第4話:生態系の破壊者

「まるで天を衝くような巨人が剣を振り下ろして割ったんじゃねーかってくらいのデカい地割れが森から山の麓にかけて出来てるらしい」

「へ、へぇ~……地割れねぇ……」


 剣じゃなくて斧だ。


 それに天を衝くような巨人でもない。


 お前よりも小さなパっとしない銅級の男だ。


「んで、ちょうどその終端付近にずっと埋もれてた洞窟が見つかったって話なんだよ」


 嫌な予感に、冷たい汗が首筋をつーっと流れる。


「調査に行った奴の話によると軽く数百年以上は埋もれてたみたいで、中にはアンデッド系の魔物がわんさかいるらしい。それこそ外にまで出てきたら周辺の生態系に大きな影響を与えかねないくらいのな」

「せ、生態系に大きな影響」


 具合が悪くなってきた。


「ああ、それで近々ギルドから生態系がイカれちまう前に洞窟内部の魔物を殲滅する大規模な討伐依頼が出るかもって情報を掴んだところなんだよ。あの辺りに厄介なアンデッド系の魔物が出没するってなりゃ新人が途方に暮れちまうからな」

「……た、確かに」


 飛竜山付近は以前、俺たちが薬草採集をしに行ったように新人冒険者たちが経験と小銭を稼ぐ場所として重宝されている。


 そこの生態系が崩れ、アンデッド系の魔物がうろつくような死の山になればどうなるか。


 間違いなく新人冒険者の育成に支障をきたすはずだ。


 その弊害は一部地域のみならず、ミズガルド全体にまで波及しかねない。


「どうした? 顔色悪いぞ?」

「い、いや大丈夫だ……さっき食った料理が口に合わなかっただけで……」


 やらかしてしまった事の重大さに、全身から嫌な汗が吹き出してくる。


 あの時は差し引きでややプラスだと思った出来事が、まさかここに来てマイナスに転じるとは考えてもいなかった。


 斧の呪い、恐るべし……。


 やっぱりあんな武器はもう二度と使うべきじゃないのかもしれない。


「で、こっからが本題だ。ギルドから依頼が出て人が殺到する前に、美味しいとこだけ俺らで先に頂いちまおうぜって話よ。古い洞窟ってことは、まだ手つかずの魔石がわんさか埋まってるかもしんねーし。もしかしたら、もっとヤバいお宝が眠ってる可能性だってあるからな。四~五人でパーティを組んで――」

