第147話 感謝祭最終日の夜

 ナターシャと俺は台所で料理をする。俺もナターシャほどうまくはないが、一応冒険者として野宿している経験も多いので、簡単な調理くらいならできるんだよ。


 とはいっても野菜を切ったり、それを煮たりするくらいのレベルだけどな……


 村長さんに挨拶したら、牛乳をもらえたので、それと野菜を煮込んでスープを作ることにした。

 俺の畑で採れたほうれん草と保存食として地下室で眠っていた塩漬けベーコン、キノコを入れて煮込む。


 そのスープに、ナターシャが村の人たちと作った乾燥パスタを入れて、スープパスタにする予定だ。

 

 この村は米を栽培するのに適しているので、稲作が中心だが、近くの村は小麦が主食になっているので、交易の時に小麦を大量に手に入れたナターシャが村の女性陣と協力して、乾燥パスタを作っている。


 小麦粉に水を混ぜて、よく練り込み、整形して乾燥させる。

 非常食にもなるので、ナターシャはこの乾燥パスタも将来的にはイブラルタルにも売っていきたいと考えているようだ。


「こんなに乾燥したパスタでも、お湯にいれれば元に戻るんだな」


 俺は驚きながらパスタを湯に泳がしている。


「はい! 西大陸のシナリア島に伝わるパスタの製法なんですよ。あそこもなかなか流通に組み込まれない場所なんで、独自の保存食が発展しているんです」


 これもあの本の山から仕入れた知識なんだろうな。


「さあ、できましたよ。熱いうちの食べちゃいましょう」


 ほうれん草とベーコンのミルクスープパスタ。まさに、安定の美味しさだった。

 

 ※


 食器を片付けて、俺たちはお茶を飲みながらゆっくり語り合った。

 今年1年に起きたこと、再会するまでに起きたこと、学生時代の思い出話……


 もうすぐ日付が変わるくらいの時間になってしまった。

 俺たちは、この家では別々の部屋で寝ている。


 だからこそ、日付が変わるまではリビングで俺たちは寝室に向かおうとはしなかった。

「せっかくだから」とナターシャはホットワインを作ってきてくれた。ハチミツと香辛料が入ったホットワインは寒い体を温めてくれる。感謝祭の最終日、ホットワイン片手にナターシャと一緒に過ごす。


 幸せ過ぎてもう何も言えないな。


「もうすぐですね」


「ああ」


「そろそろ、いいですか?」


「うん」


 俺たちはゆっくりと手を繋ぐ。ホットワインのおかげで俺たちの手は温かかった。たぶん、ナターシャと再会した時は、俺の手はとても冷たかったんだろうな。よくおぼえていないけど、あの時のナターシャの存在が、俺の心に温もりをくれたことをよくおぼえている。


「ありがとうな、ナターシャ」


 俺の言葉に、彼女は少しだけ手に力を込めて、笑って返してくれた。


 ※


 次の日。

 俺たちは、少しだけ寝坊して、新年の朝を迎えた。


 東の大陸では、新年最初の日の出を見ることが、縁起物えんぎものらしいがさすがに年末にいろんなことがありすぎたせいで、疲れてしまった。


 新年の初日くらいゆっくりしようと思っていたんだが、その願いは簡単に打ち砕かれた。


「頼もう! ここに世界ランク1位のアレク官房長がいると聞く。いざ、尋常じんじょうに決闘を申しこみたい」


 家の前で、男の大声が響く。

 俺たちは、その声で目が覚めてしまった。


 なんだよ、非常識な奴め。俺に決闘を申し込む? いや、冒険者間の私闘は重罰で、それも俺はギルド協会の幹部で取りまる側だぞ。


 本当に非常識な奴だ。もしかして、暗殺者か何かか?

 それにしては、大胆だし……


「先輩、どうしますか?」

「とりあえず、出てくるよ。あそこまで堂々と前に出てくる奴だ。卑怯なことはしないだろうし」


 俺は、剣だけを持って入り口のドアを開けた。


「アレク官房長閣下ですね」

 そこには、金髪長身の若い優男やさおとこが待っていた。


「どちらさまですか?」

 俺は警戒を解かずに客を出迎える。鎧も身に着けて完全武装している。腰に剣を差しているところをみると剣士系の職業だろうな。


「私は、ケーレルと申します。しがない冒険者です」

「冒険者同士の私闘は、禁止されているだろう。俺は取り締まる側だ。それを受けるわけにはいかない」


「では、おそわれたと言えばいいじゃないですか?」

 こいつ笑顔でとんでもないことを言い始めたな!?

