第93話 会敵

 敵の第1陣を突破した俺たちは、そのまま敵の本体を討つべく海洋を旅する。

 敵の動きと魔大陸の位置から、俺たちはおおよその敵本隊の位置は割りだせていた。


 あとは、ナターシャの魔力を使って、本陣の正確な位置を割りだすだけだ。


「先輩見つけました! 魔物たちの反応が一か所に集中しています。たぶん、そこが敵の本隊です」

「よし! どのくらいの数がいるんだ?」

「大型の艦が3隻、魔力の反応から、大型の魔物が3匹、中型の魔物が無数です!」

「アレク君、間違いないな! リバイアサン率いる魔王軍の海上部隊だろう。うちの艦隊に第2波攻撃が来る前に叩こう!」


「よし、腕がなるな! とはいっても、俺が直接、戦う時は作戦失敗した時の最後の手段だからな! 一発決めてくれよ!」

 ボリスが笑って軽口をたたいている。今日のこいつはバックアップ要因なので、結構気楽だ。


「作戦は、分かってるわよね?」

 エカテリーナが俺の目を直視しながらそう聞いてくる。


「ああ、俺とニキータ局長、エル、エカテリーナの4人が遠距離攻撃で、敵の艦隊を狙撃して無力化させる。そのあとはすぐに逃げるだろ?」


「大丈夫ね。今はニキータ局長のステルス魔法で、敵から私たちの位置は見えていないはず。その隙を見て一撃で葬り去るしかないわ。もし気がつかれたら、魔王軍の最高幹部リバイアサンとの正面衝突になるからね!」


 これは何度も言われていることだ。ミスをすれば、レジェンド級冒険者でもひとりしかなし得ていない魔王軍最高幹部との正面衝突での撃破をおこなわなくてはいけない。


 これだけは避けなくてはいけない。


 魔王軍の最高幹部のリバイアサンは、人型の魔人だ。元々は魔獣だったという噂だが、魔王の力により人間型の魔物に進化した。鍛え抜かれた体と、悪魔の槍ともよばれる武器をもって戦う。戦争の指揮も得意で、常に最前線で人間たちとも戦う魔王軍屈指の将軍としても名をはせている。


 その槍の一撃は、海すら割るとも言われており、数多くの冒険者たちの命を奪ってきた。彼が最前線に出てきた場合は、S級冒険者4人以上でなんとか互角に戦えるとも言われており、それですら時間稼ぎにしかならない。


 4人で時間を稼いでいる内に、人間の総力をもって、数の力で撤退に追い込む。いつもそうやってなんとか凌いできた歴史がある。


 だからこそ、動員できる数が少ない海上では、俺たちの最初の作戦が失敗すれば、そのまま最強クラスの敵とこのメンバーだけで戦わなくてはいけなくなる。


 それはほとんど敗北と同義。


「先輩! 魔王軍が動きはじめます!! 第2攻撃隊が動くみたいです!」


 もう時間が無い。敵の攻撃陣が動けば、第7艦隊に甚大な被害が出る。それだけは食い止めなくてはいけない!


「みんな、始めるぞ!!」


 俺のかけ声に、みんなが力強くうなずいた。


 ※


 俺たちはそれぞれの目標に向かって狙いを定める。

 俺とエル、ニキータ局長がそれぞれ巨大な輸送艦を狙う。エカテリーナだけは、艦ではなく、魔王軍の最高幹部リバイアサンを狙撃する。


 弓矢でリバイアサンを狙撃してしまえば、一時的に敵の動きを乱すことができるはず。

 その間に俺たちが、艦を沈める。


 輸送艦と思われる船は、特殊な形状をしていた。大砲などはほとんど積んでおらず、甲板上が平らな平地みたいになっている。そこにドラゴンや鳥人たちが動いているのが分かる。攻撃力をそいつらに任せて、本当に輸送任務に特化したものなんだろうな。ナターシャの索敵魔法が、3隻のうち中央の輸送艦にいるリバイアサンをとらえている。


 魔力から敵の位置を正確にとらえたナターシャが俺たちに敵の位置を正確に教えてくれる。


「みなさん、私の魔力で狙撃位置をある程度修正できるように誘導します。緊張せずに、一気にやってください!」


 ナターシャの補助魔法によって、俺たちの攻撃は正確に敵に飛んでいくように修正される。


「でも、エカテリーナ? ここから弓矢で攻撃できるのか?」

 俺は心配になって聞く。


「大丈夫よ! 私は狩人だから、ランキングに反映されるような能力は少しだけ低いけど、私の特殊能力を活かせば、遠距離なら魔術師やS級冒険者とも互角に戦えるって思っているから。私を信じて、アレク!」


「わかった。信じる!」

 エカテリーナはそれを聞くと笑った。


「よし、カウントダウン、いくぞ。最初のカウントダウンで、エカテリーナさんが精密射撃で敵の指揮系統を乱す。乱れた指揮系統が回復される前に、残りの3人で艦を攻撃してくれ!」


 ボリスがカウントダウンをはじめる。エカテリーナは、魔力を矢に込める。なるほど、俺の魔力剣と同じ仕組みなんだな。魔力を推進剤にして、弓矢を撃ち抜き、はるか遠方の標的まで飛ばす。これがエカテリーナの戦い方なのか!


「5,4,3,2,1――ゼロ!!!」


 エカテリーナ集中した顔で、狙撃をおこなう。炎の魔力が籠もった弓矢が勢いよく、飛び出していく。魔力の2段重ねで飛び出した矢は、はるか遠方の敵の大将を正確に狙撃する。護衛の魔物すら動けないほどのスピードで、矢はリバイアサンの頭部を撃ち抜いた!


