【第3章】 純潔の輝石

第42話 小さな依頼人

 深夜1時。

 都内にある古びた廃工場に、10人の男女が集まっていた。

 電気が通っていないのか工場内の明かりは、バッテリー式のランタン型ライトが2,3個と月明りのみという非常に薄暗い状態だ。

 彼らの年齢層は10代~20代で、今は工場の床や、しばらく使われておらず放置された作業台の上などに腰を掛け1人の男の話に耳を傾けている。

 その光景は10人中10人が怪しいと答えるようなものだった。



「みんな、今度横濱よこはまで開催される"サマーフェスティバル"は知っているか?」


 話をしているこの男は集団のリーダーであり、内容は次の予定を決めるための大事な打合せの最中であった。

 男は話を一方的には進めず、一度質問を投げかけて皆の反応を見た。

 これは男のある種のクセのようなものであり、自分の言わんとしている事を他人に当てられることに喜びを覚える性質があった。


「さあね。それで?」


 1人の女が間髪入れずに答える。

 その性質に嫌という程付き合わされている他のメンバーは、さっさと話を先に進めろと言わんばかりに冷たく言い放った。


「…ふぅ」


 男はガッカリした心情をため息に乗せ吐き出すと、仕方なく話を続けた。


「そのサマフェス期間中に行われる【宝石展示即売会】に、ある貴重なお宝が出品されることが分かった」

「お宝?」

「そうだ」


 男は展示即売会のカタログを取り出すとページをめくり、やがて該当箇所を開くとメンバーに見えるように前へ差し出した。

 薄暗い中、件のお宝とやらを見るため男の方に近寄るメンバー。

 中には全く興味を示さず動こうとしないメンバーもいたが、男は構わずに話を続けた。


「赤い宝石があるだろう」

「ああ、これね…。えーと…、純潔の…」

「"純潔じゅんけつ輝石きせき"だ」


 開かれたページの中でもひと際大きいスペースで紹介されている宝石。

 名を純潔の輝石と言い、深紅の輝きを放っている。

 扱いからそれが今回の即売会の目玉商品であることは、一目瞭然だった。

 そして写真の下には『※写真はイメージです。実物は是非ご自身の目でお確かめください』という一文が添えられており、どこまでも読者の期待を煽るような演出となっていた。


「今回のは、この純潔の輝石だ」

「ふーん…」


 男とは対照的に、他のメンバーの関心度はそれほど高くなく「こんなのが欲しいのかね」とか「いくらくらいするんだろう」とか「イメージて…じゃあこれは何なんだよ」というような反応でカタログを見ていた。


