第14話:主犯

「な、なんでこんなところにあいつらがいるんだよ!」


 教団兵たちは俺達の姿を確認するや否や、こちらへと向かって駆け出してきた。


 諦めずにノアを探しているとは思っていたが、流石に見つかるのが早すぎる。


 それも街の中ではなくて、外で見つかるなんて想定外だ。


「こうなったらもうやるしかないわよ! ルゼル!」

「やるって何をだよ!」

「あいつらをぶちのめすのよ! それしかないでしょ!」


 迷いなく物騒な手段を口走るエイル。


「んなことしたら俺もお前も破滅だぞ! 分かってんのか!?」

「だったら他にどうするのよ! 言っとくけど、連中に尻尾を振ってあの子の身柄を差し出すなんて一番ありえないわよ!」

「それは当たり前だ!」


 保身のためにノアを差し出す選択肢は端から考えていない。


 けれど他に都合の良い解決案を持ち合わせているわけでもない。


 無為な思案を巡らせている間に、俺たちはあっという間に取り囲まれた。


 完全武装の教団兵が十人。


 これでもう一時的な逃げ場すら無い。


「ようやく見つけましたよ、ノア様。全く、手間をかけさせてくれる……」


 教団兵の一人が、そう言いながら一歩前に進み出る。


 年齢は四十前後、いかにも中間管理職な少しくたびれた容貌。


 身に纏う鎧は他の者たちと比べ、やや過剰な装飾が設えられている。


 こいつらの頭であることは一目見ただけでも明らかだった。


「衛兵長さん……」


 ノアが男の顔を見て、その役職と思しき呼び名を呟く。


「お戯れの時間はここまでです。さあ、教団へと戻りましょう」


 金属製の篭手に包まれた手を衛兵長と呼ばれた男が差し出す。


 しかし、ノアはその手を一瞥しただけで取り返しはしなかった。


「やだ、絶対に戻んない……」


 そして、短い言葉で自らの意思を示した。


 口調こそ駄々をこねる子供のようだが、そこには明確な強い拒絶が含めれている。


 理由は分からないが、二度とリーヴァ教の敷居を跨ぐ気はないらしい。


「それはなりません。貴方様には責任があるのです。その力を用いて、衆生を導くという責任が」

「もしそうだとしても、これからは私だけでする……貴方たちとはもう一緒にやりたくない……」

「貴方一人で一体何が出来るというのですか? この惨状をご覧なさい。教団の手助けなしに、その力を抑えることすら貴方には出来ぬではないですか」


 両手を広げ、周囲の荒野を男が示す。


「さっきのはちょっと間違っただけで……抑えるくらいは出来るし……ふつーに……」

「ノア様!」


 頑なに譲らないノアに対して、男が更に語気を強めた。


 ピリピリと周囲の空気が震える。


「ま、まあまあ……お二方……ここは一旦落ち着いて両者の言い分を整理してみてはいかがですかな……?」


 一触即発の二人の間に割って入り、出来るだけ事を荒立てないように説得を試みる。


 この対処に俺の未来がかかっていると言っていい。


「ちょっとルゼル……何よその低姿勢は! ガツンと行きなさいよ! ガツンと!」

「も、もしかしたら両者間に重大な行き違いがあるだけで、話し合いをしてみたら意外と穏便に解決するかもしれないだろ?」

「行き違いって、あるわけないでしょ! あんたじゃないんだから!」


 それはごもっともだが、俺が破滅へとたどり着かない可能性が少しでもあるなら探るしかない。


「こ、ここは僕が一席設けますので……美味しいお茶とお菓子でリラックスして話し合ってみれば誤解が解けるかも……」

「……衛兵長……こいつが、例の……」


 必死の営業スマイルを向けていると、側にいた部下の一人が衛兵長へと何か耳打ちした。


 何だか不穏な予感がする。


「なるほど、貴様が昨夜の報告にあった男か……」


 ゆっくりと衛兵長の視線がノアから俺へと移される。


 その顔には、決して穏便とは言えない表情が浮かんでいる。


「え? ああ、あれはちょっとした行き違いがありまして……」

「何を企んでいるのかは知らぬが、この惨状を見れば貴様ら如きに扱える御方ではないのは分かるだろう。さっさと手を引くがいい」


 男が両手を広げ、再び周囲の荒野を見渡すように示す。


 連れ戻そうとしている理由が、あの力なのは間違いなさそうだ。


「いえいえ! 企むなんて滅相もない! 僕はただ――」

「はっ、あんたらにも扱いきれなかったから逃げられてんじゃないの」


 完全な包囲網を敷かれている状況にも拘らず、強気に言い返すエイル。


 それはもっともだが、ここで口喧嘩に勝ったところで事態は何も好転しない。


「なんだ、貴様は……」


 挑発されたと思ったのか、男はエイルをギロリと睨み返す。


 ほら、だから言わんこっちゃない。


「エイル、落ち着け。ここは俺に任せて……」

「おい、こいつに関する報告の内容に間違いはないのだな?」

「はい、間違いありません。この傷もこいつにやられました」