「リバイアサンが倒れました!! 周囲の魔物たちも動揺しているようです!」

 戦場のど真ん中で指揮官が頭を狙撃されて倒れる。部下に広まる動揺は、想像ができないほど大きいはず。次席の指揮官が引き継ぐために、情報を伝達しようとするが、パニックの中ではそれすらも遅れてしまう。


「第2波攻撃いくぞ! 5,4,3,2,1――ゼロ!!!」


 俺は無詠唱魔法で、最上級火炎魔法を作り出す。

 隣では、ニキータ局長が「ブラックホール」の準備を整えていた。


 エルも2つの口からブレスを吐き出す!


 俺が中央、ニキータさんが左、エルが右の輸送艦を狙う。

 俺たちの攻撃は、ナターシャの助けもあって、正確に輸送艦を襲う。


 防御力も特にない輸送艦は、瞬く間に火に包まれた。

 ニキータさんの魔力は特にすさまじく、左の艦を一瞬にして轟沈させた。すさまじい火炎と爆発音、そして黒煙が周辺海域を包んでいる。


「やったか!」

「左の船は爆沈しました! 右と中央の艦は、大破炎上中。これで魔王軍は海上要塞の攻略が絶望的になりました。航空戦力にも多数の被害が出ているはずです!」

「よし、逃げるぞ!!」

 ナターシャの報告を聞いて、俺たちは作戦の成功を確信し、すぐに引き返す。


 しかし、そう簡単には、いくことはなかった。


 海面が急に揺れはじめる。


「えっ?」

 脱出をしようとしていた俺たちも轟音に気が付き、臨戦態勢を整える。


「巨大な魔力を感知しました!」

 ナターシャは冷静にそう告げる。


「場所はどこだ?」


「私たちの真下です!!」


「なんだと!」


 その会話が終わった瞬間、海面からは巨大な光が放出された!

 拡散された光が俺たちを襲う……


「危ない!!」

 俺はとっさに無詠唱魔法で氷の壁を作り上げた。光の攻撃はその壁に阻まれて、俺たちは直撃を免れる。


「ちぃ、外したか!!」

 海面からは怒号のような声が響いた。大きなイカのような魔獣が海面から飛び出てくる。


「この大きさ、使う魔術…… まさか、クラーケンか!?」

 ボリスは身構えながら叫んだ。俺たちがかつて倒した魔王軍幹部の名前をあげる。魔王軍海上部隊の司令官として名声を馳せていた魔獣クラーケン。ダイオウイカのような姿で、口からはブレスのような魔術を吐き、巨大な手足で敵を捕らえる強敵だった。


「残念ながら、私はクラーケン兄さんではないよ。冒険者諸君! 我が名は、メイルストロム。偉大なる魔王軍幹部クラーケンの弟にして、新生魔王艦隊の総参謀長だ。まさか、リバイアサン様を狙撃するとはな。この不届き者め。兄者の仇もうってやる!!」


 まさか、海上部隊のナンバー2が撤退前に出てくるとは思わなかった。なるほど、海中に潜んでいたのか。もし、奇襲で本隊が壊滅しても大丈夫なように保険の意味合いもあったんだろう。


 くそ、まさに機能してやがるぜ、その保険!


「まずいぞ、アレク! さすがに、あの大きさじゃ逃げ切れるかどうか……」

「ナターシャ、頼む!!」

 俺はボリスの言葉を聞きながら、ナターシャの聖魔術を頼んだ。


 全力で倒して逃亡しかない。


「みんなは援護を頼む! あいつは俺が引き受ける」


 エルは剣にできないので、俺はもう一つの愛刃を鞘から引き抜いた。前にクラーケンと一騎打ちしたときもこいつに助けられたんだ。


 こういうのも縁っていうんだろうな。ナターシャの言葉を思い出す。東大陸での彼女とのデートを思い出す。


 天地開闢の図を見た時にナターシャは俺に説明してくれた。


 ※


「やっぱり、すごいですね。数十年、数百年前に作られたものが、こんな風に生きているみたいに私たちの前にある。こういうすごいものを視れるのも、冒険しているからなんですよね? 先輩が私をここまで導いてくれたのかもしれませんね?」


「不思議ですよ。遠く離れた学校で、偶然出会って…… お互いに別々に冒険者になって…… でも、こうして今は同じ仲間として、ここに来ている。この大陸には、"縁"という考え方があるらしいですね?」


「物事はすべてが繋がっているという考え方ですね! 世界のすべての出来事は、偶然に見えて、いろんな前後関係や間接的ななにかから必然的なものになっている。ちょっと、哲学的でも、おもしろい考えかただと思います」


「そうですよ。私たちが今まで頑張ってきたからこそ、私は先輩と出会うことができた。仲間になることができた。そして、ここでデートすることができるようになった。それは、運命や偶然の連鎖かもしれないけど、もしかしたら、必然かもしれない」


「でも、そう考えると、私は今まで頑張ってきてよかったと思うんですよ。大好きな人と、こうして同じ時間を共有できるのって、最高に幸せですからね!!」


 ※


 俺は、大好きな仲間たちとの関係をこれからも続けていきたい。ここで終わるなんて、本当に嫌だ。


 だから、自分から動かなくてはいけない。俺は世界最高戦力。大好きな人たちを守れずに、何が世界最強だ!!


 俺は光翼を背中にはやした。ナターシャの手は、いつものようにとても柔らかくて温かい。

 一番守りたいものがそこにはあった。


 俺は、不安そうにこちらを見つめる後輩に対して、微笑みかける。


 そして、力強く空へと駆け上がった……

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