「この宝石を狙う理由は後ほど話す。まずは入手が最優先だ。皆、どうか協力してくれ」


 男は全員に向かい頼んだ。

 他のメンバーは、未だ疑問は残るものの、やがて男の言葉に了承した。


「…ありがとう」


 そして全員の賛同が得られると、改めて皆に宣言する。


「純潔の輝石は、俺たち【全ての財宝は手の中】が頂く」



 闇夜の工場内で、【全ての財宝は手の中】の次の目標が決定したのだった。











 ___________________________________

【純潔の輝石】編










 俺の目の前には、山。

 脂浮き麺踊るスープの上にそびえ立つは、野菜の山。

 白髪ねぎ・もやし・キャベツが炒められ、食う者を迎え撃たんと立ちはだかっていた。

 その山の傍らには、分厚いチャーシューが横たわっている。

 野菜の山の6合目で、力強く湯気を放ち横たわる縦長のチャーシューが贅沢にも5枚。


「いただきます…」


 割り箸を横に持ちパキッと割ると両手の親指と人差し指の間に挟み、合唱。

 祈りを終えるとまず初めに、チャーシューと野菜の山をまとめて箸でスープにダンク。

 当然、このマッターホルン全てをスープに漬ける事は不可能だ。

 俺はスープに漬かった野菜の一部を口に運び、味と食感を楽しむ。

 次に、濃い味噌スープに隠れ姿をくらましている麺を箸で引きずり出して一気にすすった。


「っ…んまいっ」


 加水率の高いモッチモチの太麺は、長崎名物のちゃんぽん麺に近い。

 この麺が、濃厚味噌スープを力強く受け止めながらも口に運んでくれる。

 細麺ではきっとこのスープに負けてしまうだろう。


 ひとしきり麺・スープ・野菜を楽しむと、一枚目のチャーシューを攻略する。

 初手でスープに漬けておいたおかげですっかり腑抜け、もといプルプルになった縦長を箸で器用に折りたたみ一気に口へ。

 口いっぱいにタレやにんにくの香りが広がる。よく味が染みている…


「ふぅ…」


 この丼をとりあえず1周した。

 宝来の味噌チャーシュー麺、おいしゅうございます…。



「おいしいわね、このラーメン」

「この中華丼も美味しいですよ、お嬢様」


 4人掛けテーブルの俺の隣の席ではいのりが、正面には愛がそれぞれ頼んだ料理を食べている。

 愛の前にはウズラという宝玉を据えた…ってそれはもういいか。


 ここに来るとき、もしかしたらお嬢様の口に街中華は合わないかもと思ったが杞憂に終わったようで何よりだった。

 一応社長にも釘を刺されているので、後でマズイもん食わされたとか報告されたら俺の立場がね…。

 いや、もちろんここの料理は全て美味しいと思ってるよ?


「さて…」


 心の中で謎の言い訳をしていると、俺たちのオーダーを全て作り終えたおっちゃんが厨房から出てきた。

 頭に巻いていたタオルを片手に、入り口に掛かっている「営業中」の看板を裏返し「準備中」にした。

 そして俺たちから少し離れた席に座ると、こちらに向いた。


「まあ、色々と聞きたい事があるだろうがよ、まずは食っちまえ」

「ああ…そうするよ、おっちゃん」


 とは言え、あまり急いでもいのりと愛を焦らせてしまうので、さりげなく少し遅めのスピードでラーメンを食べ進めた。

 幸いにも2人が頼んだものは俺のに比べて量もそれほど多くないので、軽く会話しながらでも10分かからないうちに完食したのだった。



「ご馳走様でした…」


 再び両手を合わせ、食後の祈りのポーズを取る。

 父よ、感謝のうちに…ってやつだな。

 別に俺はクリスチャンではないが、前に真里亜が教えてくれたのを覚えていた。

 祝詞を唱えるなんてことはしないが、食前と食後には必ず行う。

 こだわりってほどではないが、大事にしている食事マナーの一つだ。

 親父とお袋の教育の賜物だろう。


 前に上司と飯に行った時も、魚の食べ方を褒められたことがあった。

 マナーは家族や友人以外と食べる時は特に気を付けている。

 だが、丼を掻っ込んだり焼肉をご飯に経由させるのもキライじゃない。

 何事もTPOをわきまえれば、ということだ。



「終わったか」


 俺たちが食べ終わった頃合いを見て、おっちゃんが話を振って来た。


「ああ、それで…」

「その前に、いいか」

「ん?」


 質問をしかけた俺をおっちゃんが遮った。

 一体なんだろう?


