルゼルがいじめるー!」


 窮したエイルが子供のように泣きながらノアに助けを求める。


 往生際の悪いやつだ。


「よしよし、エイル様はやれば出来る子だもんねー」


 勢いのままに抱きついてきたエイルの頭を優しく撫でるノア。


「そうよそうよ……それなのに、ルゼルは私のことを超絶可愛くてスタイルも良くて神聖なオーラによるカリスマ性が溢れ出てるだけの何も出来ない役立たずだって言うのよ……ぐすん……」


 心地よさそうな胸元に顔を埋めながら、あからさまな嘘泣きをしているエイル。


 女同士だからって、この野郎……。


「ルゼルー、エイル様をいじめたらダメでしょー」


 まるで妹をいじめる兄を叱りつける母親のような口調で諌められる。


「だから、そいつをあんまり甘やかすなって言ってるだろ」


 普段なら二対一の状況では引き下がっていたかもしれないが、今日は心を鬼にさせてもらう。


 多少は俺たちのありがたみってやつをこいつには噛み締めさせてやるべきだ。


「どうせ今もそうやって泣いてるフリでもすりゃ俺が引き下がると思ってんだろ?」

「ギクッ!」


 胸に埋められた顔から図星を突かれた卑怯者の音が鳴る。


 少しでも態度を改めればこの場は許してやろうと考えていたのに、本当に往生際の悪いやつだ。


 いくら俺が女の涙に弱いからって、こんなバレバレの嘘泣きにほだされはしない。


「別に、今すぐ何か出来るようになれとは言わねーけどな……せめて日頃から魔法の訓練でもしようって気概くらいは――」


 それでも少しは優しく諭してやろうとした時だった。


「うにゃあああああ! 分かったわよ! そこまで言うなら見せてやろうじゃないの!」


 突然、逆ギレするようにエイルが叫んだ。


 洞窟の最深部まで響きそうな大きな声が周辺で何度も反響する。


「うるせぇな……見せてやるって何をだよ」

「私の『神遺物レリツク』をよ!!」


 抱きついていた身体を引き離したエイルに、いつもの調子でビシっと指を突きつけられた。

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