第170話 ここは地獄の六丁目

「葛茂翼から話は伺ってますよ。色々と大変ですね…」

「こちらこそ、色々とすみません…」

「いえいえ…」


 店の搬入用のような広いエレベーター内部に二人だけ。

 パネルには次のフロアがB1階である事が表示されているが、中々到着しない。それだけ一つの階層が大きいという事だ。


 俺は今、かずらさんとは別の職員に連れられ【地獄】の入口へと向かっていたのだった。


 穢れた魂を持つ者が、その浄化の為に送られる場所。

 全部で八層あるから【八大地獄】


 穢れの度合いによって送られる場所が異なり、地下一階から下の層に行くほど苦しみの長さも強さも大きい。

 その地獄を一層ずつ回り、入り口にいる担当職員さんに市ヶ谷が来なかったかを聞く、というのが目的だ。

 先ほど葛さんの聞き込みのおかげで市ヶ谷が地獄のどこかへ行ってしまったらしいという事まで分かったので、市ヶ谷を連れ戻すべく俺もそこへ向かうことに。


 最初は葛さんが案内してくれると申し出てくれたのだが、彼には"ある事"をお願いしたかったので断った。

 その"ある事"というのが、市ヶ谷以外の"他の生徒の見張り"だ。


 表向きは俺の不在中に彼らが消えたり行方不明になったりしないよう、見てほしいという事になっている。が、本当の理由は別にある。

 先ほど葛さんの名前を見ようと能力を使い、そのまま生徒たちの方を見た所、"ある人物"だけ名前が表示されなかった。


 もしこの状態が俺の知っているモノであれば、その人物は【個人情報保護砲】に守られている。

 つまりネクロマンサーの関係者だということになるのだ。


 本当ならすぐにでも拘束し事情を聞きたいところではあるが、能力で数値が読み取れないためデバフがかけられず、ケッソクンで拘束しても何らかの能力で反撃にあってしまってはチャンスを逃してしまうかもしれないので、一旦"様子見"をすることに決めた。

 個人情報保護砲がかけられている事に俺が気付いていないフリをし、現世に戻ったタイミングで駒込さん達と合流し抑制剤をこっそり打ち込み拘束するという算段だ。


 出来れば張り付いて様子を見ていたいという気持ちもあるが、このまま市ヶ谷の事を放っておくわけにもいかないし、探しに行く役目を他の生徒の誰かに任せるワケにもいかない。葛さんも地獄まで代わりに探しに行くのは出来ないそうだ。

 なので葛さんに見張りをお願いし、俺は当初の予定通り市ヶ谷を探しに来たというワケだ。

 正直この状況で生徒に攻撃を始めるなんて暴挙には出ないと思うが、念には念を…な。







____________








「ああ、その特徴の人ならこの前ウチの管轄に来たよ」

「本当ですか?」

「ええ。フラッと現れて、そのまま入っていきましたよ」

「そうでしたか…」


 ようやく市ヶ谷の足取りが掴めたのは、地獄のかなり奥、第六層【炎熱地獄】だった。

 どうしてこんなところまで…という疑問はあるが、とりあえず見つかって良かったという安心感が湧いてきた。

 だがそんな俺の心を、同行していた職員が揺さぶる。


「マズイですね…」

「え…?」

「ここは地獄の中でも"時間の進む速度"がかなり早いんです…」


 師匠に稽古を付けてもらった時のように、中と外で経過時間が変わる場所か。

 ということは、市ヶ谷が居なくなって数日らしいが、もうこの中では数年くらい経っているのだろうか。

 ここでは時が経つほど精神がすり減って肉体から魂が離れてしまう危険性が高い。急がないと…!


