第6話:据え膳食わぬはなんとやら
ここまでのあらすじ。
童貞を捨てようと思って風俗街に行ったら、女の子が困っていたので助けてあげた。
そしたら何故か家にまでついてきて、今は浴室でシャワーを浴びてる。
硬い木の床に座し、禅の精神で改めて状況を整理してみる。
確かに困っている女の子を助けたが、そんなことはこれまでに何度もあった。
でも大半はそれ自体がカモを見つけるための欺瞞で、最後は手痛い教訓を得るのが俺にとっての日常だった。
ごく稀に本当の感謝をされることはあったが、それ以上のことがあった試しはない。
助けた女の子がお礼がしたいと言って家までついてくる。
そんなのは妄想の中だけで起こり得ることで、現実に期待するようなもんじゃなかったはずだ。
――シャアアアアア。
しかし今、壁一枚を隔てた向こう側から水の流れる音が絶え間なく響いている。
『ふんふんふふ~ん♪』
更に機嫌良さげな鼻歌まで水の音に紛れて聞こえてくる。
夢でも幻聴でもない。
これは紛れもなく現実だ。
――キュッ。
蛇口が締められる音から一瞬遅れて水の流れる音が止まった。
『ライチャスライチャス、チャチャチャチャ~♪』
今度は変な歌詞を口ずさんでいるのが身体を拭く音と共に聞こえてくる。
何の歌なのかは分からないが、すごく機嫌が良さそうなのだけは確かだ。
このテンションの高さ、一体どんなお礼をしてくれるっていうんだ……。
期待と困惑のボルテージが最高潮に達し、俺の心がヤバイやつになってしまっている。
「ふい~……さっぱりさっぱり~……いいお湯でした~……」
満足げな声と共に彼女が浴室から出てくる。
左右で束ねられていた髪は解かれ、白い肌はほんのりと赤みを帯びている。
入浴前までは無かった色気を前に、心臓は更にドックンドックンと早鐘を打つ。
落ち着け、俺。
禅だ。メディテーション禅のマインドだ。
「お、大きくない……か?」
「あっ、うん! ちょっと大きいけどこのくらいならへーきへーき! でも、ここまでお世話になっちゃってなんかごめんね~……」
あの格好のまま休むわけにもいかないので俺が渡した服を着ている。
もちろん俺の家に女物の服があるわけもなく、そのサイズ感はブッカブカだ。
純度100%、本物の巨乳の証であると聞く縦に割れた谷間も当然の如く露わになっている。
「そ、そのくらいなら別に大した……」
持ち上げられた布地の下部が天蓋のようになっている。
上部の張りと下の
まさか、こんなに素晴らしい現象がこの世に存在していたとは……。
言語化出来ないほどの凄まじい感動が心に去来している。
世の学者たちが未知の現象や物質を発見した時は、きっとこんな気分なんだろう。
「よいしょっと……」
元々着ていた装飾過多な妙な服が錫杖と一緒に床へ置かれる。
両方とも店の備品みたいだけど返さなくても大丈夫なんだろうか……と余計な心配が浮かぶ。
「それで早速お礼をしたいんだけどー……」
女の子が俺と同じように床にペタンと座り、目線の高さが合う。
「ひゃ、ひゃい!」
お礼という言葉に身体がビクっと反応する。
禅……禅……だ、ダメだぁ……ぜんぜんだめだぁ……。
「その前に、おにーさんもお風呂入る? さっき走ったから汗かいちゃってるよね?」
「お、おうとも!」
「あっ、ごめんね。それなのに私が先に入っちゃって……」
「い、いいってことよ!」
緊張の余りにどうしても口調がおかしくなってしまう。
むしろこの子はなんでこんなに余裕そうなんだ。
いや、そうだ。忘れてた。
こんな可愛い顔して、この子は桃園の高級店街で働いていたんだった。
つまりバキバキの童貞な俺とは根本的に踏んできた場数が違う。
冒険者で言えば、銅F級と白金S級くらいの経験値差だ。
男の部屋に来るのなんて、近くの森で薬草採集をする程度のことなんだろう。
「で、では……俺も入ってくるぞい……」
「は~い、ごゆっくり~」
立ち上がり、浴室へと向かう。
前かがみで、歩幅を狭く、ゆっくりと……。
