第148話 愚かな敗北者

 俺のカウンターは、ケーレルを直撃した。奴の体は、衝撃で宙を舞う。

 みねうちにしたから、死にはしないはずだ。


「大丈夫ですか、先輩……」

 ナターシャもあわてて俺に近づく。新年早々、面倒なことになったもんだ。


「大丈夫だ、一発ももらってない」

 戦闘だけで言うなら、とてもうまくいった。ケーレルの実力は間違いなくS級クラスだったし、そんな奴をたいしたケガもなく取り押さえることができたのは、幸運だった。


「どうしますか、この人?」

「俺のカウンターが直撃したから、しばらくは動けないだろうな。とりあえず、拘束して、協会に引き渡すか……」

「そうですね」


 一応、冒険者同士の私闘は、処罰対象だ。

 もし仮に、決闘でどちらかの命を奪ってしまったり、無関係の人を巻き込んでケガさせたりしたら、襲いかかった方は最悪死刑にもなりうる。


 今回の場合は、誰にも被害を与えていないし、俺もケガをしなかったから、まぁ罰金くらいで済むかな?


 こいつは性格には問題があるが、S級冒険者と同等レベルの実力がある貴重な戦力だし失いたくはないだろうからな。ニコライが長期で戦闘不能、エレンが消えた今とはなっては、協会も戦力が不足している。


 俺が魔力封印の処置をして、ケーレルをしばり上げた。村にある牢屋ろうやに入れて、明日にでも協会に引き取りをお願いすることにする。


 牢屋にカギをしたところで、あいつは目を覚ました。


「ここは……」


「牢屋だよ。凍死とうししないように、今、毛布くらいは持ってきてやる」


「アレクっ……」


随分ずいぶんと、反骨心はんこつしん旺盛おうせいだな」


「俺は負けたのか……お前に一発も触れることもできずに……」


「ああ、そうだよ」


「そんなに遠いのか、俺とお前は……俺は、S級の冒険者なら誰とでも互角に戦えると思っていた。力がすべての世界で、俺はS級になれない。協会が腐っているからだと思っていた。だから、お前を倒して、俺の実力を世間にアピールしようとしたんだ。世界最強の男のお前に勝てば――なのに、どうして……」


 身勝手なやつだな。そんなことに俺を巻き込まないで欲しい。


「そんな小さなことに固執しているから、俺に負けるんだ。この世界は、本人の力だけじゃどうしようもないことだってある。その場で冷静な判断で考えて対応していけるかどうかが、最後の運命を分ける。お前は、俺に対して冷静に対処できなかった。それだけを見ても、お前はしょせん戦闘力だけの男なんだよ。他のS級冒険者には劣る。ギルドカードのポイントだけで、自分を過信した、おろかな敗北者だよ」


 俺の言葉に、ケーレルは絶叫した。


 ※


「お疲れ様です、先輩……」

「ああ、ありがとう」

「村長さんに話をして、明日の朝には引き取りの人がこっちに来てくれるように調整してもらっていますよ」

「さすがは、ナターシャだな。対応が早いな」

「それだけじゃないですよ。寒い中、お疲れさまでした。一応、温かいスープを作っておいたので、飲んでください。ケーレルさんにもあとでもっていってくださいね」

「いろいろありがとう」


 俺は、ナターシャが作ってくれたショウガのスープを飲んで体を温めた。


「それにしても、圧勝でしたね」

「うん、なんかうまくいきすぎて、怖いな」

「強くなっているんですよ。たくさん修羅場をくぐり抜けてきたんですから」

「そりゃあ、そうか!!」

「そうですよ」


 俺たちはスープを飲みながら笑い合った。


「さっきさ、ケーレルにちょっとイラっとしたんだ」

「珍しいですね?」


「うん、なんかさ、ケーレルの力を追い求めている姿がなんかニコライと重なっちゃって……」

「ああ」


「あの壊れる前のニコライの様子がさ。力で慢心している姿と重なったんだよな。力だけを追い求めていると、少しずつ周囲の人たちとも壁ができるし、ひとりぼっちになっちゃうんだろうなって」


「まだ、後悔しているんですね。壊れる前のニコライさんの力になれなかったこと?」


「うん、もう少しあいつに寄り添ってやればよかったとか、ふとした瞬間に考えちゃうんだよな」

「先輩は優しいですからね」


「いろいろ後悔はあるよな」

「そうですよ。先輩みたいに第一線で活躍している人に、後悔がない人なんていませんよ」


 ナターシャもあるだろうな、後悔。なんだかんだで真面目な性格だし、ブオナパルテの件で熱を出すくらいに責任を感じていた。


 強すぎるから、心配なんだよ。難民キャンプとかでも救うことができなかった命もたくさんあるはずだ。ずっと、医療と冒険者の第一線で活躍していた現代の聖女様は、俺以上に後悔があるかもしれない。


「ありがとう、ナターシャと話していると落ち着くよ」

「現代の聖女のニックネームは伊達じゃないんですよ?」

「そういえば、ずっと気になっていたんだけど……そのニックネームは、本人はどう思っているんだ?」


「それは、ちょっと、恥ずかしいですよ? なんか、偶像アイドルみたいに、変な崇拝すうはいされている気がするし……先輩も私のファンに狙われちゃうかも?」


「やめてくれ、本当のことになりそうで怖い」

「大丈夫ですよ、先輩に勝てる人なんていませんから?」


 さっきのスープも、体を温めるために、ショウガのスープを作ってくれた後輩の優しさに感謝しながら、俺たちは新しい時間を共有していく。

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