第214話 決戦に向かう世界

―副会長室―


「すさまじい爆弾発言でしたね、あれは?」

 俺は会議の後にあきれて副会長に話しかける。今は副会長室に最高幹部とナターシャが来ている。


「ああ、タイミングを間違えば人類同士の内戦になったかもしれないな」

 副会長は珍しく愛嬌がある顔でおどけてみせた。


 合流していたナターシャも会話に参加する。

「でも、あのタイミングは完璧でしたね。いくら列強でも魔王軍との決戦が差し迫っている中では協会をどうにもできない。人類同士の戦争を起こすのは自分たちの首を絞めることになる。そして、戦後にこれを提案しても可決はされなかったはず。魔王軍という脅威がなくなれば、各国はギルド協会のような巨大な力を持て余す。権力や力の空白は本当に危険ですから。人々の猜疑心さいぎしんや野心を刺激する」


「そう、ナターシャ君の言うとおりだ。だからこそ、このタイミングしかなかった。魔王軍との戦争が終わっても人間同士の戦争が置き換わるのでは意味がない。内々で、ギルド協会が世界政府準備事務局を兼務できるようになれたのは大きかった。これで正当性も生まれてくる。魔族との融和政策もこちらが主導できる余地を残した」


「副会長はあの爆弾発言で、パズズさんの衝撃も緩和させましたよね。すでに列強には魔王軍との一部に対して和平を結ぶことを追認させたようなものですから」


「相変わらずナターシャ君は政治家だね。S級冒険者に言うのもあれだけど、政治家になった方がいいんじゃないかな? 貴重な戦力だから戦争が終わったらだけど……さて、パズズ。みんなとも情報を共有したい。今後予想される魔王軍の動きを説明してくれないか?」


 一同がパズズに注目する。


「アレクが神の存在領域に達して、クロノスと聖龍まで人類側にわたってしまったことで魔王軍は間違いなく焦っている。特にアレクの成長スピードは脅威だ。無為に時間を潰してしまえばギルド協会側の戦力はさらに大きくなる。時間が経てば経つほど魔王軍は不利になる。できる限り早く決戦を挑むはずだ」


「どのくらいの戦力で?」


「この長い戦争が始まって以来の危機だ。おそらく史上最高の戦力を集めるだろう。具体的には残っているリヴァイアサン・メフィストの最高幹部は確実に同時投入してくるだろう。そして、残っている幹部たちもだ」


 俺たちもその言葉を聞いて厳しい表情になる。最高幹部1人が出てきただけでも人類側は総力戦になった。それが同時に2体投入か……


 そして、それだけでは収まらない。


「そして、ほぼ間違いなく向こうの最高戦力も出てきます。史上初めて魔王軍側が総力をもって動くでしょう。魔王父上も間違いなく戦線に登場します。そして、決戦の場所は……」


 この流れならそれは――


「ギルド協会本部であるここ、イブラルタル!」


 ※


「イブラルタルに魔王軍が侵攻だと!?」

「ここは世界最強の要塞ですよ? いくら魔王軍の総力でもここを攻めますか?」

 局長たちはパズズの分析に言葉を失っている。


 だが、俺もこの件については同じ意見だ。

 魔王軍の総力を投入するならここしかない。


「この分析には、私も賛同している。きっとアレクもだろう?」

 副会長はパズズに助け船を出している。


「はい。俺もそう思います。魔王軍の総力をあげて別の場所を攻めても本拠地である魔王城ががら空きになる。そこをギルド協会軍に攻められてしまえば意味がない。ならば魔王軍もギルド協会の本部があるここに攻めてくるのが一番確実だ。ここを落とされてしまえば人類は反撃不能になるほど追い込まれますから」


 パズズは俺の発言に同意して続ける。


「魔王軍としても時間をかけずに決戦にするためにはここを攻めなくてはいけないということです。アレクを討ち取ることができれば魔王軍の勝利。魔王軍を退けて再起不能のダメージを負わせることができれば協会の勝ち。わかりやすいでしょ?」


 ナターシャはパズズに問いかける。

「ですが、戦争は基本的に防衛側が有利ですよね。魔王軍は南海戦争で大きなダメージを受けています。主力艦隊の再編はある程度目途がたっているかもしれませんが、それでも人類側の戦力を上回ることは不可能です。要塞を攻め落とすには、攻める方が防御側の何倍もの戦力が必要じゃ……」


「そう。だから、魔王父上本人が出てくるんだ。あれは、アレクよりもある意味で危険ですからね」


 記録に残っているだけでも魔王はほとんど戦場に登場していない。歴史上、魔王自身が動いたのはわずか2回。魔王軍との初期の激戦であるスローヴィ攻防戦と会長率いる人類の最大の反攻作戦リト攻勢。


 スローヴィ攻防戦は魔王のカケラが投入されたため本人は1度だけしか表舞台に立っていないことになる。


 冥王を討伐し、大劣勢に陥った戦局を魔王はひとりで覆した。副会長が説明を続ける。


「メフィストが引き起こした魔力炉の暴走の影響を最も受けたことで、魔王本人は異次元の魔力キャパシティを誇ります。会長すらリト攻勢の際は、魔王本人を足止めすることしかできなかった」


 パズズは自分の父親のことをまるで他人のように語る。


「父上は魔力炉の暴走によって無限に近い魔力を持ちます。さらに各種の古代魔力、これは人類側には伝わっていないほど強力なもので、それを制限なく使用することができます。また、ハデスを上回る自己再生能力を持ちます。そして、再生能力は進化に近いもので破損した部位はより強力なものになっていく。正確にコアを狙い撃たなければ自己進化していく怪物になっています。世界で唯一アレクとも戦えるであろう存在」

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