 頭に包帯を巻いた二人の男たちが、真っ直ぐに俺を指差す。


「……ん? いや、その傷は俺じゃなくて……」


 突如として向けられた身に覚えがない容疑に困惑する。


 あれはノアが錫杖でブン殴って出来た傷のはずだ。


 別にノアに責任を被せようというつもりではなく、ただ事実として……。


「その際に『俺は全ての事情を知っている……貴様らは完全に俺様の手のひらの上なのだ! ふーはっはっは!』とも言ってました」

「……え?」

「私たち二人の記憶が一致しているので間違いありません」

「いや、間違いしかないけど!?」


 1+1が2である事と同程度の確信を持っている口ぶりの二人。


 しかし当時の記憶を思い返しても、そんな事実は微塵もない。


 まさか頭を思い切り殴られたせいで記憶が混濁してるのか?


「なるほど……やはり此度の騒動は全て、この男が仕組んだというわけか……」

「え? ちょちょちょ……おち、落ち着いて……」


 衛兵長が、腰の武器に手を添えて憤怒の表情と共ににじり寄ってくる。


 あれ? もしかして俺がこの件の全て仕組んだ主犯になってる?


「お、俺はただの周回遅れの勘違い野郎でして……」

「我らが聖女をたぶらかそうとは……万死に値する……」


 衛兵長と呼ばれた男が腰から武器を引き抜く。


 それは殺傷を目的とした物ではなく、鎮圧を目的とした打撃武器。


 魔物と戦うには不向きだが、人を殺さずに身体的苦痛を与えるには最も適切な形をしている。


 頭役の動作に続けて、周りにいる部下たちも次々と武器を手に取っていく。


「こ、ここはやっぱり事実関係を一旦整理し――」

「邪教徒との対話は無用である」


 もはや聞く耳も持ってくれない。


 やばい、完全に主犯の邪教徒扱いだ。


 このままじゃ間違いなく火炙り、いやこの場で撲殺される。


「ルゼル……」


 ノアが不安げに俺の服の袖を指先でギュッと摘んでくる。


 かといって、俺しか頼る相手のいないこいつを差し出すわけにもいかない。


 どうする。どうすればいい。


「ルゼル! 腹をくくんなさい! あんたがやんなくても、私は一人でやるわよ!」

「一人でって……そもそもお前、戦えんのか……?」

「簡単な魔法くらいは使えるわよ!」

「簡単な魔法て……」


 以前に戦った体感では、連中は各々が銀級冒険者程度の実力を有していた。


 簡単な魔法がどの程度のものか分からないが、一人でどうにかなるわけがない。


さいは投げられたのよ! いくわよ!」

「な、なんでこんなことに……」


 俺はもうさじを投げたかった。


「総員、かかれっ! 女神リーヴァの加護があらんことを!」

「「「女神リーヴァの加護があらんことを!」」」


 衛兵長の号令と共に、教団兵たちが一斉に俺たちへと襲いかかってくる。


 高度な訓練を積み重ねているのが見て取れる統制された突撃。


 そこには一分の隙も見当たらない。


「エ、エイル! とりあえず斧だ! あの斧を出してくれ!」


 とりあえずこの場を一旦収めて、もう一度話し合いの場を設けよう。


 そうすればリーヴァ教と敵対しない道がまだあるかもしれない。


「あれはもうあんたのモノよ! 心で強く念じなさい! そうすれば顕現するわ!」

「心で強くっつっても……えーっと、斧よ! 来い!」


 来ない。


「来たれ! 上天のうんたらかんたら!!」


 うんともすんとも言わない。


 右手の甲についた使徒の紋章は、ただのアバンギャルドな入れ墨のままだ。


「ル、ルゼル! 早くしなさい! このっ……! 【ファイヤーボール】!」


 エイルが前方の構えた手から、掌サイズの火の玉が放出される。


 本当にびっくりして腰が抜けそうになるくらいの簡単な魔法だった。


 教団兵たちは火球を空中ではたき落とし、これっぽっちも意に介することなく突撃してくる。


「早くって言っても……だああああああッ! こうなったらしかたねぇ!」

「ちょ、ちょっとあんた! なんで剣を抜いてんのよ! 斧はどうしたのよ斧は! まさか、まだカッコ悪いから使うのが嫌だって思ってんじゃないでしょうね!」

「肝心な時に出てこねぇあんなクソ武器なんざ知るかぁあああああ!!」


 ヤケクソになって剣帯から剣を引き抜き、敵の群れへと向かって突っ込む。


 しかし、訓練を積んだ教団兵十人を相手に斧を持たない俺が勝てるわけなかった。


 そもそも二人相手にも負けかけたんだから当然だ。


 ……いや、根本的な原因はまた別にある。


 この期に及んでまだ心の底から覚悟を決められなかった心の弱さ。


 それこそが、この手に神遺物が現れてくれなかった原因に違いない。


 ともかく連中に取り囲まれた俺は、そのまま馬車に轢かれたカエルの様になるまでボコボコにされた。

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