「おめぇ、前ウチに来たとき、何かの事件に巻き込まれてたろ?」

「…どうして?」

「顔がな、死を覚悟したヤツの表情をしてたからよ」


 そんな顔をしていたのか、俺は。


「だからよ、よく生きて帰って来たな、卓也」

「おっちゃん…」

「まずそれが言っておきたかったんだ」


 ニヤリと笑って、まるで弟子の帰還を喜ぶ師匠のようなおっちゃんの顔。

 背中を押してくれて、今度は笑って迎えてくれた。そこにかなり助けられたな。

 だから俺は素直に感謝の言葉を述べた。


「ありがとう」

「おうよ。それでそっちが聞きたい事は、表の【能力者歓迎】ってヤツの事だろ?」

「ああ」


 店の外に、"能力者にしか見えない文字"で書かれていた事は一体どういうことか。

 考えられる理由は、俺の知る限りでは一つなのだが。


「俺があん時ウチにもう一回来いって言ったのは、慰労の意味も勿論あったが、お前が覚醒しかけてたっていうのが大きい理由だ」


 また出たな、"覚醒しかけ"。

 あの1か月間の俺は、能力者から見て覚醒しかけだったというのはもうお馴染だ。


「つまり、おっちゃんは能力者の組織を持っていて、そこに俺を引き込もうとしたってことか」


 先ほどの考えられる理由というのがコレだ。

 覚醒しかけの人間を繋ぎ止める理由は、ズバリ"組織への勧誘"だろう。

 どこもやっていることだ。警察も、小さい組織も。


「それはちと違うな」


 しかし俺の予想とは異なり、おっちゃんは問いかけを否定した。


「勧誘じゃないのか?」

「俺がやってんのは一般の能力者組織とは違ってな」

「どう違うんだ?」


 一般とは違う組織が存在していたとは知らなかった。

 俺は前のめり気味におっちゃんに詰め寄ってしまう。


「はぁ…」

「何だよ…?」


 そんな俺に、おっちゃんは大きなため息をつき応えた。

 なんかマズイことでも聞いただろうか。


「ホントはよ、右も左も分からず困っている卓也にその辺の事情を真っ先に教えてやろうって、イの一番に来てもらおうと思ったんだがなぁ…大分来るのが遅いんだもんなぁ…」

「う…」

「もう既にある程度の事情は警察の友達から聞いているみたいだし、挙句の果てに組織とドンパチやりあって潰した後ときたもんだ…」

「潰してはないけど」


 おっちゃんは大げさにスネたような素振りを見せた。

 そして俺は、おっちゃんの(以前から自称していた)"情報収集力"を垣間見た。

 まさか清野と接触した事や、Neighborとのゴタゴタを把握しているとは思わなかった。

 凄まじい地獄耳だ…これは流行に詳しいなんてレベルじゃない。

 何かの能力によるものか?


