5-3 カウホン戦開始

「俺を馬鹿と言うのは良いが、今の状況。不利なのはどっちだろうなぁ」


 カウホンは馬鹿にすればすぐに怒るような奴だが、さすがにここまで露骨な挑発には乗って来なかった。そして、カウホンの言う通り、相手が有利な状況だ。この場所に続々と大きな翼を持つバッドビッグが集まってきている。空を滑空している魔獣に、地面に降りて翼を纏っている魔獣。既に十匹以上そこにいる。そして、そこにさらに魔獣は集まっている。一度咬まれてたら最悪な状況になる魔獣が沢山いた。


「確かにこれだけいれば、馬鹿のあなたでも勝てるかもしれませんね」


 余裕の態度で、相手の作戦を讃える。その言葉には馬鹿にしているとしかおもえないほどだ。そして、彼はカウホンの視線を合わせて、にやりと恐怖を誘うような笑みを作った。


「私がいなければ、ですがね」


 そう言うと、彼はローブに着いた金色の五つ葉のクローバーに触れる。そこから、金色の光のようなものが出てきて、彼の右腕に纏わりついた。その光は徐々に彼の右腕に固まっていく。そして、それは鎧となった。さらに、その光は腕から離れて、剣となった。金色の鍔を持った両刃の剣だ。


「ひ、一人じゃ両立しないだろうが。人を守るのと、俺を殺すのと」


「あなたにとっては悲報です。今回も私は一人ではないのですよ」


 彼が視線を向けたのはデンファレ。既に戦闘態勢に入っている。彼女の横には小さいながらも強力な力を持ったロトもいる。カロタンとキャルは二人の後ろでロトを不安そうな顔で見ている。彼の力を二人は知らないのだ。その時、一匹のバッドビッグがロトに飛び掛かる。ロトは相手をしっかり見て、間合に入った瞬間に拳を前に出した。彼の小さな腕のリーチでは到底届いていいない距離だ。だが、それでもバッドビッグの鎧となっている翼がバラバラに壊れていく。その衝撃に魔獣は飛ばされ地面を滑って転がって、誰かの家の壁にぶつかった。そのまま地面に横たわり、微かに動いてはいるものの、瀕死の状態で、それ以上何もできない。放っておけば絶命するだろう。


「やるわね。ロト」


「俺だってぼうっと生きてきたわけじゃないんだ」


 二人は視線を合わせて一度だけ頷いた。そして、バッドビッグたちは四人へと攻撃を仕掛けた。その攻撃をいなしたり、カウンターを入れたりしながら、デンファレは声を上げた。


「トール。こっちは私がやるわ。だから、そっちをお願いね!」


 トールは彼女がしっかり自分の役割を理解していることに驚いた。昔の彼女なら強い方の相手しようとしただろう。それが成長なのか、元々こういう状況なら強い者に頼ることが出来るのか。それはわからなかった。


(しかし、任されたことはやってやりましょう)


 トールは出現した剣をカウホンに向けて構える。カウホンには余裕がなくなってきていた。まさか、トールがこの場にいると考えなかったこと自体が彼の誤算だ。トールでなくとも魔獣と渡り合える人がいないだろうと考え、慢心していたことがこの状況を作ってしまった。有利だと思っていた状況はあっという間に逆転された。


「く、くそぅ。俺は逃げるっ」


 カウホンはその筋肉の付いた足に力を入れて跳ねた。そのジャンプで民家の屋根の上まで飛び上がる。彼はトールがそれだけで逃げ切れるような相手でないことを既に知っているので、屋根に着地した後、全力で走った。物凄い脚力で走る民家の屋根部分にひびを残しながら、凄い速度で走り続ける。だが、トールがそれに追いつけないはずもない。既にその両足には金色の鎧が付けられていた。


「今日こそ、逃がしません。いい加減、終わりなさい」


 トールの速度が増して、二人の距離はかなりの速度で縮まっていく。そして、トールがカウホンの横に並び、カウホンの足を剣で突き刺した。その瞬間、カウホンはかなりの速度を持ったまま転び、何度も回転しながら屋根から落ちて、民家の壁をぶち破る。幸いにも魔獣騒ぎのせいで民家には人がいなかった。


「いってぇぇぇっ。足、足に刺さったっ!」


 カウホンは右足を抱えながら、地面を転がり悶絶していた。その勢いで、さらに壁をぶち破り、地面に落ちていく。トールはその馬鹿げた行動を屋根の上らから見ていた。カウホンが地面に落ちたところで彼も地面に降りると同時に、彼の胴に剣を突き立てようとしたが、さすがにそこまでうまくはいかなかった。


「おいおい。卑怯じゃね? 俺は痛くて悶えて地面にまで落ちてんのにさ」


 早口でトールに文句をいっているがトールはその言葉に耳を貸すことはない。馬鹿の言うことなど聞くに値しない。トールは剣を二、三度振って、その切っ先をカウホンへと向けた。


「茶番は終わりにしてください。でないと、あっさり死にますよ」


「ちっ。逃がしちゃくれねぇか。ったく」


 カウホンは拳を打ち合わせ、足を地面に叩きつける。何かがどこかにぴったりはまったような感覚がカウホンにはあった。それがどこに何がはまったのかと問われても全く答えることはできないのだが。それでも、彼にとってそれが戦闘の準備の完了を意味していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る