第139話 一緒の部屋

「やっぱり、この宿の中は、暖かいですね」

 俺たちは、宿に戻ってきた。マッシリア王国が用意してくれた高級宿で、とても快適。

 宿では、各部屋に暖炉をおくのは難しい。だからこそ、安宿はかなり寒い。


 この高級宿は、王国の迎賓館げいひんかん的な役割を持っているらしく専属の魔術師たちによって、熱魔力によって室温が管理されている。


 床も魔力道具を用いて、熱魔力を循環させる役割を持っており、室温はとても快適だ。


「すごいな。ここまで、快適な宿は、はじめてかもしれない」


 さすがは、世界最強の経済大国マッシリア王国御用達ごようたしの宿だな。ある程度、税金も使われているんだろうな。


 俺たちは、婚約者だということが公然になっているせいで、同じ部屋に案内される。もう、ここで動揺しても、怪しすぎるので、俺たちはそれを受け入れる。


「もう、ふたりで、同じ部屋に泊まるのが当たり前になっちゃいましたね」

 ナターシャは照れ隠しではにかんでいる。


「もう、あそこまで新聞に書かれたら、否定できねぇよ」


「たしかに」


 俺たちは、ベッドに腰かけて笑い合う。でも、このベッド、俗にいうキングサイズなんだよな。部屋の中に、他にベッドはないし……


 つまり、俺たちは、ベッドを共有するんだ。あの時の旅館の夜のように……


 ※


「ねぇ、センパイ? こっちのベッドに来ませんか?」


「やっと、一緒に眠れますね」


 ※


 あの夜のナターシャの甘い言葉が、俺の頭でフラッシュバックする。

 やばい、ドキドキする。

 この前のふたりきりの夜は、なるべく思い返さないようにしていた。だって、頭がパンクしそうになるほど、ナターシャの破壊力だったから。


「今度は、最初から同じですね」

 ナターシャは、俺をちょっとからかう。


「寝相が悪かったら、ごめん」

 だが、俺も大人の余裕で受け流す。


「それなら、先輩の寝相を利用して、いたずらしますから!」


「俺、なにされるの!?」


「大丈夫です、証拠は残しませんから」


「いや、余計に怖いよ」


「ちょっと、ハグしたり、手を握ったり、匂いをかぐくらいかな?」


「言い方はかわいいけど、ちょっとフェチ入ってない?」


「まぁ、冗談ですから。ちょっとしか、しませんよ。じゃあ、灯りを消しますね!」

「するんかい!! じゃあ、俺寝るからな!」


 まぁ、いつものようにじゃれているだけだ。きっとそうにちがいない。

 俺は頑張って寝ようとして、布団をかぶる。


「ねぇ、先輩? 本当に寝ちゃうんですか? 少しだけ、お話しませんか? 実は、少しだけ緊張して、眠れないんです」


 そう言って、ナターシャは俺の体に近づいた。


「どうしたんだ、ナターシャ。珍しく弱気になっているな」

 ベッドに横たわるナターシャは、はかなげでれたら壊れてしまうのじゃないかと不安になるくらい小さく見える。


「ごめんなさい。祝賀会の後で、盛り下がってしまって……」


「いや、ナターシャが落ち込んでいる時に、俺が支えないでどうするんだよ。何が不安なんだ? 教えてくれよ」

 できる限り優しく俺は彼女に確認する。


「この世界の動きが激しすぎるんですよ。ニコライさんの退場から、人間と魔王軍の戦争でパワーバランスが変化してしまった。真空化された空白地帯に、どんどん激動の流れが生まれてきて、もう世界は暴走状態です。魔王軍幹部ヴァンパイアの北大陸侵攻、一連の邪龍教団の事件、両軍の主力艦隊同士の激突、そして、今回のクーデター騒動……これだけの大事件が半年間に集中したのは歴史的に見ても異例です」


「ああ、それに関しては、俺も怖くなるよ」


 今まで、人間と魔王軍の戦争は絶妙なバランスで硬直していたのに……

 人間軍の主力であったニコライが退場しただけで、大事件を誘発させた。俺も、何度も死にそうな目にあったからな。


「その渦中の中心にいたのが、ギルド協会官房長である先輩です。先輩が、すべての事件に深く関係していた。何度も危ない目にあいながらも、先輩はそれを突破した。すごいことだと思います。でも、なにかの拍子に、私はあなたを永遠に失っていたかもしれないんですよ。それを考えちゃうと、どうしようもなく怖いんです」


 俺も同じだ。ナターシャを失うことがどうしようもなく怖い。


「先輩は、私がはじめて心を開いた大事な人なんですよ。私はずっと初恋をこじらせている。家族以外で、ずっと近くにいて欲しいと思ったのは、先輩が初めてで唯一なんです。自分でもわかるくらい独占欲が強いんですよ。ワガママばかり言っているのもわかります。でも、聞いて欲しいんです」