 おっちゃんの組織のこと、そして耳の速さに思わず考え込んでしまう。

 すると。


「ちょっと…」


 今まで俺たちの会話を静観していたいのりが急に参加してきた。


「どうした?」

「組織とドンパチってどういうこと?」

「あ」


 そういえば、いのりには言ってなかったな。

 俺がNeighborを襲撃した事。

 自身やいのりの報復のため、そして二度と強引な囲い込みなどしないように襲撃した事を。


 とは言えなんて説明したものか。

 そのまま伝えるのもな…。

『仇は取ってやったぞ!』なんて言うのも、なんか恩着せがましいし。

 無難に私怨ということにしておくか。実際そうだし。


「あっ、てなによ、あって。組織ってNeighborのことよね?」

「…そうだな」

「潰したって言ってたけど」

「いや、潰してないよ。挨拶にちょこちょこっとね」

「挨拶って…何したのよ」

「…」


 アジトに居る能力者を残らず叩いたとは言いづらいなぁ。

 いのりは能力を使っていないみたいだけど、本気ならいずれバレそうだ。

 どうしたもんか。


 俺が上手い言い訳(?)を考えていると、いのりは予想外の方向へアプローチをした。


「ねぇ、おじさん」

「ん、俺か?お嬢ちゃん」

「ええそうよ。アナタ、何があったか知っている口ぶりだったわよね。教えてくれないかしら」

「ああ、別に構わないぜ」


 そっちに行ったか。判断が早い。

 だが俺自身、おっちゃんがどこまで情報を掴んでいるか分かっていないので、興味深くはあった。


「俺が掴んでいる情報によるとだな」

「ええ」

「卓也は先日の日曜日にな、Neighborっていう組織の臨海エリアにあるアジトに1人で殴り込みに行ったんだよ」

「なっ…!?」

「…」


 驚愕の表情でこちらを見るいのり。

 俺は思わず顔を逸らしてしまう。

 まるで浮気の証拠でも突き付けられている夫みたいな。

 なんだろうこの居辛さ…。


「…ごめんなさい、続けてもらえる」

「おう。で、そこにいた能力者を全員行動不能にして、組織を潰したってことよ」

「だから潰してないって。そのあとちゃんと復活したから」


 能力で治した、ということは伏せておいた。


「なんでそんな事したのよ」

「ムシャクシャしてたんだよ、ヤツらに」

「どうなの?おじさん」


 全く信じてないね。本人の言なのに一蹴されちゃったよ。


「俺が掴んでる情報ではな、動機は報復と再発防止だとよ」

「ちょ…」


 俺はおっちゃんの情報収集力を侮りすぎていたようだ。

 どうして心情まで把握しているのか。


「報復…再発防止、ってまさか…」

「ああ、卓也は今後誰かが自分やお嬢ちゃんみたいな目に合わないよう1人で釘を刺しに行ったんだぜ、キツめにな」

「っ…!」


 そこまで把握されているのなら、もう観念するしかない。

 そしておっちゃんはやはり、そういった情報収集能力を有している可能性が高い。

 協力者がいるという可能性ももちろんあるが。


「卓也くん…」


 いのりが熱のこもった視線でこちらを見ている。


「はぁ…。そうだよ、おっちゃんの言う通りだよ…。この前の誘拐事件で分かったかもしれないけど、Neighborは組織に入らなかったヤツや離れようとするヤツを襲って、能力者が独りでいる事の恐怖やリスクを煽っていたんだ。もちろん、俺もやられたよ」


 俺は右腕で左肘辺りを切るようなジェスチャーをする。

 いのりの表情が少し強張る。


「この前の誘拐事件で流石にやり過ぎだと思ってな、それで…まあ。お灸を据えてやらないとな、と思ったんだ。そうしないと、今後またいのりみたいに怖い思いをするヤツが出てきちまうし」

「…無茶苦茶よ」

「かもな、でもまあ無事にこうやって生還しているし…」

「私の為にそんな無茶するなんて…」

「ん?」


 …ん?

 なんか言い回しが気になるな。


「私の為にそんな無茶をしても、私は嬉しくないわ」(私の為に、嬉しい!)

「いや、いのりの為って言うか、俺と、いのり。そして今後の誰かの…」

「ケガでもしたらどうするのよ」(身を挺してくれる卓也くん、カッコイイ!)

「いや、確かに勢いで行動してしまったことは…」

「もう二度とそんな無茶はしないでよね」(私を思いやってくれる卓也くん、好き!)

「本音と建て前を同時発信するの止めてくれる!?」


 言葉とテレパシーの同時攻撃に思わず叫んでしまった。

 思った以上にしんどい。

 俺は必死に呼吸を整え脳を休ませようとした。


「はぁ…」

「大丈夫ですか?卓也さん。お嬢様も落ち着いてください」

「こほん、思わず前のめりになってしまったわ、ごめんなさい」


 前のめりでああなるのか…?

 テレパシー能力者の予想外の攻撃方法に驚きを隠せない。

 そんな様子を見ていたおっちゃんがダルそうに口を挟む。


「話を戻していいか?」

「あ、ああ、悪い」

「どこまで話したっけな…。えーと、そうだそうだ。お前ェが真っ先に来てりゃ」

「それは悪かったって」


 意外としつこいおっちゃん。


「まあそれは冗談として、ある程度能力者の事を知っているという前提で話すと、ウチは一般的な能力者組織とは違って所属している人間がいないんだ」

「そうなのか」

「ああ、ウチはどこの組織にも所属していない能力者向けに仕事を斡旋しているトコなんだ」


 おめぇみたいにな、と付け足して俺を指さした。


「知っていると思うが、そもそも認可された組織ってのはどういう能力の人間が何人居て、っていう情報をキッチリ警察に報告しなきゃいけねえ。そして警察は、その報告にある能力が必要になった時やとにかく頭数が欲しい時などに組織に依頼というカタチで仕事を回す」

「ああ。交番に貼ってある指名手配よりも割のいい仕事が回って来るって」

「そうだ。だが能力者の数なら警察にも相当数いるからな。だから開泉者だけとか、ありきたりな能力者しかいない組織には、大した仕事は回ってこない。逆に、優れた探知系能力や治療系、中々替えの利かない能力を確保した組織には割のいい仕事がガンガン回って来る。まあ、オモテの世界と似たようなモンだな」


 だからどの組織も能力者の確保に躍起になっている。

 警察だって貴重な能力者は手元に置いておきたいから、鬼島のように覚醒した人物に接触を試みるのだ。

 おっちゃんは数だけ揃えても…なんて言うけど、仮に今は開泉者でも後に能力が覚醒する事だってあるらしいから、1人でも多く確保しようと思うのは当然だ。


 質を取るか、量を取るか、あるいは両方か。

 飯が食えるかどうかは経営者の手腕によるだろう。


「ところが、ワケあってどこの組織にも所属しない人間というのが一定数いる。元の生活を壊したくないとか、性格に難ありだとか。そんな中にも貴重な能力を持っている人間がいて、ウチはそんな連中に俺が警察から独自に持ってくる仕事を斡旋しているってことだ。平たく言やぁ、ってトコだな」

