第195話 フェーズ2

「いやー、でもさ……俺にももしかしたら秘められた力が…」

「いや、ねえよバーカ」

「えー!?」


 通勤中の電車内でそんなことを話している男子高校生二人がいた。

 彼らは吊革につかまりながらスマホを横に持ち、お互いの画面を見せ合っている。

 チラリと見えたそのスマホ画面には一昨日暴露をした【田武】の姿はなく、それに便乗した"能力者でもなんでもない"MeTuberの似非暴露動画の様子が映し出されているのだった。


 "真実の暴露"をした田武の動画はすぐさま削除され、そこからはコピー動画のアップロードとその削除のイタチごっことなった。

 さらにそこから発展し、動画サイトには再生数稼ぎの"ガセ動画"が多く蔓延はびこることになる。

 今一番ホットな話題にあやかり、あることないこと吹聴し広告収入を得ようという魂胆なのだろう。

 俺も参考までにいくつか見てみたが、"9割が的外れ:1割が当たり"の感じだった。


 当たり動画の方は、適当に言ってそれがたまたま真実にヒットしたのか、本当に分かっているヤツの暴露なのかは不明だ。

 そして今でもこちらの便乗動画群は当たりも外れも含め一切削除されていない。

 可能性は低いと思うが、誰かが全ての動画をチェックしており、削除された動画を"真実"と判定している、なんてことになればどんどん能力の秘密が露わになってしまう。

 今は"ちょっとした真実"は"多くの偽"の中に紛れ込ませてしまうのが賢明だろうな。


『次は〜神多〜神多〜』


 そうこうしている内に、職場のある駅に到達する。


 引っ越してからは乗り換え経路が【本合三丁目⇒お茶の水⇒神多】という、それほど電車に乗る意味が無いくらいの距離になったため、徒歩通勤・自転車通勤を検討している。

 まああえて電車に乗る事で、日常を狭い世界にしないようにという意図があるんだが…

 とはいえ窮屈な電車に揺られるくらいなら、少し早めに出てのんびりと歩いて通うのが良いかもしれないな。


 そんな新居生活を想像しながら、会社のオフィスビルへと入って行くのだった。



「えー、今世間では、超能力の話題で持ちきりだが、くれぐれも危険な行動や軽率な行動のないよう、バックオフィスといえど会社の顔としての自覚を…」


 案の定、能代社長からバックオフィス向けの朝礼で超能力に関する注意喚起が行われた。

 具体的にどうという指示はないが、世間のただならぬ空気を察知し『危ない事はするなよ。何かあったら会社にも影響するんだぞ』と釘を刺した形になる。

 スミマセン社長…。今俺は爆心地への最短コースを探っている最中です。


 俺は心の中で謝りながら、10月の月次決算に向けて準備を進めていく。

 そしてトイレ休憩中、たまたまバックオフィス階のトイレに来ていた同期のサッさんこと佐々木雄大と話す機会が出来た。

 向こうから振ってきた話題も、やはりというか何というか、ネクロマンサーに関する事であった。


「塚っちゃん、ニュース見た?」

「あー、死んだ人間が生き返るって?」

「そう!ソレ!どう思う?」

「どうって…」


 良くないと思う。

 と、バカ正直に答えてしまうとそこから話題が広がってしまう可能性があった。

 なので―――


「死霊術…?は別に要らないけど、超能力が使えたらいいなと思った事はあるよ」

「へぇー、どんな?」

「膨大な経費精算の証憑が一発でまとまる超能力!」

「…そりゃあ良い"資料術"だね」

「だろ?」


 と、当たり障りない答えをしておいた。


「生き返らせたい人とかいないの?」

「あー…」


 するとサッさんから追加の質問が飛んできた。

 随分と食い下がって来るな。


「特にいないかなぁ…。サッさんは?」

「俺?俺はしいて言えば、ばあちゃんかなぁ。世話になったし」

「ふーん…。じゃあさ、もしずっとそのばあちゃんとか、両親とかが亡くなっても"生ける死者"みたいな感じで戻って来る世界になったら、どう?」


 話題ついでに、俺はサッさんに意見を聞いてみる事にする。

 尾張が作ろうとしている世界に対する意見を…。


 特対の人間は尾張に対して"酷い犯罪者"というバイアスがかかっているので、一般人の忌憚のない意見を聞ける珍しいチャンスかもしれない、と感じたのだ。


「そうだなぁ…」


 サッさんは少し考え、俺に教えてくれた。


「便利だとは思う…けど、少しでいいかな」

「少し?」

「そう。例えば、遺書を残せないまま死んじゃったら、生き返らせてもらって『誰々に遺産を相続します』とか、あと自分のアパートとか全部掃除して、『みんな今までありがとう』ってメール送って、PCの中身もちゃんと消去して…」

「はは…」

「あと、ホントに交通事故とかで何も出来ずに死んじゃったら、業務の引き継ぎ書とかバッチリ作って、デスクとかキッチリ掃除して、自分の身辺整理が済んだら死ぬ。そういう"猶予期間"としてならアリかなとは思うよ」


 かなり現実的というか、割り切ってるというか…

 そこには欲求みたいなのは介在していないように思えた。

 もっと、最後にド派手に遊んで…みたいなのは無いのだろうか?

