第169話 史上最強

 俺は、クロノスの力を解放した。

 クロノスの次元を超える能力で、地獄の業火ははるか遠くで炸裂する。


 魔力は増強されているため、世界最強クラスの破壊力を持った古代魔力が、通常の倍以上の規模で爆発を引き起こした。


 巨大な火球によって、地面はえぐり取られて、クレーターが発生する。そこにあったはずの森は、広範囲で消滅する。


 さらに、爆発によって引き起こされた衝撃波によって魔王軍は吹き飛ばされていく。思った以上に魔力が強化されていた。味方を巻き込まないように、やや後方で爆発させたのは正解だったな。


 敵への被害は抑えることになってしまったが、それでもかなりの被害を出せたはずだ。


 また、敵の本隊と奇襲部隊の中間を攻撃されたことは、敵にとっても心理的な脅威となっているはずだ。後方を遮断されたということは、自分たちが包囲されるかもしれないという心理的なプレッシャーになる。戦場での包囲は、すなわち、逃げ場なくせん滅される寸前を意味するからな。


 魔王軍と言えども、知性があれば、自分の死を恐怖するはずだ。


「なんだよ、アレク。あれは……本家本元のエレン以上に、古代魔力を使いこなしているな」

「ニキータ局長の最強魔法"黒・歪・洞ブラックホール"に匹敵するか、それ以上の破壊力でしたよ、先輩」

「あの火力を、距離関係なく投射できる。そして、威力の減退も発生しない……」


 精強なギルド協会の前線部隊が、魔力援護をともない、敵の奇襲部隊に攻勢をかける。


 もはや、奇襲部隊に戦意は残されていなかった。いつまた、あの攻撃が頭上に降ってこないか恐怖しながら戦闘なんて成立しないからな。


 マリアさんの完璧な指揮もあって、奇襲部隊は総崩れをはじめていた。


 ※


「おい、さっきの爆発みたか?」


「ああ……なんだよ、あの攻撃……」


「一体、何人の魔導士が参加したんだ? 地面が宙に舞って、天空まで吹き上げられていたぞ……」


「それがひとりらしいぞ」


「はぁ!? 一体、誰だよ。あんな規格外の攻撃できる奴は……」


「アレク官房長らしいぜ。やり方は知らないけど、なんでも古代魔力と始祖たちの遺産を使った攻撃らしい」


「南海戦争の時も異次元の強さだと思ったけど、あの時よりもさらに強くなっているよな。S級冒険者がさらに成長するなんてありえないと思っていたけど、あの人は異常だな。強くなるスピードが段違いだ。世界最強の男が、こうも安々と壁を越えられていくと、俺たちの才能って何なんだろうな」


「ああ、まだ1対1なら、会長だろうけど……どんな戦場でも活躍できて、近距離・遠距離どちらにも対応できる。大規模な戦闘なら、会長を超える適性を見せるし」


「このスピードで強くなるなら、下手をすれば、史上4人目の生きた伝説になるかもしれない」


「間違いないな。というか、才能だけなら冒険者史上でも最強だろ、アレクさん……」


 ※


 初戦に快勝した俺たちは、一気に包囲を強めた。

 数的な有利は3倍に達した上に、第7艦隊による海上攻撃も加わり、魔王軍は何もできていない。向こうはひたすら防戦一方の状況で、防御に集中していて、ほとんど攻勢にでることはない。


 ハデスもなかなか姿を現さない。よって、魔王軍西方師団は壊滅寸前だ。

 作戦は、敵陣の奥深くにいるだろうハデスを倒す段階に移行しつつあった。


 陸上戦力は、たび重なる勝利で士気も上がり、どんどん前線を押し上げていく。


 後方からの魔力の援護も順調で、負ける要素もない。


 普通ならいい気分で酒でも飲みたくなるくらいの状況。


 だが、俺はひとつの違和感を感じていた。


 あまりにも、敵が無策すぎるんだ。


「どうしたんですか、先輩? 作戦は順調ですよ。なのに、どうしてそんなに難しい顔をしているんですか?」


「ああ、そうなんだけどさ。バル攻防戦で、俺が戦った西方師団はもっと強かった。こんなに簡単に勝てる相手じゃないんだよ」


「長く組織だった作戦もできなかったはずですから、その影響もあるんじゃないんですか?」


「うん、その可能性が一番高いと思う。でもさ、なんか違和感しかないんだよ。あいつらは、わざと俺たちを誘いこんでいるんじゃないかってさ、疑ってしまう」


「ですが、そんなことをしても敵に利点がないですよね。兵力をいたずらに失うだけですし……敵は制海権を失っているから援軍が来る可能性もありません」


 そうだ。あえて、不利な防衛戦をしているんだ、あいつらは。

 あえて、背水の陣で守りにくいゴンケルクに集結した。後ろが海で俺たちに包囲されやすいのにここを選んだのはなぜだ?