「なるほど…」


 確かに俺が知る組織の在り方とは異なる運営方法だ。


「組織には所属していないけど金を稼ぎたいってヤツはそこそこいるからな。ウチは仕事さえやってくれれば拘束をすることもないから、丁度いいんだ。他だと、組織の都合で動かされたり教育や訓練をするところが多いから、オモテで仕事をしながらっていうのは厳しいんだな」


 組織が取ってきた依頼を割り当てられて、依頼が無い時は訓練をしたり勉強をすることになると、月~金の9時18時で一般企業に務めるのは確かに現実的ではない。

 その点派遣ならば融通は利くだろうし、オモテの生活に支障をきたす事は少ないだろう。


「ウチは勧誘活動は一切していない。表の看板を見たヤツが入って来て話を聞いて登録したけりゃ登録する。依頼が来たら適性のありそうなヤツに声をかけて、行けたら行ってもらうし、無理なら断ってもらっていい。能力者の方から『仕事を紹介してくれ』って頼まれたら、逆に俺から警察にこんな能力者がいるが何か仕事無えかって頼んでやる」

「かなり自由なんだな」

「その代わり審査は結構キツくするぜ。さっきも言ったように完醒者専門だから、開泉者はそもそも登録できない。完醒者でも使いようがないと俺が判断したら断っている」


 登録できれば色々と融通してくれるみたいだが、そのハードルはかなり高いな。

 普通の組織であれば頭数の確保や青田買いという意味で開泉者でもウェルカムなところが多い中、ここは完全に実力主義ということか。

 医師や弁護士などの有資格者専門の転職サイトに似ているかもな。


 ここでふと気になったことがある。


「なあ、おっちゃん」

「ん?」

「積極的勧誘をしていないなら、何で俺に声かけたんだ?目覚めかけって言ったって、開泉者かもしれないし、能力がショボイかもしれないだろ」


 その可能性はおっちゃんの中ではまだクリアできていないハズだ。


「ああ、確かにその通りだ。俺があの時声をかけたのは常連のよしみで能力者のことを教えてやろうってトコまでで、登録するかどうかは別の話だ。卓也だって、登録するかどうかは話を聞いてから決めるだろうからな」

「そういうことか」


 また来いよと言ったのはあくまで説明をするためで、そこから俺の能力や方針でどうするかを決めるつもりだったのようだ。

 俺が開泉者だったらここに世話になる事は無いし、逆に俺が拒否してもおしまい。

 その辺りは割り切っているらしい。


「ちなみにだが、さっき漏れ聞こえてきた声はお嬢ちゃんの能力かな?」

「え?ええ…」


 いのりは俺に目配せで「言ってよかったのか?」という事を伝えてきたので、俺はそれに頷いて答える。

 おっちゃんはある程度信頼できる人物であるのは間違いないし、もう能力の片鱗を体験しているのなら隠し立てしても無意味だろう。


「私の能力はテレパシーよ。声に出さなくても相手の思ったことが分かるし、自分の心の声を相手に飛ばせるわ」

「ほう…そりゃあスゲエな。その能力なら警察でもウチでも、仕事に困る事は無いだろうな」

「ですって」

「良かったですね、お嬢様」


 少し得意げないのりと、それに応える愛。

 だがおっちゃんの言う通りいのりの能力は強力だ。

 離れた味方同士の通信といったサポート面もそうだが、相手の思考を読むことは戦闘において相当なアドバンテージとなる。

 同系統の能力者がどれくらい居るかは不明だが、あらゆる任務で活躍できるだろう。


「そっちのお嬢ちゃんは能力者ではないみたいだが、お嬢ちゃんの保護者って事で説明は受けてるんだよな」

「はい、仰る通りです」

「だよな。表の看板を見た卓也が何の事情も知らない人間を一緒に連れてくるワケはないしな」

「そりゃあ、流石にな」


 能力は晒した方も晒された方も相応の処罰がある、らしい。

 それを聞いている以上、何も知らない人間を能力者にみだりに関わらせることは自殺行為…いや無理心中と言っても過言ではない。

 おっちゃんもその事は俺以上に承知しているだろう。



「で、どうするよ、卓也?」


 おっちゃんは改めて俺に確認をしてきた。

 質問には"何を"の部分が抜けているが、内容は充分伝わっている。


「おめぇが完醒者で、仕事に興味があるっていうなら、能力を俺に見せてくれ。登録するかどうか、審査してやる。だが能力を明かしたくない、仕事に興味が無いっていうなら、それはそれで構わねぇぜ。生き方は人それぞれだしな」

