第167話 動き出す災厄

―ギルド協会イブラルタル本部―


「偵察部隊のAチームからの連絡途絶」

「BからDまでのチームもです」


「なぜだ。すべてB級以上のベテランメンバーで構築されていたはずだろう」

「わかりません。しかし、定時連絡がなくなりました」


「残っているチームは?」


「Eチームだけです。しかし、現在、敵襲にあっているようです。救援要請が出ています」


「すぐに交代要員のチームに向かわせろ。Eまで壊滅したら、何も伝わらなくなる。私はすぐにイーゴリ局長に伝える」


「わかりましたっ!」


「イーゴリ局長、緊急事態です。西大陸各地に分散していた魔王軍西方師団の残党たちが、再結集の動きを見せています。再集結ポイントは、西大陸の西部・ゴンケルク。残党の監視をしていた情報局直属のパーティーは、ほとんど壊滅したようです」


「西方師団は、師団長が討伐されて以来、指揮系統を失って自壊したはずだろう? どうしてこんなことになっているんだ!?」


「おそらく、新しいリーダーが再結集をかけているものだと思います」


「そいつについての情報はないのか!?」


「はい、まだ未確認の情報ですが、Eチームの最後の報告にそれらしき魔物の特徴が……」


「教えてくれ!」


「連絡は、断片的なものでしたが、聞き取れたのは――何本もの足、鋼鉄のように固い体、毒、近寄れない巨大な魔物に襲われたと!!」


「まさか……」

 その特徴に一致する魔物は一匹いる。


「はい、最高幹部が動いた可能性が高いかと……」


「災厄の王・ハデスか……あいつが動いたのは、何百年ぶりだ! すぐに副会長に連絡を取る。周辺地域を封鎖して、住民の避難を最優先に! 第7艦隊による海上救援が必要になるかもしれない」


「すぐに、奴らの予想進路を作成します」


「頼む! そして、アレク官房長にも別途連絡を頼む。南海戦争を上回る総力戦になるかもしれない」


「はい!!」


 ※


―副会長執務室―


「災厄の王・ハデスか。魔王軍も最高戦力を動かしてきたな」

 私は、イーゴリ局長の話を聞きながら、険しい表情になった。


 魔王軍最高幹部。旧四天王とも呼ばれる中でも、人間にとって最も厄介な存在だ。


 旧四天王筆頭であった冥王は、底知れぬ知力で魔王を補佐し、"魔王の右腕"と恐れられた。しかし、会長との決闘で敗れ、彼に討ち取られた。これは人類史上初めて人間が魔王軍の四天王を崩した偉大なる勝利の記憶だ。


 だが、冥王のほかに最高幹部は3人残っている。


 魔王軍の指揮を執る優秀な将軍リヴァイアサン。

 暗躍しすべての者を惑わす大悪魔メフィスト。


 そして、その巨大な体で目の前のものをすべて破壊し尽くす災厄の王ハデス。


 魔王軍の最高戦力の中でも、実被害が最も大きい奴がこちらに差し向けられた。

 アレク官房長を相当危険視しているということだろうな。


 陸上での総力戦は、いつ以来だろうか。少なくともヴァンパイア討伐の時よりも、こっちは全力を出さなくてはいけない。


 出し惜しみはなしだ。そんなことをすれば、こっちがやられる。


 制海権がない場所に、魔王軍の最高幹部が投入されたとなると、向こうも引くつもりはないということか。


 南海戦争の時のように、痛み分けのような中途半端なことにもならないはずだ。


 持てる戦力をすべて、ゴンケルクに集中する。


 ※


 俺たちは緊急性を要するということで、村からすぐさまイブラルタルの本部に招集される。

 すでに、協会幹部と西大陸にいるS級冒険者はほとんどが会議室に待機していた。


 重々しい雰囲気が会議室を包んでいる。


 これは間違いなく危機的な状況だな。

 南海戦争の時みたいに迅速な動きだ。


「諸君、集まっていただきありがとう。緊急事態だ。魔王軍の西方師団残党たちが再結集の動きを見せている」


 司会の副会長は、俺たちにそう伝える。会議室の中にも動揺が生まれる。


「西方師団は、師団長のゾークを失って、崩壊したんだろう?」

「アレクとニコライの活躍で、バル攻防戦の最終盤で師団長が戦死。指揮系統を失って、残党たちは小さいグループに分裂。今まで特に動きがなかったはずなのに、どうして今頃……」

「魔王軍の大陸最後の残存戦力だ。この長く続く戦争で、ついに大陸側から魔王軍を駆逐できたはずなのに」


「新しい奴らのリーダーは、未確認情報だが、魔王軍の最高幹部・ハデスが務めていると思われる」


「魔王軍最強の怪物か」

「災厄っ」

「リヴァイアサンとメフィストを破った我々に対して、最後の大物をぶつけて来たな」


 ハデス。

 魔王軍最強の怪物。


 その性格は残忍で、味方の犠牲すら気にしないほどの攻撃ですべてをなぎはらう。

 強力な毒を持ち、毒が放たれた場所は浄化されるまで住むことすら難しくなる。


 あまりにも強力な敵で、その実力は魔王軍最強と言われている。


 しかし……


 自軍すらも消費するように使い倒す残忍性から、魔王軍でも危険視されて前線には出ないように封印されていた。前線指揮に関しては、南海戦争を率いたリヴァイアサンのほうが向いているからな。


 だが、ハデスが派遣されたということは、どんな犠牲を払ってでもこの戦闘に勝つという魔王軍の意思表示だ。


 他の大陸は、長く続いた戦争で、魔王軍の主力部隊は壊滅している。唯一残っていった戦力が西方師団だったがバルで敗北したことで組織的な動きはできなくなっていたんだ。魔王軍もあえてそれを放置していた。


 人類に対しての反攻作戦を行う場合に貴重な戦力だから、温存していたと考えると、それすらも使ってハデスまで投入するということは、魔王軍にも切羽詰せっぱつまった事情があるんだろう。


「魔王軍西方師団の残党は、約3000と考えられる。西大陸にいる冒険者と第7艦隊を集結させて、そちらを叩く。こちらも総力戦だ。海上の指揮は、私が執る。陸上は、アレク官房長に任せる。以上だ!」

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