 サッさんだからこうなのか?


「ちなみに、なんで永遠にっていうのはイヤなの?」

「えー、イヤじゃん。もうゴールが無いんだよ?しんどくない?」

「あー、そういうことか」


 人間の死亡率は100%だ。

 そしてケツが決まっているからこそ、何かに向けて頑張ったり、次の世代に継承したりする。

 やりたいことが無い人でも、寿命まで"しのぐ"という選択ができるのだろう。


 ところが死者として復活し永遠を得ると、タイムリミットとゴールが同時に無くなってしまう。


 やりたいことが山ほどある人にとっては最高かもしれないが、辛い人も居る。

 そんな当たり前のことが確認できただけでも、この話をして良かったのかもしれないな。


「塚っちゃんはどうなの?」

「俺もずっとはイヤだなぁ…。"死者特割"って制度が可決されたなら、最後に食いたいモンを優先的に食わしてもらうかな。滅多に食えない行列店とかの」

「"すこやか"のハンバーグとか、"とび田"のつけ麺とか?」

「そうそれ!普段は並ぶからさぁ」

「俺はつけ麺だったら"三厘舎"かなぁ…」

「いーねー。最後に柚子をきかせたスープ割が…」


 俺とサッさんはトータルで15分くらい、トイレ前の廊下で高校生みたいな下らない話で盛り上がる。

 そこにたまたま篠田もやってきて、同期三人であーでもないこーでもないと井戸端会議に華を咲かせてしまった。

 10:45くらいだったので、俺の空腹が加速してしまったのは言うまでもない。












 _______












 昼休み


「ここです」

「おう。随分と洒落てんな…」


 俺は四十万さんを連れて、神多駅から10分くらい歩いたところにある地下の半個室居酒屋にランチに来ていた。

 目的は勿論朝の話の続きだ。


「俺はステーキ定食で。塚田は?」

「じゃあ俺はチキン南蛮定食を」

「はい。サラダご飯味噌汁はあそこからご自由にお取りください」


 ここのランチは価格が900円~1200円と一見高く見えるが、おかず以外が取り放題食べ放題と量を食う人間にとってはコスパが良い場所となっているのである。

 雰囲気も少し暗めで落ち着いており、味も抜群だ。

 しかも店の場所が目立ちにくいところにあるせいか、コアタイムでも入れないという事は滅多に無い、隠れ家的な店なのだ。

 職場の人に話を聞かれたくない時なんかは、ここを選んでいる。



「さて、それで協力の件だが…」


 四十万さんが交渉を再会させようとしてきたので、昼休みの時間が限られている俺は


「ああ。是非とも一緒にやりましょう」


 と、すぐさま返事をしたのだった。


「って早いな。いいのか?」

「ええ。こっちは人手も情報も足りないので、先ほどの言葉通り俺をメインでやらせてくれるなら渡りに船です。むしろ四十万さんの方に俺と組むメリットが少ないのではないかと心配です」


 ユニと琴夜の事を話すつもりはないので、現状俺の差し出せるカードは『死なない限り完治させる治療術』と『尾張との浅からぬ因縁』くらいなもんかな?

 それで特対に入る情報と四十万さんの部下の応援を貰えるとしたら、天秤が四十万さんに傾きすぎている気がするが…


「問題ないさ。さっきも言ったろ?お前には尾張との因縁や、俺のセンサーに引っかかる"何か"があるって」

「ええ…」

「そもそも【手の中】のメンツを無力化した戦闘力や、死にかけの職員を綺麗さっぱり治した治療術。それだけでも同じチームメンバーとしてこれほど頼りになる事はないぜ。別に特対に『塚田の下につきましたー!』って言って回るワケじゃねえんだ。表面上は持ちつ持たれつ…皆で協力して見つけ出し、お前は因縁を清算し、俺はヤツの身柄と手柄をカクホするって寸法さ」


 四十万さんはお冷を飲みながら楽しそうに語る。

 まあ向こうも俺を評価してくれているのならそれでいいか。

 であれば、ここは一緒に行動するとしよう。



「分かりました。では早速やってもらいたいことが―――」


 料理が運ばれてくる前に簡単にこれからの流れを説明しようと話を切り出したところ、背広のポケットに入っていたスマホが振動した。

 どうやら四十万さんも同じようで、お互いスマホに目をやる。

 すると…


「塚田…」

「…はい」

「どうやら奴さやっこん、第2フェーズに移行したみたいだぜ…お前の読み通りだ」

「…そうみたいですね」


 互いのスマホの画面を見せ合う俺たち。


 四十万さんのスマホには"特対の一斉送信メール"で。

 俺のスマホには"ヤホーニュース速報"で。


 それぞれ『俳優の○○、歌手の■■、漫才師の△△が蘇った』という報せが入っていたのだった。



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