「ちなみに、私は卓也くんが登録するなら一緒にするし、しないなら私もしないわ」

「だとよ、モテモテだな卓也ぁ」

「茶化すな…」


 どうしたもんかな。

 今の生活を続ける以上は、Neighborのような組織に所属する事は出来ない。

 かといって、金に困窮しているワケでもない。

 そうなると、俺が登録するメリットは何だろうか?

 人助け?承認欲求?俺がしたい事は何だ。


 ちらっといのりを見る。


「…?どうしたの?」


 いのりは、あの南峯財閥のご令嬢。俺みたいな庶民からしたら雲の上の存在。

 それは愛も同様だ。

 そんな不思議な縁も、この世界に足を踏み入れたからこそだ。


 俺は、もっとこの世界の事が知りたい。

 危険もあるかもしれないが。いや、危険だらけかもしれないが、

 もっと踏み込みたいという好奇心が勝る。


 そして今、おっちゃんから、異世界の方から俺にこっちへ来いと手を差し伸べてきているのなら、それを掴まずにはいられない。


(よし…!)


 俺は、決意を固める。


「おっちゃん、そしていのりと愛にも、まだ教えてなかったよな」


 俺は空になったラーメン丼を手に取ると、能力を使い"柔らかく"する。


「おぉ…」

「それは…ご当主様のナイフの時の」


 俺の手の中でグニャグニャに変形した丼を見て、おっちゃんと愛は俺の能力について合点がいったような反応を示す。

 だがそれは早合点であることを教える為、俺は丼の弾力を元に戻した。

 しかし当然、折れ曲がったままの丼は割れてしまう。


「おい、店のモンを壊すな…よ…」


 いくつかの欠片になった丼は再び俺の手の中に集結し、食器としての機能を取り戻していった。

 物を柔らかくする能力だと思っていた2人は、予想外の光景に戸惑っているのが分かる。


「おっちゃん、ホレ」

「…っと」


 俺は離れているおっちゃんに向かって丼を投げる。

 それを咄嗟に受け止めるおっちゃん。


「!?」


 だが、受け取ったおっちゃんはさらに驚きの表情を見せる。

 それは丼にしてはありえない軽さだったからだろうか。

 それともありえない弾力だったからか、それとも冷たさか。


「これ…は」


 以前清野にしたデモンストレーションの時と同じような反応が見れて大満足の俺は、自身の能力を言葉にして伝える。


「俺の能力は、あらゆる数値を操作する事ができる能力だ。今見せたみたいに物の硬さや重さ、自分の筋力や、風の強さも対象にできる」

「…」

「凄い…」

「ふふ」


 おっちゃんは言葉を失っている。

 愛は素直に感心し、いのりは何故か笑っていた。

 その表情は優しいようで、自慢気のようで、誇らしげだ。

 その心は計り知れない。


 ともあれ、登録の最低条件である能力を見せた。

 あとはこの能力が審査を通るかどうかだ。


「どうだおっちゃん。お眼鏡には叶いそうかい?」

「あ、ああ…」


 俺がおっちゃんに審査結果を促す。




 するとその時、準備中という看板を出しておいたハズの店の扉が不意に開かれた。


「誰だ…?」


 審査中にもかかわらず、皆の視線はその予想外の来訪者に集まってしまった。

 次の瞬間、扉を開けた人物が店内に入って来た。


「何よここ…汚いお店ね。本当にここが何でも依頼を受けてくれるっていう万屋よろずやなのぉ…?」



 姿を現したのは、まだ10代前半くらいの幼い少女だった。


 この少女が、異世界の次の水先案内人であることを、俺はこのあとすぐに知る事になる。


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