 考えろ。


 ハデスは、残虐で味方の命を軽視する。


 そして、あいつは普段は地下に潜っている。


 あえて、防衛に不利な海に面する場所に集結した。


 つまり、俺たちはここを包囲したわけじゃないんだ。


 逆だ。俺たちはここに呼び寄せられたと考えた方がいい。


 それはつまり……


 俺たちを逆に包囲するためだ。俺たちの後方の守備はぜい弱だ。


「ナターシャ! すぐに後方の守りを固めなくちゃだめだ」


「えっ、どうしてですか? 伏兵対策に遊軍はいますけど?」


「わずかな伏兵対策じゃだめだ。敵の本隊は、俺たちの後方にいるかもしれない。俺たちはおびき寄せられたんだ。ハデスは、俺たちの前じゃない。後ろに潜んでいるぞ!」


 そう指示を出した瞬間に、地鳴りがはじまった。

 俺の予想が当たってしまったようだな。


 くそ、もう少し早く気がつくことができていたら……


 だが、後悔に意味はなかった。俺たちの後方には、魔王軍最強の怪物が出現したのだから……


 ※


しまった。完全に陽動だったのか。味方の犠牲を考えずに、俺たちを倒すだけに全力をかけてきやがった……」

 まさか、自軍の大部分を見捨てて、本人が地形を利用して逆包囲をかけてくるとはな。

 いくらなんでも手段を選ばなすぎるだろ。


 部下の命なんて、何と思っていないのかよ。こいつは。


「これがハデス……」

「災厄の王か」

「くそ、逆に包囲されたぞ」


 自軍の中にも動揺が広がっていく。安全だと思っていた自軍の後方に、最悪の怪物が出現したんだ。パニックにならないわけがない。


 ここは組織が崩壊する前に、対処しなくてはいけない。


 幸いなことに、前線はほぼ勝利が確定している。なら、第七艦隊に助けてもらって兵を海上に脱出させるのが一番確実だ。


 ゴンケルクは港がないから、小舟で艦隊まで移動しなくてはいけないが……


 少なくとも全軍でハデスに突入するよりは生存率が高いはずだ。


 後方にいた遊軍がハデスに向かって勇敢にも戦いを挑んでいた。


 だが……


 ハデスは巨大なムカデのような姿で、迎え撃つ。鎌のような巨大な脚で、冒険者をなぎ払う。猛烈なダメージと強力な酸性の毒によってそこにいた冒険者の存在自体が消滅した。一瞬にして、数十人の精鋭が消えてしまったんだ。


 伏兵対策にB級でも上位の冒険者が配置されていたのに……


 その精鋭が簡単にやられてしまった。歴史書にもハデスの攻撃を一発でも喰らったら終わりだと書かれていたが、そういうことか。


「ナターシャ、俺に聖魔力をかけてくれ。俺があいつを引き受ける。みんなは前線を突破して、副会長たちと合流してくれ」


「まさか、ひとりでやるつもりですか」


「ああ。たぶん、あいつと戦えるのは俺しかいない」

 ハデスが持っている毒は強力で、魔力で遠距離攻撃をするか、光魔力の中和作用で毒を無効化しなくては近づくこともできない。


 たぶん、ボリスクラスの達人でも、近づくことは難しいだろう。そして、奇襲によって魔術師との距離をかなり詰められてしまった。よって、魔術師の総攻撃によるアウトレンジ戦法は使えない。


 なら、光魔力が使える俺が対処するしか選択肢はない。


「ですが、危険すぎます」

 

「大丈夫だ。ここでナターシャと別れるつもりはない。絶対に帰ってくる。艦隊に分かるように、信号魔法を送っておいてくれ」


「約束ですよ?」


「ああ、約束だ。行ってくる!」


「はい」


 俺たちはそこで別れた。ナターシャが作ってくれた光の翼と2本の剣が俺にとって残された切り札だ。


 エル、クロノス頼む!


 俺は、ハデスに向かって突撃した。

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