第120話 みんなのいえ

「光輝兄さん、向こうにほこらの光が2つ見えたよ」

「ム…そうか。行ってみよう」

「あそこの塔からパラセールで行けそう」


 現在俺の部屋で【ペルシャの伝説】をプレイしているのは、"特対1課のエース"鷹森光輝と元"辻斬り姉弟"の七里冬樹だ。

 二人は肩を並べて座り、あーでもないこーでもないと言いながらゲームに興じている。


 5日間の嘱託職員としての活動から早2週間。

 期間中に光輝とは「ウチに来てペル伝を好きに遊んでよい」という約束を交わしており、早速先週の土曜日から来てプレイしていたのだ。(囮作戦の時、連絡先を交換しておいた)

 途中で遊びに来た七里姉弟と鷹森がかち合った時は"追う側"と"追われる側"だったということもあり一瞬空気が張りつめたが、今はお互いに争う理由が無いのと、光輝と冬樹が『ゲーム好き』という事ですぐに打ち解けた。

 ペル伝に飽きたら別のゲームをやり、腹減ったら昼飯に行き、街ブラしたりアクティビティやったりし、夕飯食って帰る、という友人関係が構築されていた。


「ワケわかんないよこれ…」

「なぁ卓也。ここの祠、攻略に必要な情報が不足しているように思えるのだが…」

「……"双子岩の祠"っていうのがヒントだ、光輝」

「……!そうか、もう一つの祠と対になっているのか。であればこちらの図形も記憶しておいて…」

「ありがとう兄さん」

「がんばれー」


 うん、平和だ…

 とても凄腕の能力者が揃っているとは思えない光景だ。

 ちなみに光輝とは同い年だという事が発覚し、お互い名前で呼び合う事になった。

 同い年ってそれだけで親近感沸くよな…。



「ちょっと…兄さんにくっつきすぎじゃないですか?南峯さん…」

「"ツカビタC"を補給している最中なんです。会長こそ、卓也くんにくっつきすぎじゃないですか?」

「私も"アニナミンV"を補給中です。邪魔しないでください」

「まあまあ、仲良く充電しましょう♪」

「ちゃっかり背中を占拠しないでもらえますか…?」ピキピキ…


 先ほどから俺にまとわりついて未知の成分を補給しているのは、"俺の妹"塚田真里亜、"南峯家の令嬢"南峯いのり、元"辻斬り姉弟"にして冬樹の姉・七里魅雷。

 実は昨日の時点で夏休み中のいのりから今日遊びに行ってもいいかの連絡を貰っておりオーケーをした所、他の連中がノーアポでやって来てこのようなカオス状態になったというワケなのだ。

 なお、ウチの妹といのりは同じ高校の先輩後輩だということが分かった。

 まさかいのりがミリアム生だったとは。


 冷静に考えて、天下の財閥令嬢に無敵の生徒会長、特対エース、激つよ辻斬りが混在するこの部屋ヤバくね?

 表の世界でも裏の世界でも制圧できちゃう感じある。


 ちなみに、我が家の壁には新たに【泉気禁止】という張り紙が登場した。

 うっかり能力なんて使われたら一瞬で大惨事だからだ。

 特にいのり以外の四人は泉気の量も能力の質もヤバ過ぎるから、気を引き締めてもらわないとアカン。


 しかし、コルクボードのゴミ出し予定表や近くの医療機関の連絡先の紙の横に【泉気禁止】っていうのが何ともシュールだ…。



「卓也さん、お茶をどうぞ」

「…愛。ありがとう」


 この中で唯一の一般人にして、いのりの付き添いで来た愛が、俺に温かいお茶を淹れてくれた。

 俺はマイ湯呑に入ったお茶を一口すすると、口の中に芳醇な香りと茶葉の甘みが広がる。

 瞬間俺のワンルームには八女の茶畑が広がったような、そんな心象風景が見えた。

 ただの寿司屋の粉茶がこうも旨く思えるのは、ひとえに愛情のおかげだろうな、うん。


「あと卓也さん」

「うん?」

「トイレットペーパーと台所用洗剤が切れかけていましたよ」

「お、そうか。あとで薬局で買いに行こうか」

「はい」


 いいなぁ…

 ピリついてないし、癒されるわぁ…

 "日常"って感じがするよ。


「「「…」」」


 おーこわ…

 娘さんたちがお怒りだ。何か別の話題を…


「腹減ったー」

「ム…もうこんな時間か。卓也、そろそろお昼を食べに行かないか?」

「っしゃあ!行こうォア!!」

「…そんなに減っていたなら早く言ってくれれば良かったじゃないか」


 ゲーム組の提案で、俺たちは昼飯を食べに行くことになった。

 ナイス冬樹。



「それで皆は何か食いたいものはあるか?」


 俺がリクエストを聞く。

 普通これだけの人数全員の希望が叶う事はほぼないので、誰かの提案はまた次回という事になるが。

 まあ、このメンツでリクエストをする人間はそういないんだけどな。


「俺天ぷらー!」

「俺は…とんかつかな」

「私は冬樹と一緒でいいわ」

「私は兄さんと一緒で」

「私も卓也くんと一緒ならどこでもいいわ」

「私はいのり様と卓也さんが良いものであれば」


 ホラな。

 大体考えなきゃいけないのは俺と冬樹と魅雷と光輝の意見だ。

 あとはそれほど主張しないし、好き嫌いも無い。大助かりだ。


「その内容だと、"現庵うつつあん"でいいか」


 俺が駅の反対側にある和食チェーンレストランを提案すると、皆同意してくれた。

 ということで俺たちは、歩いて15分くらいの所の店へ向かうことにしたのだった。









 __________









 俺たちは複数グループに分かれて会話をしながらのんびりと歩いていた。

 真里亜といのりは学校の事について話して、愛がそれを横で聞いている。七里姉弟も他愛もない会話をしていた。

 そんな中、俺の隣を歩いていた光輝があるものを差し出してきた。


「…何この封筒」

「特対の経理職員に渡すよう頼まれた、卓也の今回の報酬の明細だ」

「あー、はいはい」

「振り込みは月末になるそうだ」

「オッケ」


 俺は光輝から封筒を受け取ると、早速開封して中を確認した。

 と言っても、何となく概算で分かるけどな。

 基本給が¥200,000に出撃手当が¥80,000、そこから飲食代やその他雑費や源泉が引かれて、まあ大体¥220,000ちょいくらいに着地する見通しだ。

 特に誰かの手伝いで仕事をしたわけでもないので、申告もしなかったからな。

 丁度いい小遣い稼ぎになったぜ…何か買おうかな。


 そんなことを考えながら明細を開き、振り込み合計欄に目をやるとそこには…


「んー…どれどれ………ん?」


 あれ…ケタがおかしいな…


「なぁ光輝…」

「どうした?」

「計算間違いしてないか?額が多いんだけど…」

「それはないハズだ。鬼島さんが決裁したと言っていたから、間違いはないと思うぞ」


 明細の合計欄には、¥9,051,280と記載がされていた。

 そして内訳には多額の【特別手当】が記載されている。

 初めて聞いたぞ、そんなの。ていうか、内容が分からない…


 これを光輝に見せると


「あぁ…多分これはだ」


 と答えた。


「前金?」

「鬼島さんからの『塚田くん、特対入職待ってるよ』っていう」

「おぅふ…」



 俺は清野からの【借受負債】を精算したと思ったら、今度は特対からの【前受金負債】を抱えてしまったようだ…









【嘱託職員 塚田卓也】編 終


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