七章 「クラブ活動のお話」
「今度は僕が話す番だね」と、僕はあえて明るい声で話し始めた。
彼女の心の深いところに触れたのはわかったけど、それを聞くのはまだ早いかなと思ったから。
他人の心の扉が簡単に開けるなら、世の中にはたくさん悩み事はあふれていないだろう。
僕は、じっくり時間をかけて彼女が心を開いてくれるのを待とうと思った。
「僕が実は、中学校と高校共にバリバリの運動部に入っていたと言ったら、華菜は驚く?」
僕は笑みを浮かべながら、彼女を見つめた。
「それはもちろん、すごくすごく驚くよ。確かに悠希はいい体型をしてるよ。でも、悪い意味ではないけど、悠希の性格や雰囲気からは文化系のクラブに入ってた感じがあふれてるから」
僕たちは、学生時代にどんなことが好きで友達と何をして遊んでいたかなどはよくお話ししていた。
でも、クラブ活動にはついては、僕はある小さな理由から積極的に話に出すことをしていなかった。
「それなら、大いに驚いてもらおうかな。僕は中学校と高校を通してソフトテニス部に入っていたよ。しかも、幽霊部員ではなくしっかりレギュラーにも選ばれていたんだよ」
「えー、それ、かなりすごいよ!! テニスができるなんて響きだけでもうかっこいいよ」
彼女は拍手をしてくれた。行動一つとっても、彼女がすると、優美さがある。
僕が予想していた以上に、彼女は驚いていた。彼女がいい表情をすることは、やはり僕には嬉しいことだった。
「そう言ってくれてありがとう」
でも、きれいな彼女にキラキラした眼差しで見つめ返されることに段々僕の感情の中で『照れ』が
「聞きたいことは山ほどあるけど、まずはどうしてソフトテニス部に入ろうと思ったの?」
そんな僕の心の動きには、彼女は気づいていないようで、また女神のような眼差しで見つめてきた。
「理由は、流行っていたからと挑戦したいと思った気持ちの半々かな」
僕はなんとなく照れているのがバレたくなくて、少し顔を逸らした。
「ん? どういうこと??」
彼女は首を少し傾けた。そんな姿さえ彼女がすればかわいくなるのだから、本当に困ったものだ。
「僕たちが学生の頃って、ちょうどテニスのあるマンガが人気だったからテニスをやってみようかなという人が結構多かった。僕もそのマンガにまあまあ影響を受けたのは確かだよ。でもそれだけじゃなく、せっかく何かのクラブに入るなら、自分が今までやったことがないスポーツをしてみたいと思った。だから、ソフトテニス部を入ったんだよ」
「なるほどね。始めたきっかけは、マンガの影響があったとしても、それを六年間も続けたのは本当にすごいよ」
「確かに入部する人は多かったけど、すぐに辞めていく人がほとんどだったからね。ソフトテニスの練習の最初の方はかなり地味で根気のいることばかりだったから、理想と違ったんだろうね」
「そんな中、悠希はどうして続けられたの?」
「僕はコツコツすることは苦手な方ではないし、やり始めたからにはすぐには諦めたくなかったからかな」
「悠希らしいね」
その後も彼女はテンション高めで、様々な質問をしてきた。
質問をされることで、僕は当時のことを思い出した。
太陽が、土でできたテニスコートにさんさんと照りつけている。
練習を重ねてきて、僕は試合形式のものもできるようになっていた。
テニスには、前衛と後衛というポジジョンがあり、それぞれ攻め方が違う。前衛は、相手の攻め方を読んで甘い球をきたらすかさず点をとりにいく短期攻撃型。後衛は走り回り何度も球を打ち返し、タイミングが来たら狙いに行く継続型。
練習をしていく中で、適性を見極められどちらかのポジジョンに振り分けられる。
僕は後衛に選ばれた。
僕は今相手の前衛にとられないように、相手の後衛向けて球を打っている。
しばらく相手の後衛とのラリーは続く。
少し鋭角なコースを僕が狙ったので、相手の後衛が球を返すのが苦しくなり、ゆるくてふわっと上がった球が返ってきた。
そのタイミングを見逃さず、僕は相手の前衛の右横の空いたスペースに真っ直ぐ全力で打ち込んだ。
前衛は反応できず、きれいに横を抜けていき僕たちにポイントが入った。
僕はガッツポーズをし、自分の前衛と喜びあった。
思い出した話を彼女に話すと、「ソフトテニスも奥が深いね」と言いながら、頭をなでてくれた。
それから彼女は「でもそんなにソフトテニスに夢中になったなら、どうして大学でもソフトテニス部に入らなかったの?」と聞いてきた。
この話をすると、その質問はされると予想していたので、僕は今までクラブ活動のお話を彼女にすることが避けてきた。
僕は深呼吸をした。
「それは、心が疲れてしまったからだよ」
「えっ、どうして? 話を聞いていてもすごく楽しそうな感じしか受けなかったけど」
彼女の言葉には全く棘はないけど、なぜかちくちくと痛かった。
「もちろん、楽しかった。それに長く続けているから少しは結果も残せるようになった。県大会にも何度か出場した」
「わぁ、継続していただけでなく、ちゃんと結果も残せたの? 悠希、すごく頑張ったね」
何でも受け入れてくれる彼女は、聖母ではないかと本気で思う時がある。
「うん。でも、いいことばかりではなかった。僕はある時から全然結果を残せなくなってしまった。それはあまりにも長い期間だったから、『スランプ』とは違うと思う。それでも諦めず、他のメンバーが帰っても一人夜遅くまでひらすら練習した。もちろん、強くなれるかは、学校の設備が充実してるかなど環境的要因もある。でも、僕は今までできないことが多いなりにも頑張って努力をすれば、いつも何かしらの結果が出せていた。それが全く出なくなったし、どうしたら出るようになるかもいくら考えても当時の僕にはわからなかった。それが僕の心に強くダメージを与えた。報われないのは、こんなに辛いのかと痛感した。そして、頑張ることに、疲れてしまった。こんな辛い思いをこれから先もずっと自ら勧んで味わいたくないさえ思った。だから大学では、ソフトテニス部に入らなかったんだよ」
僕はこんな情けない話を彼女にする勇気が今までなかった。大好きな彼女によく思われないかもしれないことも怖かった。
「そうだったのね。悠希の悩みを知らずに、あんな質問してごめんね」
彼女は、申し訳なそうな顔をしていた。
「いや、それはいいよ。今回のお話は、僕が挫折した話をメインとしてしたかったのだから」
「そうなの?」
彼女は、驚いた顔をしていた。
「うん、『挫折』も一般的には暗い話の一つに入るよね。でも捉え方によっては、暗くならないかもしれない。もしかしたら違う方法でならうまくできたかもしれない。僕は、学生の頃の『挫折』を無駄なものにしたくないと感じたし、大きく挫折したことがあることを華菜にも知ってほしかった」
「なるほどね。しっかり過去の悠希を受け止めたよ。『挫折』を、失敗というイメージで終わらせないでおこうよ。悠希の六年間の努力は、決して報われなかったわけじゃないよ。もちろん、その時は苦しかったと思う。その時に私がそばにいなかったこと、助けになれなかったことはとても悔しいよ。でも、その経験があったから、今の強い心を持った悠希がいるんだから」
「ありがとう。華菜に話して本当によかったよ」
僕は涙が出そうになるのを、必死で隠したのだった。
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