第97話 治療術師、駆り出される (大規模作戦3日目)

『塚田卓也さん 塚田卓也さん 至急、1階エントランスまでお越しください。繰り返します…』


 夕方

 志津香に午前に続き特対施設内を案内してもらっていたところ、突如館内放送で俺の名前が呼ばれた。

 突然の事だったので、俺と志津香は思わず目を見合わせてしまう。


「卓也、何かやった?」

「いや、特に身に覚えは…」


 ない事もないが…黒瀬の件は解決済みだし、他にこんな呼ばれ方をするような案件は無いハズ。

 ていうか部長室とかならともかく、エントランスだろ。

 お咎めだとしたら公開処刑確定じゃねーか…


「一緒に謝ろ?」

「いや俺が悪いの確定かよ」


 真顔で細かくボケるな…志津香は。

 話してて飽きないけど、人によっては困惑ものだ。


「とりあえず、行く?」

「そうだな、至急って言ってたし。行ってくるわ」

「私も一緒に行く」

「いや、エントランスの場所は分かるから一人でも行けるよ」

「遠慮しないで」

「…まあ、そう言うなら」


 別に遠慮しているわけではないが、嫌じゃなければいいか。

 俺は志津香を引き連れて、急いでエントランスに向かう事にしたのだった。











 _________________









 エントランスに駆けつけると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 大勢の職員が床に横たわっており、苦しそうにしている。

