第209話 離さないで

―ナターシャ視点―


「私は先輩が大好きです」

 やっと結ばれてから私たちは何度もこの言葉を交換していたわ。

 でも、その時々の愛の告白にはいろんなニュアンスが含まれていて……


 今のこの瞬間の大好きにもたくさんの意味が込められている。


 私たちは幸せの絶頂で……

 この瞬間が永遠に続いて欲しくて……


 そして、この先に待ち構えている運命がどうしようもなく怖いのよ。


 ここから先輩と私はすべての世界を敵に回すかもしれない。

 人類側の最高権力"影の評議会"。

 そして、長年の宿敵"魔王軍"。


 現在、世界の軍事バランスはギルド協会に傾いている。


 世界中の軍隊が協会と戦おうと思っても、アレク先輩には勝つことができない。

 だから影の評議会は表向きは協会に従わなくてはいけなくなっている。パワーバランス的に主従関係が逆転しているのだから。


 だから、最も緊迫しているのは人間と魔王軍の戦争のほうね。


 現在、先輩が災厄の王・ハデスと魔王のカケラを討伐し戦力は大幅に弱体化している。

 会長が冥王を滅ぼしているから、全盛期の魔王軍と比べても戦力は半分以下になっていると考えた方がいいわね。


 先輩が最強の存在になりつつある中で、このまま何もしなければ魔王軍は徐々に戦力をすり減らして崩壊する。さらに、和平派のパズズもギルド協会側に立ったことで魔王軍自体が分裂の危機に陥っているわ。


 もう時間の猶予もないはず。時間をかければかけるほどギルド協会に有利になる。今までのように戦力の各自投入は戦力がすり減るだけなのだから。


 もう、先輩と私は気づいている。

 魔王軍とギルド協会の総力戦は近いわ。


 たぶん、魔王本人が出てくるはず。そうしなければ戦力差を埋めることができないから。


 歴史上初めて魔王と戦える可能性がある人間が生まれたのだから……


 そして、史上最大の戦いが始まるわ。


 世界の明暗を分ける激戦が、ね。


 その戦争で私たちは命を落とすかもしれない。


 だから、この大好きにはその恐怖心も込められているの。


 この一瞬、一瞬が私たちには二度と訪れない貴重な瞬間かもしれない。

 その一瞬を大事にしたい。


「先輩、私はもうあなたの手を離しません。それは絶対です。だから――」


 私はある意味最高の愛の告白をするつもりだった。


 感情にカギをかけることはもうできない。


「先輩も私の手を離さないでください。ずっと一緒にいてください。そう約束してほしいんです」


 人間として生きているなら無理な約束よ。でも、私たちの気持ちが神の存在領域にたどり着かなくても永遠であると信じていたかった。


 彼は返事の代わりに私のくちびるをゆっくりと優しく奪う。

 私たちは人生で一番長く幸せなキスをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る