第48話 泥沼

 スカイドラゴンの体は四散し、ニーナは空中から地面に叩きつけられていた。

 これでこのフロアにいる敵はすべて無力化した。


 俺は教団幹部のニーナから、情報を聞き出すために倒れている奴の首元に剣を突きつける。

「教祖はどこにいる?」

「……」


「王国に潜り込んでいる裏切り者の名前は?」

「……」


「おまえたちの目的はなんだ?」

「この汚れた世界を浄化すること」

 唯一この質問には答えた。


「どういうことだ?」


「この世界は狂っている。常にどこかで戦争は起き、人は殺される。子供たちは苦しみ、死んでいく。最後には死が待っている。ならば、こんな世界滅んだ方がいい。邪龍様を呼び出し、紅蓮の炎で世界を焼いて、新しい苦しみのない理想郷を作り出す。それが、私たちの喜び!」


 まさに、狂信者か。


「アレク官房長…… たしかに、あんたは強い。この泥沼の魔術は、? それに、ダブルマジックという伝説の技。本来なら、充電に時間が必要な魔法を連続で打てるほどの魔力。あんたは、たしかに世界最強クラスだ。でもね、教祖様、そして、邪龍様には絶対に勝てない」


「負け惜しみか?」


「そうだといいんだけどねェ! 教祖様万歳、邪龍様万歳」

 ニーナは最期にこう言って口から泡を吹いて、動かなくなった。どうやら、口の中に毒を仕込んでいたようだ。敗北した場合は、速やかに自決し、情報を漏らさないように……


 やりきれないな。


「先輩、怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ。結局、情報は得られずじまいだったけどな」


「まさか、毒で自決するとはな……とりあえず、アレクが無事でよかった」

「おいおい、無茶ぶりをしたおまえがそれ言っちゃうのかよ?」


「お疲れ様でした、官房長!」

「ありがとうございます、副会長。実際これで教団側の戦力はほぼ壊滅だと思います。あとは早めに教祖を押さえましょう!」


「ねぇ、みんなどうしてアレク君の泥沼魔法に誰も突っ込まないのかしら? 私、あれ初めて見たんだけど?」

「「「ああ、それはあいつ(先輩)がもうなにをやっても驚かないから」」」

 みんなはそう言って笑っていた。


「いや、みんなアレク君の非常識に慣れすぎでしょ…… いったい、どんなことをしたらあんなやり方思いつくのか教えてほしいわ!!」


「農業をやっていて思いついたんです!」




 実際、あの魔法の組み合わせを思い浮かばなかったら結構やばかったんだけどな!

 この1ヶ月農業で、土と水をいじりまくっていたから、思いついたんだ。あの泥沼魔法!!


 我ながら思いつきでうまくいった。


「ありえない。どんな応用力よ。冒険とは一見関係のない経験からですら、発想力を膨らませて戦闘に応用してしまうなんて…… アレク君の才能の恐ろしさを垣間見た気がするわ。あなた、今後は何をしても強くなっちゃうんじゃない?」


「言い過ぎですよ、マリアさん!!」


 俺は、笑って答えた!


 ※


 俺たちは5階を後にしてダンジョンをさらに潜っていく。

 先ほどの戦いで、教団の戦闘員は壊滅したようで、それよりも下の階は、数匹のドラゴンくらいしか遭遇することはなかった。


 いよいよダンジョンの最深部へと俺たちはたどり着いた。


 やはり、この階は5階と同じでワンフロア型のエリアだ。教団関係者が改造したのか、仕切りが作られており、最低レベルの住居としても機能している。


 しかし、そこにいる者たちは、子供や老人、病人くらいで活気は感じられない。

 部屋の奥からは、謎のうめき声が聞こえてくる。


「薬を、くれェ」


 中毒患者の叫びだろうか? はやく、この人たちを解放しないと大変なことになる。


 フロアの一番奥の部屋に俺たちはたどり着いた。


 護衛もなく、鍵すらかかっていないその部屋に白い法衣を被った老人がいる。

 目を閉じたその男は、凶悪な野望を胸に抱きながら、柔和な声で俺たちに呼びかけてくる。


「よくぞいらっしゃった! ギルド協会のみなさん!!」

 80歳を超えているような弱弱しい身なりに似合わずに、力強い声質。その力強さに慈悲のこもった優しい声。


 自然と心を開いてしまいそうになる不思議な感覚を持った老人だった。


「あんたが、教祖様だな?」

「ええ、ルーシー王国のボリス殿下に、お声をかけていただけるとは、恐縮至極」


「ふざけるな!! お前が麻薬を使って、信徒たちをだましているのはわかっているんだぞ!」

「だましている? それは心外ですな?」


 老人は目を閉じたまま、演説を始めた。


「私は、信徒たちを救っているのです。彼らは、自分の夢や今の生活、貧困に絶望していた。魔王軍との戦争は数百年に及び、すべての人間は疲れ切っています。もう、みんな終わりにしたいんですよ。絶望した人間たちに、刹那的な快楽を与えて、救済の手を差し伸べる。私は決して間違ってはいません。むしろ、彼らのことを救済している私を責めるあなたたちが間違っているのです」


 だめだ、完全に話が通じない。

 老人は信念を固めてしまったような清々しい顔になっていた。


 やはり、話し合いの余地はないようだ。


 もはや、俺たちと、この老人では立ち位置が違い過ぎる。

 決戦は避けられないということか。


 一応このフロアに入る時にナターシャに捜索魔法をかけてもらっているため、ここに罠はないはず。さらに、一番の狙いである教祖がここまで無防備なのもおかしい。


 王国の精鋭部隊を全滅させたのが、5階フロアの部隊だけなのか?


 そう考えると、すべてが不可解に見えてくる。


 本当にこのフロアには、こいつと非戦闘員しかいないのか?


 マリアの魔法をかいくぐれるほどの実力者が護衛としているなら……


 そいつらは、どうして教祖の護衛をしないんだ?


 考えられる可能性は一つ……


 俺たちにカウンターを仕掛けるため!?


 その結論に達したとき、俺たちの立っていた床は崩れ去った。


「(完全に謀られた!!)」


「そのまま、双頭龍の餌食になってもらえるとありがたいんだがね!」


「では、教祖様、こちらへ!」

 どうやら教祖のボディガードの声だ。男の集団が教祖を護衛しているのが見えた。


「いやいや、助かったよ。さすがはSだよ。ブオナパルテ君、報酬は弾ませてもらうよ」


 俺たちは、暗躍者の顔を見ることはできずに地下に落とされた。

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