第197話 ゲーセン上のタクヤ

「え?午後休ですか?」


 四十万さんとの会議を終えオフィスに戻って来た俺に告げられたのは、総務部長からの思いもよらぬいとまの命令であった。

 何故急にそんなことに…?


「実は社長から、オフィスにいる人員を減らせる部署は極力減らすよう指示があってね。ホラ、世間が今大変な騒ぎになってるじゃない?昼間も…」

「ああ…」


 著名人が蘇ったという速報を見たのだろう。

 一般の人からすれば、"超能力"と"蘇り"の2重の未知に対して恐怖を感じてもおかしくないか。

 そして社員を守る立場の能代社長が急きょそのような判断を下したのは、早さも決断力も凄いなと思った。


「でね、とりあえず経理は在宅ワークができるようリモート環境の整備を進めるのと同時に、とりあえずポーズとして減らしたことを見せるために半休を誰かに取ってもらうことにしたんだけど…塚田くんは今日は大丈夫そう?」

「あー…リミット間近の仕事は特には…ないですかね」


 段取り良く進めることが出来ているので、今日午後休みになったくらいでは問題ない。


 しかしこれから在宅が入るとなると、業務の配分を考えなければならなくなるな…

 経理の仕事の多くは会計ソフト入力やエクセル集計、先方とのメール等。そして紙での立替精算・交通費精算・請求書の処理に分かれる。

 家でもできるPC上の業務は在宅用に極力とっておき、家ではできない紙系の業務を出勤した時にまとめてやるようにしよう。


「そっか…良かった。助かるよ…」


 俺が頭の中で予定を組み立てていると、総務部長がお礼を言った。

 多分経理課長は急いで行う業務があったので断られたのだろう。

 俺も今日中にやっておきたい業務はあったが、こう言われては仕方ない。


 それに、街に出られるのであれば、それはそれで好都合だ。と、前向きに考えよう。


「在宅環境が整ったら家に居ても出勤扱いになるから、今日だけ半休ってことでね…」

「はい。じゃあ、ちょっと片付けしたら上がっちゃいますね」

「ありがとうね」

「いえいえ」


 こうして俺は午後から休みとなり、思いがけず調査に使える時間が転がり込んで来たのであった。















 _______
















 神宿しんじゅく西口 ヨドハシデンキ街 15:10


 オフィスでその日のうちにやらなくてはいけない残務処理をし一度家に帰った俺は、スーツから私服に着替え神宿へと足を運んでいた。

 何故ここに足を運んだかと言うと、単純に人が多いからだ。

 特にここは人目に付かないちょっとした空間がどこにあるか俺自身が把握できているので、都合が良かった。

 人の多さだけで言えば池嚢いけぶくろ澁谷しぶややアキバなんかでも良かったが、遊び慣れているのはここだったので最初に選んだのだ。


 この時間だとサラリーマンから学校帰りの学生、遊びに来た大学生っぽいヤツや外国人など様々な人たちが歩いている。

 神宿南口のMILUNE(商業施設)からここまで、俺は能力で名前を、琴夜は死者の気配を探りながら歩いてきた。

 が、今のところ【死者】も【名前が隠れているヤツ】も見つからなかった。収穫ゼロだ。


 そして俺は、ショッピングをしているフリをしながら引き続きヨドハシデンキ内やその周辺を探っているのだが、怪しい人物は一人もいない。

 やはり自宅やアジトにガチガチに引き篭もってしまっているのだろうか…?



(卓也さん、あそこあそこ!)


 中々調査が進まないでいると、テンション高めの琴夜が俺に話しかけてきた。


(どうかしたのか?)

(あそこです!)


 霊体の琴夜が指さす方を見ると、そこには…


(ゲーセンがどうかしたのか?)

(あそこに行きましょう!!)


 琴夜はゲームセンター【SEGOセゴウ】へ行こうと鼻息荒く提案してきている。

 確かに人は沢山居そうだが…


(ここから気配がするのか?)

(……はい)


 なんだその間は。絶対ウソだろ…。


(ホラ、早く行きましょうよ!)

(あ、ちょ…)


 琴夜に半ば強引に連れられ、ゲーセンへと行く事になってしまった。



(うわぁ、【呪いの刃】のフィギュアが…!こっちはバスタオルも…!!)


 店内に入ると、まるで子供のようにUFOキャッチャーに張り付く琴夜の姿が。

 何かのグッズを見て興奮しているようだが。


(ユニ、琴夜のやつ、どうしたん?)