「ああ、聞くよ」


「私を一人にしないでください。どんなに、大変な戦場でも、自分が生き残ることを優先してください。先輩は、優しいから、自分のことよりもほかの人を優先してしまう。でもね、ひとつだけおぼえていてくださいね。あなたがいなくなってしまって、悲しむ人はここにいますからね」


 目を潤ませながら、俺を心配してくれる後輩に俺は本当に救われる。

 俺がなんとか生き残ってきたのは、ナターシャとの約束があったからだ。


 俺は無言でナターシャの背中に腕を回す。


「あっ」

 小さな声でナターシャは少しだけ驚いている。


「約束するよ。絶対に、ナターシャをひとりにしない」


「ありがとうございます。先輩の体、とても温かいですね」


「少しだけこうしていてもいいか?」


「お願いします」

 彼女の体は、柔らかい。美しい髪からは、甘い匂いが漂ってくる。


 俺たちは、お互いの存在を確認し合いながら、心地よい眠りについた。


 ※


―同時刻・イブラルタルギルド協会本部―


「以上が、今回のマッシリア王国クーデター事件の報告になります」

 私はスポンサーたちに一応の報告をおこなった。

 

「今回の件で、ジジ会長が動いたといううわさがあるが?」

 ふん、知っているくせに、建前で聞いているな。


「あくまで噂はうわさです。会長が皆様への事前通告なしで動くようなことは、ありえません」

 建前には、建前で返す。


「まぁ、よかろう。今回のギルド協会の働きに関しては、我らはとても満足している」


「ありがとうございます。経済の中心地であるマッシリア王国での事件でしたので、迅速な対応をこころがけました」


「うむ。今年ももう終わりだが、今年は魔王軍最高幹部2人を撃退し、テロ組織邪龍教団を壊滅、魔王軍幹部ヴァンパイアを討伐するなどギルド協会にとっても、我らにとっても実り多い年になったな。ご苦労だったな、ミハイル副会長」


「ありがとうございます」


「このままいけば、魔大陸逆侵攻の可能性も出てくるのではないか?」


「どうでしょうか?」


 ずいぶんとお気楽なもんだ。南海戦争で、第1艦隊が壊滅しているだろう。このまま、我が第7艦隊まで失うようなリスクを取れるわけがない。


「相変わらずのタヌキだな、キミは」


「褒めていただきありがとうございます」


「キミらしいな」


 そう言って、スポンサーたちは魔力通信を切る。

 どっちがタヌキだ。


 邪龍教団の裏のスポンサーには、東大陸の大国ナースル王国のセキ宰相がいたことは確実だ。宰相は口封じで殺されたが、トカゲの尻尾しっぽ切りだろうな。エレンは、宰相から秘匿情報を得ていたと考えるのが普通だろう。


「邪龍教団は、東大陸の首脳とつながっていた。だからこそ、天界文書の記述を利用し大悪魔であり魔王軍最高幹部のメフィストを召喚することができた。そして、マッシリア王国に秘密裏に保管されていたグレートヒェンの指輪も気がかりだな。あれは失われたが、メフィストの召喚に必要だったことを考えると、間違いなく始祖の遺産に連なるアイテム」


 天地開闢の図・天界文書・聖剣"天上の恵"・グレートヒェンの指輪。

 今、判明している4つの始祖の遺産。


 そのほとんどが、世界の大国たちが保有していた。

 つまり、列強たちは始祖の遺産についてなにかしらつかんでいるのは間違いない。そして、それを隠蔽しているというのが、今回のクーデター事件ではっきりした。


 失われた歴史。

 なぜ、魔物と人間が戦争状態にあるのか。そもそも、魔物はどこから来たのか。


 そして、国家は一体何を隠しているのか……


 まだ、戦わなければいけないことはたくさんあるようだ。


 ※


「ミハイルは、やはり勘づいているようだな」


「だろうな。まさか邪龍教団が、あそこまで真実に肉薄しているとは予想外だった」


「今回の件で、グレートヒェンの指輪を失ったことも問題だぞ。我らの計画に狂いが生じた」


「東大陸が邪龍教団を野放しにしすぎたことが原因だ」


「しかし、我らには、奴らを使う必要があった。サブプランに多少の修正が必要とはいえ、メインプランは順調だよ」


「エレンですら、メフィストまでたどり着いた。油断していると、ミハイルはすべてを知る可能性すらある」


「あの女は、あくまで発想が一致したに過ぎない。たしかに、真実に肉薄していた。しかし、常識にとらわれ過ぎていた。ミハイルと言えども、限界はある」


「大丈夫だ。しょせんは、奴は"天地開闢の図偽典"までしかたどり着けない。我らが持つ聖典アカシックレコードがなければ、真実には到らないからな」

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