 あるものは腕が無かったり、あるものは血まみれになりながらエントランスの床に敷かれたブルーシートの上で同じ向きで寝ていた。

 この大量の怪我人はもしかして…


「塚田」

「あれ、四十万さん」

「どうしてお前がここに?ていうか何で竜胆と一緒に…」

「ああ、今回の大規模作戦に嘱託として参加しているんですよ、俺」

「そうだったのか…」


 俺がエントランスに来たのを見つけた四十万さんが声をかけてきた。

 見ると防御ベストを着ており、所々汚れている。

 先ほどまで現場にいた事が分かる装いだった。

 彼も作戦に参加していたのか。


「これってB班の人たちですか?」

「ああ、そうだ」

「随分と早い帰還でしたね」

「ああ。制圧自体は早く終わったんだが御覧の通り重傷者の数も半端ない。俺たち攻撃チーム70名のうち、現地で治療できなかった職員が34名もいる」

「そんなに…」


 ほぼ半数じゃないか。

 そんなにボロボロになる程激しい内容だったのか、今日の出撃は。


「もうほとんど息をしていない者もいるが、そのことを報告したら本部から『転送チームで先に重傷者を送って来い』って指示があったそうで。俺はその付き添いだ」

「なるほど」


 四十万さんの話によると、今日B班が出撃した場所にも大幹部と幹部数名が待機しており激しい戦闘になったそうだ。

 そして現地の医療チームの奮闘もむなしく"治療不可"となってしまった職員が、今俺の目の前にいるだけ出てしまったという。

 B班には確保したCBメンバーの転送を行う職員が最初から同行していたらしく、本部に報告をした所、敵より先に重傷者を送れとの指示があったとのこと。

 多くの職員はまだ現地で残党処理や調査を行う為の調査をしているが、四十万さん他何名かは付き添いで先に戻って来た。


 そして俺がこの場に呼ばれたという事は、つまり本部は俺の能力をアテにしているということに違いない。


「塚田君」

「あ、衛藤さん」

「衛藤さん、どうも」


 次に声をかけてきたのは、C班班長の衛藤さんだった。

 俺と四十万さんは軽く挨拶をする。


「塚田君、この状況を見て呼ばれた理由は分かるな?」

「はい。時間が無い人から治療していきます。案内をお願いします」

「わかった。こっちだ」


 俺は最低限のやり取りだけ済ませると、早速衛藤さんについて治療にあたろうと動いた。

 しかし


「ちょちょちょ…どういうことですか?」


 それを四十万さんが止めた。


「彼の能力で重傷者を治してもらうのだよ。時間が無い。いいか?」

「治す?治療系能力者なんですか?塚田は」

「…小隊長なんだから、君も他班の簡易報告書くらい目を通したまえ」

「はぁ…」

「彼は私の知りうる限りで最高の治療術師だ。まだ公にはなっていないが、水鳥君の目と足も彼が治療をして完治したそうだ。ここにいる職員も、彼なら治せる。もう行くぞ」


 四十万さんは不思議そうな顔をしていた。

 俺の今までを少しでも知っていればそうなるだろうな。

 何せ四十万さんの中で俺は"【手の中】のメンバー4人を捕まえたヤツ"なのだから、それが治療系能力者だと言われれば混乱するのも無理はない。

 きっとバリバリ戦闘向きの能力だとでも思ったのだろう。


 俺は不思議そうにする四十万さんを尻目に、衛藤さんと治療に向かった。



「あ、衛藤さん。言われた通り重傷者を運び出しました。この列から向こうにかけて症状が軽くなるよう配置しています」

「よし、じゃあ、この列から頼むぞ塚田君」

「はい」


 転送班と思しき女性職員が衛藤さんの元へ駆け寄って報告をすると、俺は早速治療に取り掛かる事にした。

 一番重傷なのは大柄な男性職員だった。盾役なのだろうか、色々な攻撃を受けて全身がボロボロだ。

 彼には両手はもう無いのでおでこに触れ能力で状態を探ると、ライフは5%も無かった。


 急いでライフを回復してやると、失われていた両手と右足はみるみる再生し顔色も戻っていった。

 驚くことに気を失っていなかったので、自身の状態の変化に驚いた男性は勢いよく上体を起こし俺の方を向いた。


「これ…は…?」

「よく耐えましたね。もう大丈夫ですよ」

「…嘘だろ?あんな傷…ここは天国か…?」

「俺が居るので残念ながら天国では無いですね。詳しい話は衛藤さんに聞いてください」


 俺は隣に横たわっている職員の治療に取り掛かる。

 衛藤さんは今治療した男の前にかがむと事情を説明し、その後二人で俺の治療風景を見始めた。

 いや、二人じゃないな。

 先ほどの転送能力者の女も、俺の名前を聞いたなごみたちも、志津香もこちらを見ている。

 気付けば知っているヤツから知らないヤツまで多くの職員がエントランスに集まって来ていた。

 皆そんなに人の手足が生えるところが見たいのか?悪趣味だな…



「え?え?」

「お疲れさんです。詳しくは衛藤さんに聞いてください」

「実はな…」


「生きてる…?」

「どうも。生きているか死んでいるかは、衛藤さんが教えてくれます」

「ここが天国に見えるか…?」


「治ってるー!」

「おはようございます。振込先は衛藤さんに聞いてください」

「南峯銀行の…」


「あれ…出撃前の怪我も治ってる…」

「衛藤さん、お説教」

「反省文と始末書、どっちがいい?」

「ヒィ…っ!」


 とまあこんな感じで、一人当たり10秒くらいでサクサクっと治療をしていった。

 命にかかわる怪我や後遺症が懸念された職員などはあらかた治療し、今は骨折などの比較的軽い症状の者の治療に取り掛かっていた。

 ていうか、骨折くらい現地の医療チームで何とかならんかったのか?


「おい、塚田」

「なんですか?衛藤さん」


 衛藤さんが呼び捨てで俺を呼んできた。

 疲れて怒っているな。説明は全部衛藤さんに投げたから当然か。


「何でもかんでも俺に話させるな…!」

「別にいいでしょう?こんな大人数の治療を全部俺に任せるつもりで、内緒で!転送させているんだから」

「ぐっ…!」

「ははは。さて、残りもちゃっちゃと治しますか」


 後は意外と気さくな衛藤さんをからかいつつも、残る10人ばかしの怪我人の治療を行おうとした。

 ギャラリーの数はどんどん増えている。

 というのも、治した人間がそのままギャラリーに加わるという状況だった。

 飽きて帰る人もいたが、基本は増えていく一方だ。


「これ」

「ん?」


 遠くで見ていた志津香が近くに寄って来たかと思ったら、俺にある物を差し入れてくれた。


「お、ドクトルペッパーじゃん。これ好きなんだよね俺。くれんの?」

「うん」

「サンキュー」


 俺は丁度喉が渇いていたので、ありがたく差し出された炭酸飲料を飲むことにする。

 強い炭酸の刺激とケミカルな甘みが渇いた脳と喉を潤していった。

 この甘み、例えるならレトルトパウチの杏仁豆腐の汁に似ている。


「疲れてない…?」

「そうだ塚田。無理をして自分が倒れたのでは意味ないぞ」

「あー…今のところ全く疲れてないですね」

「信じられんな…あれだけの人数の大怪我を治療して、消耗が無いなんて」


 確かにそうだ。

 急に糸が切れた人形のように倒れてそのまま起き上がれないなんて事にはならないよな?俺。

 ま、そんときゃあそんときだな。


「じゃ、次行きますか」


 俺は最後の10人の治療に取り掛かった。












 _________________










 卓也が治療をしているエントランスの様子を、2階部分から見ている男女4人の姿があった。

 その4人は皆A班に所属しており明日の出撃に備え羽を休めていたのだが、仲間の一人が騒ぎを知らせて集まる事となったのだ。


「よぉ…同じ治療術師として、アイツの能力はどうよ?」

「どうって…あれが本当に同じ術師なのか疑うレベルよ…手足生え変わってるじゃない。タコじゃないんだから」

「ま、そうだよなぁ…しかも連続使用しても息一つ乱れない…マジで何モンだ…」

「ていうか、ガタイ良…絶対治療師ポジの人間じゃないべ…」


 4人は口々に感想を言い合っている。

 スゴイ能力者がいればチェックせずにはいられない。これも1課職員の性なのだ。


「嘱託ねぇ…なんか匂うな…」


 1課職員【護国寺ごこくじ 真也しんや】は不敵に笑う。


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