第124話 未来
また、自由時間だ。
武器に関しては、準備ができているので、昼食の後に仮眠を取ろう。
俺は、誰もいなくなった食堂の椅子にナターシャと座る。
まだ、10時だから誰もいない。
「いろいろあって、密度が濃い午前中だったな」
「はい、頭がまだ追いつかないです」
「さっきのサンドイッチ食べてもいいか?」
「食べてください。お茶でももらってきますね」
「ありがとう」
さっき、食べそこなった朝食を包みから取り出した。
野菜とハムチーズのサンドイッチ。さっき食べたものをアレンジしただけなのに、ナターシャが作ってくれたからか、とても美味しく感じる。
「はい、お茶です」
「ありがとう」
俺たちは、少しだけ無言の時間を共有した。
「ナターシャ、今回の作戦なんだけど、協会に残って欲しいって言ったらどうする?」
「嫌です。それは、ヴァンパイア討伐の時も話したじゃないですか!」
やっぱり、そう断言するよな。
「先輩が、私のことを心配してくれているのは、嬉しいです。でも、私だってA級の冒険者です。今回の仕事がどんなに危ないかはよくわかっています。でも、私が仮にここに残って、先輩にもしものことがあったら……たぶん、一生立ち直れません」
ナターシャは、俺の手を強く握りこんだ。
「どうして、あの時についていかなかったんだろう。もしかしたら、私が一緒だったら助けることができたかもしれない。先輩が、私にいるべき世界をくれたのに、私はあなたに何もできなかった。そんな後悔をずっとしたまま、生きたくはないんです」
「でもさ……」
俺が言葉を続けようとすると、ナターシャは首を振って否定した。
「もし、私にもしものことがあったとしても、先輩の近くで死ぬなら本望です。あなたと離れていた5年間よりも、一緒に生活した半年間のほうが、私にとっては大事なかけがえのない宝物の時間になっています。お願いします」
ここまで強い覚悟を見せられた俺も受け入れなくてはいけない。
「わかった。頼りにしているよ」
その言葉を聞いて、ナターシャは優しく笑った。
「ところで、先輩、実は最近、嬉しいんですよ!」
「なにが?」
「私たち、
「なっ……」
そう言われると、否定できない。ナターシャと生活をずっとともにするために、畑で野菜を作っているし、彼女の野望にも参加している。
この半年間で、ナターシャと一緒にいることが当たり前になってしまっている!?
「もしかして、遠回しにプロポーズしてくれてますか?」
さっきのお返しとばかりに、ナターシャは俺をからかってきた。
「そんなんじゃねーよ」
「そっかー、残念。でも、プロポーズなら、私はシチュエーション重視にしてもらえると嬉しいな~! なんてね」
冗談っぽく言いながらも、本気だとわかる。
だって、俺の手を握る彼女の力が、少しだけ強くなっていたから。
俺も少しだけ強く彼女の手を握り返した。
※
突入は暗くなるのを見計らう。ミラル王宮へと向かうために、今回は、ひとつ売るだけで家が建つと呼ばれる移動用魔力結晶を使うことになった。
高価なものだが、情報局員が前回の内偵調査の際に、魔方陣を用意してくれたらしい。そのおかげで、ミラル王宮の近くまで一気に空間移動が可能となる。
すでに、事件発生から24時間近くが経過している。人質も
今日の深夜に一気にケリをつける。
「アレク君、今日はよろしく頼む」
眼鏡をかけた瘦せ型のイーゴリ情報局長だった。たしか、年齢は30代だったはず。
今回の突入作戦のサポート班を指揮することになっている。
俺とボリス、マリアさん、ナターシャが主力チームで、イーゴリ情報局長、エカテリーナたちが潜入サポートを主に担当してくれる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ギルド協会情報局。通称、世界警察。
魔王軍や過激派組織を監視する情報組織だ。
潜入工作に特化した局員を世界中にスパイとして送り込んでおり、その実力は世界の要人からも恐れられている。
イーゴリ情報局長は、ミハイル副会長の側近中の側近であり、情報工作を一手に担っている切れ者。
「このふたりは、私の直属の部下だ。女性の方がマイル。男の方がボブだ。申し訳ないが、ふたりとも仮名だ。理由はわかるだろう?」
「情報局直属の特殊部隊員ですか。非公式の存在ということですね」
「理解が早くて、助かる」
情報局員のなかでもトップクラスに優秀な実力者が特別に配置される部隊があると聞く。
詳しくは、トップシークレットということだろう。
ボブは、筋骨隆々の男だった。おそらく戦士職。マイルは、かなりの美人で杖を持っているから、魔法職だろうな。
「今回は、前回の潜入で確保しておいたルートを使う。王族が使っていた非常用脱出路を使う経路だ。潜入後は、私のチームが人質の解放とサポート。キミのチームは、速やかにクーデター首謀者を探し出して排除してくれ」
「わかりました」
「作戦の修正は、すべてエカテリーナ課長に任せている。なにかあったら、彼女と相談してくれ」
「よろしくね、アレク! まさか、こんなに早く再会できるとは思っていなかったわ」
「ああ、頼むよ、エカテリーナ。じゃあ、みんな、今から魔力結晶を使う。ミラル王宮到着後に、ダブルマジックで、俺たちの移動速度は一気に上げる。イーゴリさんが先導してくれるから、離れないようにしてくれ」
全員、首を縦に振った。
今回も時間との勝負だ。敵に見つかる前に、敵の本陣を叩いて、人質を解放する。
移動結晶を使う。目を閉じると一瞬にして、俺たちはミラル王宮の外壁部分まで移動した。
よし、あとは潜入するだけだ。そう思って、周囲を見渡すと、武装した数十人の男たちに囲まれている。
「お待ちしておりました。ギルド協会の諸君!!」
これは……
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