「悪いわね。彼は今日、別の用事があるのよ」


 ジルドが提案の内容を言い切る前、俺が何か言うよりも先にエイルがそう言った。


「ルゼル、そうなのか?」


 エイルの言葉だけでは信用に足りないと思ったのか、ジルドが直接確認してくる。


 頭の中で予定を確認してみるが、何かを約束した記憶は特に見つからなかった。


「いや、この後の用事なんて特に……いてっ!」


 否定の言葉を紡ごうとした瞬間に、テーブルの下で足を踏まれた。


「ん? どうした?」


 急に叫んだ俺の顔を隣から覗き込んでくるジルド。


 その対面に座っているエイル――俺の足を踏んだ張本人が、『いいから適当に合わせなさい』と目配せしてくる。


 その顔には、また何か企んでいるような表情が微かに浮かんでいた。


「えー……あー、そうだ……今日はこいつらが冒険者になったお祝いをするんだったわ」


 どうするか少し逡巡した結果、ここは従うことにした。


 下手に逆らって騒がれてもめんどくさい。


「そうそう! 今日は三人でお祝いの唐揚げ大会をするのよ! ねっ、ノア?」

「唐揚げ大会!? ほんとに!? それは超楽しみかも!」


 どんどん妙な話が出来上がっていく。


 でっち上げるにしてもそれはないだろ。


「おいおい、そんなもんいつでも出来るだろ……」

「ダメダメ、三ヶ月前から秘技・開幕レモン絞りの練習してたんだから今更キャンセル出来ないのよ。ねっ、ルゼル?」


 また『とにかく合わせなさい!』と凄まじい眼力で命令される。


 顔には満面の笑みが浮かんでいるが、何を企んでいるのか目は全く笑っていない。


「どうやらそうらしい。すまねーな、今回はパスだ」

「まじかー……金欠って言ってたから乗ってくれると思ったんだけどな……」

「埋め合わせはまた今度するからよ」

「しかたねーな……だったら別の奴でも誘ってみるか……」


 残念そうに背もたれへ身体を預けるジルド。


 せっかくの誘いを断るのは心苦しいが、二人の面倒を見なければならないのは事実だ。


 どっちも放っておいたら何をしでかすか分からない。


「そんじゃ、早速他を当たってくるわ。飯の邪魔して悪かったな。エイルちゃんとノアちゃんもまた」

「おう、またな」

「今度はもっとじっくり話そ。そうすれば私達の教義の深さに、絶対に賛同してくれると思うから」

「次はちゃんと実印を持って来なさいよ」


 別れ際まで変わらない二人に苦笑しながらジルドが去っていく。


 半刻にも満たない時間だったにも拘らず、どっと疲れた。


 しかし、これから更に疲れそうな事案がまだ残っている予感をひしひしと感じている。


「……よし、行ったわね」


 椅子から身を乗り出し、ジルドが酒場から出ていったことを念入りに確認しているエイル。


 その行動で、こいつが今何を考えているのか概ね察してしまった。


「お前の言う通りに合わせてやったけど、一体どういうつもりなんだよ」

「もちろん、私たちでその洞窟に行くのよ! 今から!」


 目を爛々と輝かせながらエイルが言う。


 やっぱり、そうなると思った……。


「えっ!? 唐揚げ大会は!?」

「それはまた今度よ。いつだって出来るでしょ」

「え~……楽しみにしてたのに~……」


 その場しのぎのでまかせを信じて本気で残念がっているノア。


 こいつもこいつだが、今対応しなければいけないのはもう一人の方だ。


「お前な……何回も言ったけど、ダンジョンには一ヶ月経たないと――」

「ギルド管理下のダンジョンには……でしょ?」


 エイルはしたり顔で俺の諫言に被せて言うと、更に続けていく。


「見つかったばかりでまともな調査もまだなダンジョンが、果たしてギルド管理下にあると言えるのかしら? いいえ、言えないわ! つまり例の規則は適用外! 私たちが入って魔石や宝物を持ち帰ろうが問題無しよ!」


 力強い語勢で、自分解釈による都合の良いルールが宣言される。


「屁理屈こねやがって……」

「屁理屈も理屈よ! とにかく! 教団の活動資金はいくらあっても足りないんだから稼げる時に稼いでおかないといけないの!」


 俗な事情を高らかに宣言するエイル。


 確かに件の洞窟が昨日今日発見されたものなら、ギルドの管理下ダンジョンの定義からは外れる。


 今の屁理屈に一分の理もないとは言えない。


 しかし、それは新人冒険者の行動範囲内で新たなダンジョンが見つかったのがギルドにとって想定外なだけだ。


 依然として新人冒険者が危険な場所に立ち入るのが、ギルド的に不適切なことに変わりはない。


 限りなく黒に近い灰色な行為だと言っていい。


「確かに罰則はないかもしれないけど、こんな早くから事務局側に目を付けられるような行動を取る必要もないだろ。一攫千金とまでは言わないけど、金なら他に稼げる方法だっていくらでもあるんだから」

「じゃあ聞くけど、あんたはそれでいいの?」

「なんで俺の話になるんだよ……」


 突然、話の主体が自分になったことに困惑しているとエイルがボソっと呟いた。


「……生態系の破壊者」

「うぐっ……」


 その短い言葉が、研ぎ澄まされた短剣のように胸に突き刺さる。


「はぁ……心苦しいわ……。故意じゃないとはいえ、私たちのせいで他のみんなに迷惑をかけてしまうなんて……。だから、せめて自分たちで犯した過ちの後始末は自分でやらなきゃと思っただけなんだけど、仕方ないわよね……新人はどんな理由があれダンジョンに入っちゃダメって教導の貴方が言うのなら……はぁ……本当に心苦しいわ……」

「エイル様……だいじょーぶ?」

「ううん、すごく辛いわ……世のため人のために尽くすのが私の使命だというのに……私はこんなにも無力だなんて……うぅ……」

「よしよし……」


 嘘臭さが限界突破している芝居がかった口調。


 それで騙されるのは隣で頭を撫でているノアくらいだぞ、と言いたいところだったが……。


 言葉の内容自体は連弩から放たれた大量の矢の如く俺に突き刺さっていた。


 確かに過失がなかったとはいえ、自分が原因の厄介事を放置するのは冒険者としての仁義にもとる。


 放っておいてもギルドが解決してくれる事案ではあるが、それまでに多少の被害が出ないとも限らない。


 万が一にでも死人が出ようものなら、罪悪感で翌日からの目覚めが悪くなる。


「分かったよ……連れて行けばいいんだろ、連れて行けば……」


 少しでも良心を持ち合わせていれば、そう答える以外の選択肢は残されていなかった。


「よし! そうと決まれば早速出発よ!」


 さっきまでの下手な演技はどこへやら、勢いよく立ち上がったエイルが北を指す。


 束の間の平穏すら俺にはなかなか訪れてくれないようだ。


 もうしばらく危険はこりごりだと願ったのも虚しく。


 また、このハチャメチャな女に付き合わされることになってしまった。

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