第138話 思い出話

 俺たちは、できる限り長くキスを続ける。

 離れたくはない。

 ずっとこのまま、彼女とつながっていたい。

 この時間が永遠に続けばいい。

 ナターシャを手放したくない。


 そんな、独占欲と恋愛感情が絡んで、俺たちは優しく最高の時間をずっと共有した。

 お互いに離れがたい。


 だからこそ、俺たちの唇は、ゆっくりと時間をかけて離れていった。


 そして、無言の時間が流れた。話すらも必要ではない。お互いの気持ちが一致している心地よい空間。何かを発してしまえばこの幸せな雰囲気が崩れてしまう。


 少しでも長くこの空間を共有したかった。


 そして、花火が鳴る。


「綺麗ですね」

「ああ」


 俺たちは、短く会話をかわす。

 少しずつ現実に戻されていく。


「実は先輩に謝っておきたいことがあるんですよ」

「なに?」


「学生の頃、ふたりで雨宿りしたときあったじゃないですか?」

「ああ」


 あれは、たしか、月に1度の外出できる日だった。俺は、ナターシャの買い物に付き合って街に出た。


 しかし、途中で雨に打たれて、商店の軒下で雨宿りさせてもらったことがあった。

 ナターシャが言っているのはこの時のことだな。


「あの時なんですが、実は、雨が降ることを知っていて、わざと傘をもっていかなかったんです」

「えっ!?」


「当時のルームメイトが、天気に敏感だったんですが、その子が『今日は雨が降るよ』と言ってくれていたんですよ。でも、私はわざと傘をもっていかなかったんです」


「なんで!?」


「先輩ともっと仲良くなりたかったからです。あの時は、助けてくれたお礼という口実で、先輩を連れまわしましたが、やっぱりまだ、私たちの間に壁があったと思うんです。それも、最初にツンツンしていた私のせいなんですけどね。だから、先輩とちゃんと話せる場所を、ふたりきりになれる場所を作りたかったんです。ごめんなさい」


「なるほど、そういうことか。だから、あの時、おまえは少しソワソワしてたんだな」


「はい。今となっては浅知恵ですね」


 小さくなったナターシャを見て、俺は笑いだす。


「もう、笑い過ぎですよ。先輩!」


「だってさ、ナターシャって完璧だと思ってたから。そんな風に、偶然に頼っていたんだなとわかったらなんだかおかしくなってさ」


「仕方ないじゃないですか。私だって、小娘だったんだから。いじらしい片思いしていたんですよ、もう!」


「でも、そう考えると、俺たちの今はそういう偶然によってできているんだよな」


「はい。そして、その偶然が、後から考えれば、運命に変わっていくんですよ」


 俺たちは、手を握り、寒空に浮かぶ火薬の華をながめる。

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