股間の『神剣グラム』が『神剣グラァァァムッ!!』になっちゃってるのがバレないように。
「おんなじ側の手と足が一緒に出てるけど、だいじょーぶ?」
「だ、大丈夫でい!」
心配そうな視線を背中に受けながら、脱衣所の扉を後ろ手で閉める。
そのまま服を脱ぎ、さっきまであの子が入っていた浴室へと足を踏み入れる。
日頃から使っている場所に自分のではない甘い香りが満ちている。
その非現実的な桃源郷感に堪らずグラムが更にグラムってしまう。
水滴で濡れた栓を掴んで捻ると、上部に取り付けられた蛇口から水が流れ出す。
いかん……いかんぞ、落ち着け……。クールになれ、ルゼル……。
頭から多量の冷水を浴びながら、思考を一旦リセットして冷静に考える。
この状況でお礼っていうと……やっぱ、アレしかないよな……。
アレとはつまり、仲睦まじい男女がベッドの上で縄張り争いをするサンドワームが如く絡まり合うアレだ。
「ついに……この時が来たのか……」
冒険者になればきっとモテると考え、地元を発ってから苦節三年。
悪い女たちに騙され続けて来たこと、二十人以上。
ついに! ついに! ついに俺にもチャンスが巡ってきた!
今回はこそはまじでいける!
ていうか、もう九割方いってるようなもんだろ!
思わず全裸で会心のポーズを取ってしまう。
「いや、でも待てよ……」
本当にいいのか? 恩義にかこつけてそんなことをして……。
見返りなんて要らないとか、俺にとっては普通のことだとか。
あんだけ偉そうなこと言ったくせに、助けた女の子に手を出すだなんてダサくないか?
それにまだお互いのことを何も知らない。
やっぱりそういうのはちゃんと手順を踏んでからの方が……。
冷水を浴び、猛る男心を抑えているとそんな考えも頭をよぎる。
『そうそう、そういう事はちゃんと愛を育んでからじゃないとな。こうして数奇な出会いを果たしたんだし、今日からゆっくりと互いの事を知っていけばいいだろ』
り、理性のルゼル……。
『おいおい、ここまでお膳立てしてもらっといて何言ってんだよ。据え膳食わぬは男の恥って言うだろ? ヤっちまえよ!』
ほ、本能のルゼル……。
頭の中で相反する二人の俺が反発し合う。
浴室で一人、頭を抱えて苦悩する。
『こんな機会、ダッセぇ武器を使ってる非モテの底辺冒険者なお前には二度と巡ってこねーぞ!』
頭の中で本能の俺が告げてくる。
確かにこんな機会はもう二度と巡って来ないかもしれない。
あんなに可愛くて巨乳の子と同衾出来る機会なんて、俺の人生でもう二度とないに違いない。
ここで機会を逃せば、後から大きく後悔するのは目に見えている。
それに向こうだって別に嫌々やってるわけじゃない。
むしろ積極的にお礼がしたいと言って部屋に転がりこんできたのは彼女の方だ。
だとしたら、ありがたくご相伴に預からせてもらわないと逆に失礼なんじゃないか?
ここまできて断れば向こうに大きな恥をかかせてしまうことになる。
そう、これは俺のためではなく彼女のために甘んじてお礼を受けるべきなんだ!
頭の中で理性の俺と本能の俺がガッチリと固い握手を交わした。
蛇口を閉めて水を止め、タオルで身体を隈なく拭いていく。
確か避妊魔法の呪文書は前にテンガから貰ったのがベッドの脇にあったはずだ。
避妊の出来ない男は挨拶の出来ない男と同じだって月刊ミズガルドのコラムで読んだことがある。
万が一の為に常備しておいて良かった。
ブツの位置を頭の中で確認しながら部屋着に着替えていく。
ついに……ついに
深い呼吸をしてドアノブに手をかける。
ここを開けば、ベッドの上であの子が俺を待っているはず。
ルゼル、いきまーす!
胸をバクバクと高鳴らせながら浴室を出ると、そこには――
「じゃじゃーん!」
浴室から出てきた俺を歓迎するかのように目一杯広げられた両腕。
その間には何度見ても大きなおっぱいと、ベッド……ではなくテーブルに並べられた皿があった。
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