 だが、それも冗談ではないようだ。あいつの剣に魔力が込められていくのを察知する。


 どうやら、魔法剣士同業者のようだな。

 剣を抜くまでは、俺は様子を見ることにした。この距離でも、俺に剣が届く前に、こいつに無詠唱魔法をぶつけることはできるはず。


「何が目的だ……」

「実は、私は、ずっとあなたの下位にいるんですよ。気になるじゃないですか、世界最強と今の自分がどこまで離れているのか?」

「この戦闘狂が……」

「最高の誉め言葉ですよ、それ!」

 不敵な笑みを浮かべつつ、剣に流れ込む魔力量が上がっていく。こいつは、ふざけているけど、相当な使い手だな。


 一触即発の状況だ。だが、俺はルールを守る側。こいつの挑発に乗ることは許されない。それが、力を持つ俺の責任でもある。


 正当防衛が成立するためには、こいつが剣をさやから抜くか、詠唱をはじめるか待たなくてはいけないのがもどかしい。


「ふん、あくまで、決闘には応じないんですね。それとも、私との戦力差を考えて、剣や魔力など不要ということですか?」


 どうやらこいつは無詠唱魔法の存在を知らないらしい。

 なら、余計に好都合だな。


「さあ、どうだろうな?」


「なめやがって……なら、こっちから行きますよっ!」

 ケーレルは、剣を抜いた……


 ※


「思い出した! ケーレルって、A魔法剣士ですよ! 性格に問題があって、なかなかS級に上がることができないと聞いたことがあります。実力は間違いなくSクラスです! 気をつけてください、先輩!!」


 ナターシャの言葉が響いた。なるほど、だからこんなに手れ感が出ているのか……


 あいつが剣を抜いた瞬間、俺は魔力を炸裂させる。中級魔法の爆発によって、男は吹き飛ばされた。直撃できたようだな。


「なっ……」

 あいつはなにがおきたかもわからない様子だった。だろうな。無詠唱魔法のことを知らなければ、今の状況を信じられないのも当たり前だ。


 一応、軽いダメージが入るくらいにしておいた。さすがに、威力を上げてしまったら、ほかの村の人にまで迷惑がかかるかもしれないからな。


 さすがに、威力を絞った魔力だったから、あいつはまだ動けるようだ。


「なにをしやがった?」


「言う必要はないだろう」


 さすがに、安易に距離を詰めてこないな。何が起きたかわからないから、それを見極めるまでは様子を見なくてはいけない。さすがに、慣れている。


 明確な戦意の衰えは見えない。正当防衛とはいえ、一方的にたたきつぶすのは後味が悪い。だが、そんな甘いことを考えているようではいつか怪我をする。


 ダブルマジックを発動して、俺はケーレルをけん制する。威力が低い攻撃魔法だが、受け続けていればいつかじり貧になる。


「どうして、こんなに間髪かんはつ入れずに、魔力を撃つことができるんだよ……」

 ケーレルの中に間違いなく焦りが生まれている。

 あいつは性格的に攻め込みたいタイプだ。こういう風に、俺に一方的にやられていれば不満がたまっていき、暴発しやすい。


 そこを俺は得意のカウンターで仕留めればいい。俺の黄金パターンの勝ち方だよな。こういう相手の能力がわからない場合は、自分の得意分野に引きずり込めばいい。


 戦場で、実力差というのははっきりでてくる。実力では劣る者は工夫をしないといけないがケーレルは、最初から俺との距離を詰めていた。それがミスだろうな。


「こんなに遠いわけがない。俺は、間違いなくS級レベルのはず。なのに、どうしてこんなに世界最強の座が遠いんだよ。もっと近くにないといけねぇ。俺の今までの冒険と修行はなんだったんだよ……」


 間違いなく焦りがあいつを狂わせていく。これは勝ったな。格上の相手に冷静さを失った奴が勝てるほどこの世界は甘くない。


「うおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお」

 がむしゃらな突撃。炎をまとわせた魔力剣か。だが、俺の遠距離攻撃でダメージを負っているせいで、動きにキレがない。


 その状況なら、俺とエルに勝つことはできない。


「あとは、頼むぞ、相棒」


 プライドに支配されている冒険者では、未来をつかめない。

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