第226話 魔王

 俺たちの視線の先に魔王はいた。ワインを飲みながら優雅に座っている。

 伝説上の魔王は、巨体で禍々しいオーラを持つ怪物だったはず。


 だが、今の魔王は普通の人間くらいのサイズしかない。パズズとよく似ている。親子だから当たり前だが……


 どういうことだ。


『ずいぶん、困惑しているな。たしかに、人間に対しては大きな怪物が魔王だと考えていたんだろうな。たしかに、あれも私だがこんな小さな戦艦の上であそこまで巨大になれるわけがないだろう? だから、本来の姿でここまで来たんだ』


 まるですべてを読み取っているような受け答えだ。


『"ような"はいらない。その通りだからだ。私は心を読むことができる。もちろん、近くの相手までだがね。だから、アレク……君が傍らにいる女性をどんなに大切にしているかも手に取るようにわかる』


「なにを……」


『これを話すのが一番信じてもらえると思ったからだ。ここまでふたりで乗り込んでくれた二人に対して雑談くらいはもてなしを与えたくてね』


「そんなふざけたことを……おまえたちは一体どれだけこのふざけた戦争をしてきたと思っている!」


『戦争をやめなかったのは人間も同じだろう? そもそも、我らの土地を奪ったのはお前たちだろう。どうして、我々が批難されるいわれがある? これは聖戦だ。崩壊した魔力文明のためにも引くことなどできない。私は息子とは違う』


「おまえらは人間を倒してどうするつもりだ。一体、何のためにここまで戦い続けてきたんだよ?」


『青いな。理由なんていらない。私には戦う理由があるが、もうほとんどの者はおぼえてもいないだろう。ただ、憎しみの連鎖によって突き動かされているだけだ』


「その憎しみの連鎖をあんたは止めようともしなかった」


『それはキミも同じだろう? 親を魔物に殺されたという恨みを忘れることはできていないはずだ。少なくとも、戦闘中にそれを忘れて戦っていたか? キミは私を非難していながら、同じ矛盾を抱えている。つまり、偽善者ということだね?』


「先輩は違います! 親を殺されたという事実は忘れることなんてできるわけがない。でも、彼は乗り越えようとしている。恨みを抱えながらも憎しみの連鎖を終わらせようとしている。あなたが批難する資格はない」


 ナターシャは魔王に叫んだ。


『素晴らしい信頼関係だ。だが、どうやら私たちは分かり合えることはないらしい。ならば、たわむれはもう終わりにしよう。私とキミたちどちらが正しいのか。すべてにケリをつけよう』


 魔王はワイングラスを叩き割った。


 ※


 俺は光の翼を発動させる。ナターシャと聖龍も臨戦態勢だ。だが、目の前には魔王軍最高幹部2人と幹部数人、さらに魔王本人までいる。さすがの俺達でも、ふたりで倒せるレベルじゃない。


 一番最初に動いたのはメフィストだった。強力な魔力攻撃が俺たちを襲う。だが、ナターシャの聖龍がメフィストの攻撃を阻んだ。魔力を口でかみ砕いたのだ。さすがは、対メフィストの秘密兵器だ。


『待たせたな、アレク!!』


 親友の声が聞こえた。赤いドラゴンに乗ったギルド協会幹部とパズズだった。これで戦力はほぼ五分だな。対空砲火は完全に沈黙しているから容易に近づけたはずだ。ほぼ、無傷のギルド協会幹部たちが魔王軍総旗艦に降り立つ。


『ようこそギルド協会の諸君。私の艦へ』


 魔王は楽しそうに笑う。

 副会長はすぐに指示を出す。

「作戦通りに行くぞ。会長とパズズはメフィストを……残りの俺たちでリヴァイアサンを引き受ける。アレクとナターシャは大将を叩いてくれ」


 ギルド協会幹部はすぐに戦闘を開始する。


 魔王の前にいた魔物たちは会長の攻撃で即座に吹き飛ばされていった。会長は笑いながら、魔王の方向に首を動かした。


 俺たちは頷いて、会長が作ってくれた活路を走る。敵の総大将を目指して。


『さすがの連携だね。ギルド協会の諸君。まあ、いい。私はアレクだけにしか興味はないからね』


 そう言うと魔王の両手に魔力がともった。早い。詠唱もなく、両手に魔力だと……

 やはり、あいつも……


 二つの火球が俺たちを襲う。事前に気がついていなかったら危なかった。無防備だったら一撃でやられていた可能性すらある。


 俺もダブルマジックであいつの攻撃を無効化する。


『いい反応だ』


「まさか、お前も使えるのか……無詠唱とダブルマジックが!?」


『当たり前だろう? 人間にできることが、私にできないとでも思ったか? 私は魔力文明の生き残りにして、魔力炉すらも飲み込んだ男。これくらいは簡単にできるよ』


 そう言うと攻撃を連発する。俺と違って魔力の上限がないというのは本当のようだな。だから、際限なく魔力を使うことができる。人間がまともにやり合うなら魔力が尽きてしまうからじり貧になる。


『しかし、良い反射神経と勘だ。普通の冒険者なら痛みを感じる前に吹き飛んでいるよ。それが幸か不幸かしらないけどね』


 魔王の猛攻によって俺たちは防戦一方となる。なんとか相殺できているが、このままではいつかやられる。


 どうやって敵の連続攻撃を破ることができるのか?


 俺は静かに集中した。

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