第53話 そろそろ休みたい
「水氷…風雷拳…」
卓也は必殺技の名前を唱えると、城戸の脇腹に思い切り右フックを叩き込んだ。
「うァ…ぁっ…!」
不意の一撃に城戸は振り絞るような呻き声をあげ苦しむ。
泉気を纏っているので常人よりも肉体面で優れている城戸だが、卓也も泉気を纏っている事に加え肉体強化を施しているので、その拳は城戸の防御力を軽く上回った。
「明衣!!!!!」
苦しみに膝をつく城戸、それを見下ろす卓也。
そして、卓也は眼下の城戸に向けて拳を構えたのだった。
「ンぅっ!!」
「-----!!!」
城戸の脳天に、体重を乗せて思い切り放った卓也の"拳骨"が直撃する。
凄まじい威力の一撃に、城戸は声を上げることなく意識を刈り取られた。
そしてそのまま、部屋の床にうつ伏せに倒れてしまう。
「よっ…と」
卓也は倒れた城戸の首根っこを掴むと、邪魔にならないよう雑に部屋の壁際に放り投げた。
万が一にも意識が回復し加勢されても厄介なので、デバフ等々はこの時に施しておいた。
「明衣!」
「さっきからメーメーメーメーうるせえな…ヤギかおめぇはよォ…」
「なに…!」
「いやぁしかし、コイツが持ち主不明の左腕を見ても警戒しないマヌケで助かったわ。あとはお前だけかな」
「なぜお前は生きている…」
「それを聞くのかよ…。怖くて部屋の隅で震えてたって言ったら信じるのか?」
渡会はひどく動揺していた。
自身の能力から生存した相手がこれまでいなかったのに加え、仲間たちが次々とやられていく様を見るのが初めてだったからだ。
これまで彼女は、虎賀の指示のもと他の仲間と一緒に仕事に当たっていれば、失敗はおろか苦戦とも無縁だった。
そして今回も、虎賀が考え飯沼が下調べし城戸ら盤石な布陣で仕事に臨んだ。
にも関わらず、仲間2人が倒れ、敵は片腕こそ失っているものの自分を倒そうと泉気を
どうしてこうなった、と考えている。
対して卓也は最初こそ渡会らの不意打ちによりピンチを迎えていたが、酸素濃度という攻撃のカラクリに気付きそれを自身の能力で対処した。
結果、4人とも無事に窮地を乗り切ることが出来た。
今は渡会たちへの反撃に闘志を燃やし、立ち向かっていく最中だ。
「よくも明衣と矢井田を…!」
「"よくも"、何だって?こっちゃあ3人も殺られてんだ。お前らの命じゃ釣り合わねぇんだよ」
もちろんいのりたちは酸素濃度を非危険域まで戻したのちに、3人とも体力を回復させている。
つまり今の彼女たちは敵を欺くために"死んだフリ"をしており、卓也は彼女たちが生きていることを敵に知られ万が一人質などに取られぬよう嘘をついただけであった。
「ていうか、のんびりお話に付き合ってやる義理もねぇな。…っと」
卓也は足元に落ちている自分の左腕を拾うと、切断面をくっ付け能力で元の状態に回復させた。
こちらも敵を欺くため、事前にわざと千切っておいたのだ。
城戸は見事にその策にハマったと言える。
ちなみに方法は、矢井田のデザートイーグルを使い自分で左腕を撃った。
もちろん3人には見せられないので、別室でこっそりと実行した。
「そうか、その回復力…アンタはずっと回復し続けて凌いだってことね。それならアタシの能力で死なないのも納得がいく」
「大した推理力だ。名探偵になれるぞ」
目の前で腕の治療を見せられた渡会が卓也を【治療系能力者】だと誤認してしまうのも無理からぬ事であった。
それに卓也の方も、そう思わせるようなシチュエーションをわざわざ作っている。
渡会に『最後の一手』を引き出させるために。
手詰まりと判断し、みだりに増援などを呼ばれないようにするために。
治療術師と向かい合ってのガチンコなら勝てそう、と思わせるために。
リスクを消してメリットを最大限活かせるよう見えない罠を張り巡らせていた。
「行くぞ…」
卓也が右手を前に出し、構えた。
すると。
「来なよ、潰してやる」
渡会もそれに応えるようにして構えた。
両手を肩幅よりも広げ、手先に泉気を集中させている。
必殺の一撃の構えだというのが見てとれた。
お互いに睨み合い、正に一触即発。
距離はおよそ7メートル。
遮蔽物はほぼ存在しない広いリビングでの勝負となる。
「…っ!」
先に動いたのは卓也だった。
一直線に渡会に向かって走っていく。
城戸と同じように、拳を叩き込み行動不能にしようという狙いだ。
「ふっ…」
だが渡会はそれを待っていたとばかりに不適に微笑む。
そして彼女の右手に球状に集まっている泉気を、向かってくる卓也目がけて発射した。
この【
目いっぱい引き付けて撃った玉だが、仮に避けられた時用に左手にも用意していた。
避けて体勢を崩したところに打ち込む手筈だった。
だが、卓也は避けるそぶりを一切見せなかった。
渡会の口角が僅かに上がる。
それは、目の前の敵の数秒後を予想すれば仕方のないことだった。
だが、攻撃が着弾する直前、卓也の目の前で濃縮酸素玉は霧散した。
炸裂したのではなく、消えたのだ。
「そんなっ…!」
驚く渡会をよそに卓也は眼前まで迫り左手で相手の喉を、ちょうど相撲の喉輪のようにして叩き押さえつけた。
右手はもう一つの濃縮玉が放たれないようしっかりと掴み固定した。
「ガハっ…!!」
喉に強烈な一撃を貰った渡会は、苦しそうに僅かな息を口から漏らした。
「よォ、敵を目の前に笑うなんて、5流の行いだぜ」
卓也は喉を掴んだままの左腕で渡会を少し持ち上げる。
身長差もあり彼女の両足は地面から完全に離れた。
左腕に準備していた濃縮玉は卓也のデバフによりすでに消滅している。
「グッ…う…」
「寝とけ」
卓也は浮いた状態の渡会を床に叩きつけた。
そして右手で彼女に腹パンをし完全に意識を絶った。
「ふぅ…」
卓也は彼女の気絶を確認すると、一息ついてゆっくりと立ち上がった。
これで敵の攻撃が終わってくれと内心祈りながら。
だが、そんな祈りは天に届かなかった。
『…い、おい!どうした?なんかデカイ音がしたけど。どうかしたのか!』
声がする方を見ると、いつの間にか通話中になっているスマホが
床に転がっていた。渡会が床に叩きつけられる直前に空いた方の手で起動させたのだ。
そして通話の相手は、彼女の仲間だった。
『応答できねーってことは、攻撃されてるんだな。ヤバいってことだよな!』
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