第50話 包囲
自分のライフを確認すると、やはりジワジワと減っていっている。
白縫の状態と変わらない。これはおそらく、毒だ。
このままではマズイ。
「卓也…さん」
「愛、いのり…」
声に反応し、入り口から離れた場所にいる愛といのりの方を見た。
愛は壁に寄りかかりながらもなんとか立っているといった状態だが、いのりの方は床に横たわっており苦悶の表情を浮かべている。
2人とも出血がひどいが、特にいのりの方が症状が重そうに見える。
「…クソっ」
俺は自分を回復しながらも何とか入り口の扉まで向かった。
この部屋にあると思われる猛毒が廊下にまき散らされてしまうかもしれないが、3人の命を優先し扉を開ける事にした。
「マジかよ…」
開けた扉の向こうには、闇が広がっていた。
つい数十分前まで俺たちが歩いてきた廊下があったハズの場所には、置かれていた高価そうな絨毯の床や、良く分からないが高価そうな壺などは一切見当たらず、ひたすら暗い暗黒空間が広がっていたのだった。
少し覗いてみるが、上も下も正面も、先があるのか無いのかも分からないほどの黒があるだけだった。
足を踏み出してみるのもありかもしれないが、飲み込まれた時のリスクを考えると、その一歩が踏み出せない。
俺はポケットに入っていたボールペンを試しに空間へ放り投げてみる事にした。
手から離れ闇に吸い込まれていくペン。聴力強化で探ってみたがペンがどこかへ落ちた音が一向にしない。
どうやらここに飛び込んでもどこかへ逃げ出せるということはないらしい。
「これなら…どうだ…!」
半ばやけくそに、足元の銃を一番大きな窓に思い切り投げつけた。
強化した腕力で投げた大きな銃は、窓ガラスを簡単に砕いた。
しかし。
「…ちっ」
思わず舌打ちが出てしまう。
驚くことにガラスの割れた部分からだけ入り口にあるような闇が覗いており、
他の部分は普通の夜景と言う異様な光景となっていた。
そして、この部屋のどこを壊しても出る事が叶わないという事実を叩きつけられる事となる。
「ごほっ…!ごほっ…!」
「はぁ…はぁ…」
いのりと白縫は、もう限界だ。
早くこの攻撃を何とかしないと、死んでしまう。
俺は脱出を一旦中止し、白縫をかついでいのりと愛の元へ向かった。
そして、白縫をいのりの横に横たわらせ、一先ず2人を回復することにした。
とはいえ回復してもまた直ぐにダメージが溜まっていってしまう。
正直状況はかなり厳しい。
このままライフ100%を維持し続ければ苦しまないで済むだろうか、なんてことを考えるが消耗戦では分が悪い。
毒を散布する相手の能力に対して、こちらは4人を回復し続けなければならない。
自分の能力が打ち止めになった事は無いが、急に限界がきたらいよいよ打つ手なしだ。
怖い賭けは避けたい。
かといって良い代替案もないまま、愛の回復をしようと手を差し出す。
すると愛が思わぬ発言をする。
「…卓也さん」
「ん?」
「私たちの治療は…これで最後にしてください」
「なんだって…?」
治療はもういいだと?
何を言っているんだ。そんなことになったら死んでしまうんだぞ…。
「卓也さんや、いのり様のような特別な力を持った人たちが我々を殺そうとしているという事は流石の私も理解しました。そして残念ながら、この正体不明の攻撃を止められるのは貴方だけなんです、卓也さん」
「…」
「あと何回治療ができるのかはわかりませんが、このままではジリ貧になってしまうでしょう。だから残りは全て自分の為に使うんです。貴方が倒れてしまっては、もう誰も私たちを治せなくなってしまいます」
俺はいのりと白縫を見る。
やはり回復した矢先からダメージが始まり、辛そうにしていた。
しかしいのりは強い意志のこもった目でこちらを見ている。
俺に全てを託すと言わんばかりの目で。
「…分かった。これから元凶を何とかする」
「はい、よろしくお願いします」
俺は愛の手を離すと目を瞑る。
そして状況を整理し、打開策に繋がらないかを探り始めた。
まず俺たちは見えない何者かによる攻撃を受けている。
この部屋で呼吸をすると立ちどころに手足のしびれ、出血、全身の脱力といった症状が現れる。
このことから敵は【毒のようなもの】で攻撃をしてきているのだと予想される。
しかし毒は無色無臭で、認識できない。
次に、先ほど部屋からの脱出を試みたが、入り口や窓の外は暗黒空間に覆われており進むことができない。
脱出は不可能だと思われる。
これで毒使いの他にもう1人敵の術者がいることが分かった。
この状況を切り抜けるには毒の方を何とかするか、部屋を覆う闇を何とかするしか無い。
室内を捜索してみたが、敵術者や能力の発生源と思しきスポットは無かった。
この時点で本体を叩いて能力を解除させることと、発生源を絶って解除するという手段は難しくなった。
残るは原因不明の毒を俺の能力で無効化するしか無いのだが…
「ごほっごほっ…クソ…」
どれだけ探知しても、空気中や体内に異常な物質を検知できない。
これほど即効性のある毒だ、
必ず【見たこともないような成分】や、逆に【有名な劇物】などがあるハズだ。
だが、どこにも見当たらない。残念だが俺の能力は、認識できない物の数値を操作する事はできない。
ここまでだと、俺たちは完全に詰んでいる。
だが、どこかに必ず突破口があるハズだ。何としてもそれを探さなければならない。
今挙げた状況の中に、必ず綻びが…。
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