第96話 責任感 (大規模作戦3日目)

「何しにきたんだ…?黒瀬」


 昨日水鳥の目と足の治療をしている俺を斬った男。そしてその後俺にビンタで吹き飛ばされた1課の男。

 黒瀬という職員が、他にも空いている席はあるのにわざわざ俺の食べている近くまで来た。

 何か用事があって来たのは確かだが、リベンジマッチでもしようっていうのか。

 今は帯刀はしていないようだが、一体どういうつもりだ…


「何って、キミにお礼を言いがてら昼食を取ろうと思ってな!昨日はありがとう!今後ともよろしくな!はっはっは」

「よくもぬけぬけと…」


 今後ともよろしくだと?

 あれでお互い痛み分けにしようってか?

 面白い冗談だ。確かにもう恨んじゃいないが、仲良くする気なんて毛頭ない。

 嫌味だとしたら最高に尖ってるぜ…!


「卓也くん、ストップ」


 心がざわつきだしたタイミングで、なごみが俺に声をかけた。

 この場で彼女は昨日の件を知っている一人だ。仲裁に入ろうというのか。


(ちょっと聞いてくれる…?)


 なごみは席を立つと俺の方へ乗り出し、小声で話し掛けてきた。

 仕方ないので、俺も話をするためになごみの方へと乗り出す。


(なんだ?)

(嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、彼、昨日の夜の記憶が無いの)

(…本当か?)

(ええ…卓也くんにやられた後目を覚ますと、どうして気を失っていたか思い出せないっていうの。しかも驚いたのが、彼の人格というか、性格が昔に戻ってるみたいで、優しかった頃の彼に戻ったの…)


 にわかには信じがたいが、場を鎮めるために嘘を言っているようにも見えない。

 という事は、純粋にお礼を言いに来ただけだというのか。


(そういうのに詳しいお医者さんに聞いたら、殴られたショックと強い"ストレスからの解放"が重なって、性格だけが穏やかだった昔に戻ったんじゃないかって…。昨日の夕方までの記憶はバッチリあるから)

(ストレスからの解放っていうのは?)

(実は、美咲の能力が暴発した時に模擬戦をしていた相手っていうのが、彼だったの。それで彼、自分がもっとしっかりしていれば美咲があんな事にならずに済んだんじゃないかって強い責任を感じるようになっちゃって…。最初は美咲の身の回りの世話を率先してやってただけだったんだけど)

(けど?)

(一向に回復する気配が見られないせいで、段々と能力の劣る者に対して当たりが強くなっていったのよ。お世話は昨日美咲の部屋にいた元から仲の良かったメンバーで分担してやっていたし、そもそも能力で大抵の事は自分で出来ていたのよ、美咲は。だから、無力感っていうのかしらね…そんなものがどんどん大きくなっていったんだと思うの)

(それで嫌味な選民思考の暴走野郎になったってわけか)

(ええ)


 背景は分かった。

 事故の直接の原因ではないだろうが、水鳥の怪我の責任を強く感じてこの10年近くずっと張りつめていたんだな。

 そしてその張りつめた状態からの解放と俺のビンタが重なって、性格に大きな変化をもたらした…と。


 思えば昨日の『自分を殴れ』も、どこかおかしくなっていたんだろうな。

 喜びと、驚きと、その他諸々の感情が混ざり合って。


(…)


 俺は黒瀬の方をチラッと見る。

 確かに、なんかキラキラしている…。


「どうした!塚田くん。いや、親友!」

「いや…」


 変わり過ぎだろ…

 しかし黒瀬もなごみも、俺を嘘でやり込めようという感じではない。

 そもそも以前の見下したような性格のままなら、嘘でやり込めようなんて真似はしないハズだ。

 お互い一発ずつかましたから、後は関わらないようにしただろうな。


 …仕方ないな。

 その悲しい過去はちとズルイが、受け入れるとしよう。


「なあ黒瀬」

「ん?」

「水鳥の怪我が治って良かったな…」

「そうだな!」

「卓也くん…」


 黒瀬は堂々と答える。

 そしてなごみは俺が黒瀬を許容した事で安心したような顔になる。

 参ったな…俺はチョロイみたいじゃないか。


「今、1課はちょっとした騒ぎになっているぞ。10年も治らなかった美咲の目と足がどちらも治ったんだからな」

「そういや水鳥は?」

「今精密検査の真っ最中だ。目も足も治ったのは一目瞭然だが、色々と細かい測定があるんだそうだ」

「ふーん。足はともかく、目なんか2.0にしたから問題ないと思うがな…」


 周辺視野だとか、動体視力だとかの話になると確かに分からないが。

 その為の精密検査でもあるか。


「いいなー水鳥さん」

「何がだ?」


 隣に座っていた式守が突然ぼやきだす。


「アタシ裸眼だと0.4しか視力無くてコンタクトで矯正してるから、いきなり2.0見えるって、いいなって…まあ10年も見えない生活だったから不謹慎かもだけどさ…」


 コンタクトだったのか。なんとなくキャラ的に、視力いいのかと思ってた。

 確かに視力は大事だよな。確か俺も早いうちに能力で強化したっけ。

 今はずっと2.0だ。


「仕方ねーなぁ…」

「え?」


 俺は式守の肩に手を置き、能力を使う。

 自己申告と違い実際は0.5だった視力を2.0まで引き上げた。

 まあ、仲良くなったよしみというヤツだ。


 ちと安売りし過ぎか?まあいいか。

 皆が"回復能力"の範疇だと思っている内は。


「うわっ!」

「ん?どしたの澄歌」

「いや、目が…」


 式守の向かいのなごみが心配し声をかけた。

 目に違和感を覚えた式守は慌ててコンタクトを外す。

 そしてーーー


「…よく見える。塚田くん、あなた…」

「おう、上げといたぜ」

「「「…」」」


 喜んでくれるかと思いきや、静まり返る一同。

 元々喋らない志津香はともかく、俺の左側で何やら喋っていた宗谷兄と黒瀬もこちらに、というか俺に注目していた。


「どうした?」

「卓也くんってさ、一体何者なの?」

「何者って、なんだよ。人を化けモンみたいに…」

「私以上の体術と、異常な治療術でしょ」

「只者じゃないな、親友」


 サービス過剰すぎたか?