「ちなみに、その人間がここに入ってから、中では何年くらい経過しているんですか?」


 俺は入り口にいる職員に聞いてみた。

 すると…


「あー…中では大体150年くらい経過してますかね」

「ひゃく…」


 ウソだろ…

 そんな時の経過、普通の人間は誰も経験していないぞ。

 ということは、もう市ケ谷は…


 …いや、諦めるのはこの目で確認してからだ。

 春日や川内と約束したんだ。ここまで来て引き返せない。


「…すみません、私も中に入ってもいいですか?」


 俺は意を決し、入り口の職員さんに訪ねてみた。


「勿論いいですよ。ここは入るのは自由です。穢れを浄化していない魂が出るのは認めていませんが、あなたやその人間であれば出るのも自由です」

「わかりました…ありがとうございます」

「気を付けてくださいね、塚田さん。私はここで待っておりますので」

「はい」


 俺は市ヶ谷の生存を信じ、覚悟を決めてこの炎熱地獄へと足を踏み入れることにしたのだった。















 _________________













「暑っちぃ…」


 頬を伝う汗をぬぐいながらポツリと一言漏らす。現在炎熱地獄を絶賛捜索中だ。


 炎熱地獄の中は大きな洞窟のようになっている。そしてところどころで炎が噴き出しマグマが流れ、強い熱気が立ち込めていた。

 ゲームの"火山ダンジョン”みたいな景色だな、というのが率直な感想だ。

 総合受付までの道のりは、照明や案内板などホスピタリティ溢れる設備が見られたが、流石に穢れを落とすためのここにそういった配慮は無かった。

 まあ、そりゃそうだな。反省しに来ているワケだし、快適なはずがない。


『大丈夫か?タク…』


 ユニが俺の身を案じてくれているので、平気だと答える。

 既に防壁を施してもらっているのに、温度調節までお願いするのは忍びないしな。


『あたしは全然気にしないのに…』

「いやいや、実際ユニが居なかったらと思うとゾッとするぜ。本当に助かっているよ」

『…そう?』


 実は先ほど、この炎熱地獄に足を踏み入れた時に俺はとても気分が悪くなったのだ。

 主に吐き気や目眩、視野の狭窄といった症状。

 その原因がユニの説明でハッキリした。


 話によると、地獄は黄泉の国の住人が神秘の力を使うためのエネルギー【沼気しょうき】の濃度が特に濃いらしい。

 沼の気と書いて沼気と読むそれは、俺たちで言うところの泉気にあたり、人間にとってはかなりの毒だという。

 吸い込んでしまうと先に挙げた症状が出始め、人によってはそれほど長くない時間の後、死に至る…。


 そこでユニに体を覆うように防壁を張ってもらったというワケだ。

 これで俺は沼気による影響を受けなくなった。

 現在稗田たちのいる階層は濃度が薄く、体調に影響が出るほどでは無かったが、ここは生身じゃとても長くは居られないぞ…


「中々人のいる場所に出ないな…」


 俺は頭によぎる一抹の不安を掻き消すように歩いた。

 約150年―――市ヶ谷がこの場所で過ごしたであろう時間。

 果たして彼は生きているのか…

 生きていたとして、聖ミリアムの生徒のままなのか。


 そんなことを考えながら進んでいると、遠くの方から人の叫び…いや雄叫びのような声と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。


『…魂を浄化してんのかな?』

「分からない…とりあえず行ってみよう」

『だな』


 俺は音のする方へと駆け足で向かってみた。



「ここ…は…」


 少しして、とても開けた場所に出る。某スーパーアリーナくらいの広さはあるだろうか。

 "マグマの滝"や"炎の渦"の中には、人の形を留めていない魂がいくつもある。

 アレが浄化…なのか…?苦しいのかどうかも分からないが。


「はぁっ!」

「はっ!」


 そして、そんな広い空間の中を縦横無尽に動き回り、刀と刀でカチ合っている二つの影が見えた。

 片方は長髪でタキシード姿の黄泉の国の住人と思われる男で、もう片方は白髪はくはつで侍みたいな服装の…


「市ヶ谷!」


 大分見た目は変わっているが、前に見せてもらった写真の市ヶ谷と似ている。

 その変わり様と、生きて目の前に居たことで思わず大声で呼びかけてしまう。

 すると―――


「ん…?」


 俺の声に反応し、戦っていた二人は一旦止まるとゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 俺は顔をじっくりと見るが、やはり間違いない。白髪の方は市ヶ谷だ。

 何故こんな場所でそんな恰好でこんな事を…あらゆる内容に理解が追いつかないが、一先ず本人が居て、足が付いている事が生きている何よりの証拠だと確信し一安心する俺。


「市ヶ谷だよな…?」

「えーと…」

「何だスバル。知り合いか?」


 長髪の方が白髪を"昴"と呼んだ。市ヶ谷 昴の名前を。


「いや知らないですね…あなたは誰ですか?」


 面識ないし、そりゃそうだよな。


「ああ、いきなりで済まない…。俺は塚田卓也という者で、生徒の連続失踪事件を解決する為に聖ミリアムの理事長に雇われたんだ。ここへは、君を現世に連れ戻すために来た」

「はあ…探偵……」


 俺は市ヶ谷にこれまでの経緯や今の状況などを全て話した。

 犯人や刀のこと、そして現世に帰るために市ヶ谷を地獄まで呼びに来たこと等々…


 俺が話している間、市ヶ谷は黙って真剣に聞いてくれた。


「…というワケなんだ」

「……なるほど。そういうことだったんですね」


 最後まで聞いた市ケ谷はゆっくりと内容を咀嚼し、そして―――



「でも、俺は帰りません。ここに残ります」



 ハッキリと拒絶した。


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