第146話 午後に向けて

「滅茶苦茶やるよなぁ…」

「そうですか?シスター花森にも業務がありますし、Win-Winだと思いますけど」


 緑道を二人で歩きながら、俺が真里亜の行動に呆れていることを伝えた。

 しかし当の本人は全く気にした様子がない。


 真里亜はラウンジで俺たちと別れ保健室で休んだあと、職員に掛け合い午後の俺の案内を自らがやると申し出たのだった。

 そこにたまたまイタズラで呼び出されたシスター花森が通りかかり、話がまとまったそうだ。


 勿論学校側も最初は、授業をサボらせる事になってしまうので難色を示したらしいのだが、受験も出席日数も超余裕な二期連続生徒会長のパワープレイで押しきったのだという。

 敵無しじゃないか。



「兄さん、ありがとうございます」

「ん…?何が」


 俺が真里亜の権力と実力に呆れつつも感心していると、唐突にお礼を言ってきた。

 何か礼を言われるようなこと、あったっけ?


「魅雷さんから聞きましたよ。本合五丁目に家を買われたんですよね」

「ああ…そうだな」


 魅雷とそういうやりとりしてるんだな。

 ちょっと意外。


「私のために、そんな場所に家を買って頂いて…そのお礼です」

「え?」

「ん?」

「お礼を言われる筋合いはないけど…」


 なんで本合五丁目に家を買うと、真里亜のためになるんだ?


「私が来年東大に通いやすいよう、広めの家に越してくれたんですから、感謝しかありません」

「いや、ないから」


 なんでそうなる。

 前向きすぎだろ、この妹。


「ていうか、まだ受かるかどうかも分からんだろ。最難関大学だぞ」

「それは心配ありませんよ。この前の模試では【SS+判定】でしたから」


 なんだその判定…大丈夫かよ、その模試。


 まあでも、その点の心配は全くしていない。身内贔屓ではなく本当に出来が良いからな、真里亜は。

 油断もしないし、出来ないことを見栄はって出来ると言ったりもしない。

 真里亜が『大丈夫』と言うのならきっと大丈夫なんだろう。


 しかし4年間の住み込みか…やだなぁ…

 真里亜がどうこうではなく、今さら家族と住むのが嫌だ…。

 折角一人暮らしで自由を手に入れたのに。


 休前日にしこたま飲んで始発で帰ってきて、駅前のホカホカ弁当で竜田弁当食って寝るなんてことをしたら、絶対文句言われるよな…

 何なら朝飯作って待ってるまでありそうだ…。ていうか飲みに行くのに連絡させられそうだ。

 今のように土日だけ遊びに来るくらいが丁度いいのに。


「何か嫌そうですね、兄さん」

「まあ、ね…」

「いのりさん達を連れ込めなくなるからですか」

「いや、違うから」

「ならいいじゃないですか」

「…………………………………………………まあいいか」

「悩みすぎですよ…どれだけ嫌なんですか。流石に傷つきます…」

「いや、自由な時間が惜しいなと思ったけど…まあいいや。部屋はいっぱいあるから、好きなところ使っていいよ」

「楽しみです。かなり広いんですよね」

「ビビるよ、広すぎて」

「ふふ…」


 真里亜の言うように、もしウチから大学に通うことになったら相当近いからな。無駄な通学時間をかけることもなくなり、勉強に集中できるだろう。放課後友達と遊びに行ってもいい。

 真里亜には…いのりもそうだが、出来れば普通の学生としての生活を謳歌してほしい。そしてそのまま、能力の事など忘れて楽しく生きていければいいなと、俺が勝手に思っている。

 まあ、生き方なんて強制やお願いされるようなモノでもないけどさ。



「着きました、ここです」

「ここが…」


 少し駄弁っているウチに目的地に到着する。シスター花森に午後に案内してもらう予定だった場所。

 俺が真里亜に連れられ着いた先は、行方不明になった生徒たちが暮らしていた"寮"だった。









 ___________________











「先ほどの殿方が、夏休み前に旅行に行かれたという…」

「南峯さんの"いいひと"ですわよね?」


 カフェから教室へと向かう廊下で、いのりは友人の周防・板井と話をしながら歩いていた。

 話題はやはり先ほどのやりとりについてだ。


「ええ、そうね…」


 いのりが肯定すると、控えめにキャアキャアと盛り上がる二人。

 その反応に、あれほど大胆な行動をしたいのりも流石に照れ臭くなりトーンが幾ばくか落ちていた。


「素敵でしたわねぇ。頼り甲斐がありながらも優しそうで…」

「とても逞しかったですわね」

「そうなのよ!とても強くて、でも気遣いもできてね…!」


 いのりは卓也が誉められたのが嬉しくてついテンションが上がってしまい、結局三人で大盛り上がりとなってしまう。

 しかし授業前の喧騒のおかげで、それほど注目されることもなかった。


「しかも驚いたのが、前会長とご兄妹だったということですわ」

「そうですね。確かに同じ名字でしたけど、まさか…という感じですね」

「ええ」

「でも前会長も、まさかわたくし達の名前まで覚えていてくださったなんて、感激ですわ」

「そうですよね。しかも去年の、わたくし達は中等部の実行委員として出ていただけなのに…」

「ねぇ」


 彼女たちの話題は、あっという間に卓也から妹の真里亜に移っていた。

 去年までの真里亜の活躍は中等部にいた三人にもしっかり届いており、高等部進級前から多くの生徒の憧れの的となっていたのだ。

 そして実際に接してみて、さらに虜になるという生徒も決して少なくなかった。


 先ほどのやりとりで、昨年の中・高等部合同の文化祭打ち合わせで遠くから見ていただけの彼女たちは、自分の名前を覚えていて貰えたことでしっかりハートキャッチされてしまった。


「…」


 だがいのりは、真里亜の裏の顔…卓也が絡んだときに見せる独占欲の強さをはじめとする極度のブラコン症状を知っているため、とても会話に加わることはできないでいた。

 思えば横濱出発前に話しかけられたことも、探りを入れられていたのだと思うと合点がいった。


 ただ普通にしていれば二人の話すような完璧超人の生徒であるため、あえて夢を壊すようなことはしなかった。


「では、午後も頑張りましょう」

「はい」

「そうね。寝ないようにしないとね」

「ふふ」


 やがて教室に着くと自然に会話は終了し、三人はそれぞれの席へと座る。

 そしていのりはスマートフォンを取り出すと、教師が来る前に卓也にメッセージを一通送った。


 内容は、放課後に"調査"の詳しい説明をしてもらう為に会う約束を取り付けるものだった。

 わざわざ書きはしなかったが、願わくば他に誰も人がいないようにと思いながら。



「えー、午後の授業を始めます」


 教師が入ってきたので手にしていたスマートフォンの画面をオフにしようとしたところ、卓也から


『わかった。さっきのカフェで一人で待ってるから。授業頑張って』


 とメッセージが返ってきたのだった。


「…………ふふ♪」


 いのりはこれまでの学校生活の中で、一番授業に集中できそうな予感があった。頑張ってと言われて、上の空で受けるわけにはいかないと、一層気合いが入る。

 だが同時に、これほど放課後が待ち遠しいと思ったのも初めてだった。


 "学校内で会う"ということに胸を躍らせながら、教師の話とチョークの音に耳を傾けるいのりであった。


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