 能力を疑われているというより、引かれてる。


「俺は単に3課の清野からウマイ仕事があるって紹介されただけだ」

「げっ…」

「アイツか…」

「卓也くんと彼はどういう関係?」


 同じ3課の式守は露骨に嫌そうな顔をし、黒瀬は忌々しそうにつぶやく。

 そしてなごみは探りを入れてきた。


「どういうって、高校時代からの友人だよ」

「あー、そうなんだ。彼と卓也くんがねぇ…」

「塚田くん、友達は選んだ方が良いわよ」

「そうだな。親友が彼に毒されてしまうのは避けたいな」


 清野お前…めちゃくちゃ嫌われてるじゃねえか。

 好かれてるとは思っていなかったが、ここまでとは…

 あの黒瀬がここまで言うって、余程なんじゃないか?


「まあ、あいつはしょーもないヤツだけど悪い奴じゃないから、仲良くしてやってくれよ」

「うむ…」

「まあ塚田くんがそこまで言うなら…」


 渋々といった様子だが、少しでも印象が改善してくれたのなら良い。



 そうして俺たちは食べ終わった後もしばらく雑談に華を咲かせていた。

 すると


「おーい、塚田じゃねーか。昨日は助かったぜ」

「あ、塚田くん。お昼かい?」


 昨日治療を行ったC班の名前も知らない職員がワラワラと集まって来たのだった。

 気付けば俺の周りは課を問わず様々な職員が集まって、あーだこーだと話し始めるようになった。






 _________________







「やっぱピサンガだろ!彼女を選ばないなんて人じゃねーって」

「いやいやフロリアだろー!てか言う程幼馴染でもないしな、ピサンガ」

「は、デネボラだろJK」


 何の話が発展してかは忘れたが、気付けば俺を含む男衆は好きなゲームやらマンガの話で盛り上がるようになっていた。

 今はとあるRPGで、嫁を選ぶというイベントで誰を選ぶのかという話でヒートアップしていた。


 類は友を呼ぶと言うが、皆ゲームについては一家言あるようで先ほどから話題がコロコロ変わってはそれについて意見を述べている。

 しかも盛り上がるのは数十年前くらいの所謂レトロゲーが多く、俺よりも年上連中が特にすごい熱量で話していた。

 若い連中もお気に入りのゲームの話題を振ってはいるが、最近過ぎるとウケはよろしくない。


 ちなみになごみ、式守、黒瀬は先ほど帰っていってしまった。

『じゃあ夜も時間が合えばね』となごみが残して。

 志津香はそのタイミングで食器を片付けると、俺の隣に移動してきた。

 そして先ほどからあまり喋らず話を聞いている。


「名作は7でしょ」

「はぁ?10だわ!」

「にわか乙。4こそ至高」

「…9」


 今度は別のRPGの話題に移っている。

 ペース早いね。


「志津香、俺たちもそろそろ行くか」

「わかった」


 あまり退屈させても悪いので、俺と志津香もお暇することにした。


「じゃあ、俺たちもそろそろ戻るわ」

「おう!またな塚田。だからアビスよりヴェスプが…!」


 宗谷兄に一声かけたが、ゲームの話に夢中であまり聞いていないようだった。

 しかし色々な人が居て面白い職場だなと感じた。

 休憩時間ごとにこんな話で盛り上がれたら楽しいだろうな。

 広間にスラブレでも置いて、夜な夜な対戦したりして。

 中学とか高校の頃を思い出すぜ。


 俺は楽しかった学生時代を思い出しつつ、食堂を後にするのだった。






 _________________









「お弁当箱は洗って返すな」

「いい。私がやる」

「いやいやそんなわけには…」

「…なぁ」


 食堂を出て志津香と次の目的地である食品売り場へと向かっていると、廊下で見知らぬ人物に声をかけられた。


「えと、俺に用?」

「ああ。俺は【鷹森たかもり 光輝こうき】という者だ」

「志津香、知ってる?」

「1課の」


 この男も1課か。

 何か神々しいオーラとイケメンで、少年漫画の主人公みたいなヤツだなという印象だった。


「え、で…用って何?」

「ペルシャの伝説」

「…え?」

「ペルシャの伝説というゲームを知っているか?」

「あ、ああ。もちろん…」


 男は有名なアクションゲームシリーズのタイトルを口にした。

 先ほどの食堂でのやりとりを聞いていたのだろうか。

 知らないヤツはゲーム好きとは言えないよ、というようなビッグタイトルを俺に聞いてきた。


「最新作は、もうやったのか?」

「最新作…ビート オブ ザ ワイルドのことか?」


 男は黙って頷いた。


「もちろん発売日に買ってやったけど」

「…どうだった?」

「そりゃあ…」

「…」

「控えめに言って、歴代ゲームソフトの中でも3本の指に入るくらい名作だった」

「!? そ、そんなにか…」

「ああ。やらないヤツは人生の12%くらいは損している」


 俺の適当な返しにショックを受けた様子の男。

 だがやがて気を取り直すと。


「そうか…ありがとう。呼び止めて済まなかった」

「あ、ああ…」


 そう言って、どこかへ去っていった。


「何だったんだ?」

「さぁ」


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