第153話 叙勲

「緊張するな」

 俺たちは、工事を抜け出して、マッシリア王国首都ミラルに来ていた。

 というのも、叙勲じょくんを受けるためだ。


 この前のクーデター騒ぎを鎮圧した功績で、マッシリア王国から爵位をもらうことになった。

 正直に言えば、こういう公式の場ってあんまり好きじゃない。


 南海戦争の後も、名誉市民を受け取ったけど、あの時は結構カジュアルな式典だった。まぁ、市長さんが主催してくれたパーティーだったから、そこまで格式ばらなくてよかったんだけど……


 でも、今回のは違う。


 だって、王宮が正式な手続きをしておこなわる式典だから……


「大丈夫ですよ。アレク"ギルド協会会長室官房長兼海軍中将"閣下」

 横にいるナターシャが緊張している俺の横でからかった。


「お前からそんな長い正式な経歴で呼ばれると落ち着かないんだが……ナターシャ伯爵令嬢……」

 俺もそう言って返した。

 でも、俺の方が余裕がないことは火を見るよりも明らかだからな。


「思い出しますね、官房長就任式のこと。さすがに、場慣れしてきたから、あの時みたいには泣き叫ばなくなりましたけどね」


「やめて、それはトラウマだから……」


 ※


「いやだあああああ、いきなり記者会見なんていやだあああああ。というかいつの間に、ナターシャが秘書官になっているんだよおおおお~」



「頭が真っ白になるからいやだあああ。俺はあがり症なんだよおおおお」


 ※


 うっ、あの時のトラウマがよみがえってきて、胸がざわつく。

 恥ずかしいな。


 でも、たしかに、あの就任会見から考えると、俺も成長した。

 あそこまでの拒絶感はなくなったし。


 とりえあず、今日は陛下の前に出て頭を下げるくらいだ。あんまり緊張しなくても大丈夫。


 といいつも、立食パーティーの食事をほとんど食べることができていない。


「緊張しすぎですよ、先輩? せっかくのパーティーなんだから、何か食べないとお腹空いちゃいますよ?」


 そう言って、ナターシャはゼリーを俺に持ってきてくれた。これなら食べられそうだ。


「ありがとう」


「手間がかかりますね。どうして、こういう場の先輩はどうして、そんなになよなよしているんですか。自信を持ってくださいよ!!」


「ああ、ありがとう」


 こういう場でのナターシャは、本当に心強い。


「でも、嫌いじゃないですよ?」


「えっ?」


「戦場のかっこよくて冷静な判断ができる先輩は、本当にかっこいいですからね。余計に、こんな子供みたいに不安になってオドオドしているのは、なんというかカワイイんですよ。その落差が、結構、好きです」


 そう言って、彼女は笑う。


「男に、カワイイは誉め言葉じゃないから……」


「いいじゃないですか。それに、そろそろ時間ですよ? 行きましょう、アレク男爵バロン様?」


 ※


 そして、叙勲式の後に、盛大なパーティーが開かれた。

 今回のクーデターの黒幕だった皇太子は、廃嫡はいちゃくされたらしい。

 そして、秘密裏に収監された牢獄で獄中死を遂げた。


 普通に考えて、消されたんだろう。表向きは、クーデターに抵抗してその場で処刑されたことになったらしいが……


 エレンも騎士団長も討死。皇太子は消されたことで、クーデター首謀者は壊滅したな。ニコライは、未だに目が覚めないが……


 結局、あの騒ぎは何も生み出さなかったな。いや、エレンが暗躍した邪龍騒動からあのクーデター騒ぎまで何も生み出さなかった。犠牲者を増やすだけ、増やした最悪の騒ぎだった。


 本当に希代きたいの策略家だったな、エレン。

 かつてのパーティーメンバーに一種の恐怖をおぼえながら、ひとりで世界のかき乱した悪女を俺は下げずんだ。


 叙勲は玉座の間でおこなわれた。

 あの戦場になった時にできたがれきも、血の跡も完全になくなっていた。


 ※


「ありえない。ここまで、差があるなんて……ありえない、ありえない、ありえない……」


「私は、悪魔とも手を結んだのよ。なのに……天才の私がプライドも捨てて、ここまで強くなったのにいいいぃぃぃぃいいいいい」


「なによ、これぇ? メフィスト、やめて、痛いのはやめてぇ、死にたくないよぉぉぉおおお」


「いやああぁぁぁぁああああ、こんな最期はいやああぁぁぁぁああああ。痛い、痛い、いたあああぁぁぁぁ、あっ」


 ※


 玉座の間に帰ってくると、あの時の絶叫が頭にフラッシュバックしていく。あんまり、いい気分じゃないよな。玉座の間は、トラウマ気味になっているんだな、俺。なにはともかく、式典が無事に終わってよかった。


「大丈夫ですか、先輩。式典から顔色悪いですよ?」


「ああ、大丈夫だ。ちょっと、疲れただけだよ」


「それならいいんですけど……それと、副会長が呼んでいましたよ」


「えっ?」


「どうも、この前の工事の途中で見つけた"始祖の遺産あれ"でわかったことがあるそうです。人が少ない中庭で密談したいと……」


 わざわざ、ここでか……

 ということは、よほど急ぎの話なんだな。


「わかった、じゃあ行こうか?」

「はい」

 

 ※


 俺たちが中庭に向かうと、副会長がベンチで待っていた。中庭は、まだ戦闘の傷が完全に癒えていないな。


「済まない、ふたりとも……こういう場だ、手短に話そう」


「「はい」」


 副会長は小声で、俺たちに話しかけてくる。


「この前、遺産が出土した場所だが、それよりも深く掘ってみたところ……見つかったんだ。ダンジョンへの入り口が……」

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