(…あれな、タクが寝ている間にAMEMAテレビの一挙放送見てハマったんだってよ。【呪いの刃】ってのに)

(あー、そうだったのか…)


 ウチで新しく買ったテレビに標準で付いていた無料放送チャンネルアプリ、【アメマテレビ】。

 その中のアニメジャンルで頻繁に放送されていた【呪いの刃】という、少年漫画原作のアニメを一気見して虜になったそうだ。

 今もキャッチャー内にあるタオルやらフィギュアやらクッションに夢中になっている。

「死者の気配がする」と言うのも適当で、店外からグッズの入っているUFOキャッチャーが見えたのだろう。


(いいないいなー…)

(…)


 まあ、たまには…な。

 あまりにも物欲しそうにしているので、思わず気持ちが動いてしまう。

 これから琴夜には沢山働いてもらうかもしれないし、時には"アメ"も必要だろう。


(琴夜)

(…ん?どうしましたか、卓也さん)

(女子トイレで"実体化"しておいで。そしたら、これで好きなのプレイしていいから)


 俺は千円札を取り出し、普通の人が見たら"誰も居ない空間"に掲げてみせる。

 すると、それを見た琴夜が…


(え、いいんですか…?)


 と、気持ちの高ぶりを必死に抑えるように冷静に聞いてきた。


(いいぞ。ユニと合わせて二千円あげるから、ちょっと羽を伸ばしておいで)

(あたしもいいのか!)


 ユニと琴夜が二人で盛り上がっている。

 大した金額ではないのにこんなに喜ばれると、何か申し訳なく思ってしまうな。

 追加資金をおねだりされたら、快くあげちゃう感じある。


「じゃあ早速行ってきます!」

「おう。乱発するなよー」

「任せろ!」


 はしゃぐ彼女たちはパッと見仲良し美人姉妹のようだった。

 長い黒髪の背の高いお姉さんと、短い髪の小さい妹。

 とてもじゃないが凄い力を持つ霊獣には見えないよな…。


 実体化した二人にお金を渡し、俺はひとりアーケードゲームコーナーへと足を運ぶことにした。












 _______











「おっ」


 麻雀ゲームでもやろうとアーケードコーナーに来た俺は、1つの筐体に目が行く。

 それはレトロゲームの並びにあり、俺が散々遊んだタイトル、【スラッシュブレイダーズ】

 …の、ネット版。通称【ネトスラ】の筐体だった。


 元々ネット対戦など出来なかった【キューロク】のソフトであるスラブレ。

 だが地元の対戦では満足できない猛者や、集まって遊んだりすることが出来なくなったユーザーのために公式が立ち上がり、"ネット対戦機能が追加"されたPC版が発売されたのだった。


 しかしストレスなくプレイするにはそれなりの回線速度があるネット環境を、キューロクのコントローラーで遊ぶには色々とオプションが必要で、そういうのは面倒くさいというユーザーのために、たまにこうしてゲーセンが筐体にネトスラを組み込んでお金を払えば遊べるようにしてくれているのだ。


 見ると、筐体の仕切りの所に『3クレジット100円』と書かれたシールが貼ってあった。

 中々に良心的な金額だ。

 隣には同じく家庭用ゲームのコントローラーが繋がれた【ウイニングストライカー2002】があり、レトロゲームコーナーに相応しいメンツとなっていた。

 てか、トルコのイルファンとか懐っつ…


 ノスタルジックに浸りつつ、俺はネトスラの筐体に座りとりあえず100円を入れた。


「さて、誰か居るかな…」


 目の前の画面には『マッチング中』の文字が表示されている。


 このネトスラ、ネット対戦ができるといっても必ず対人戦ができるわけではない。

 リアルタイムにやってる人がいなければ、ゲーセンの場合だと予め設定された秒数の後、CPUとのオフライン対戦モードになってしまう。

 一応1クレジット毎にマッチング検索はしてくれるみたいだが…


「あー…流石に駄目か」


 時間内に空いているプレイヤーが見つからず、俺はレベルマックスのCPU3体との1vs3マッチをすることに。

 つーかCPU設定エグ…別に問題ないけどさ。



 SLAAAAAAAAAAAASH


 SLAAAAAAAAAAAASH


 SLAAAAAAAAAAAASH



「はぁっ…」


 結局3クレジット全て、エグい設定のCPUをボコるだけで終わってしまった。

 まあ、時間も時間だし仕方ないのかな…

 俺は少しガッカリしながら、UFOキャッチャーをしているであろうユニたちのところに行くべく席を立とうとした。

 だがその時―――


「す、スミマセン!」

「ん…?」


 いつの間にかプレイしている俺の近くに寄ってきていた男子三人組のひとりが話しかけてきたのだ。


 全員高校生くらいだろうか…いや、ひとりだけ中学生に見えるな。

 私服でいるということは、学校が終わってから遊びに来たってところか。


「俺に何か用?」

「あのっ…ブシツケなお願いで申し訳ないんですけど…。そのスラブレの腕を見込んでお願いがありますっ!!」

「うん」

「どうか…どうか、【プライムライブ】の限定カードを取るのに協力してもらえないでしょうかッッッ!!」

「うん?」


 その少年は、俺によくわからない要求をしてきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る