第42話 邪龍

―イブラルタルギルド協会 副会長執務室―


 ついに、俺たちの休暇が終わってしまった。1カ月も休めたのだから、相当ゆっくりできたんだが、終わってしまったのは少し悲しかった。

 畑のジャガイモとレタスは、ドルゴンと村長さんたちに任せている。


 自分でも収穫したかったんだけどな。でも、本業の仕事が入ってしまったのだから、仕方がない。


 俺とナターシャは、副会長の執務室でお茶を飲みながら、彼を待った。


「すまないな。呼んでおいて、お待たせしてしまった」

 副会長は、いつものスーツとは違い、胸当てと愛槍を構えた戦闘スタイルだった。

 まさか、副会長が自ら動く案件なのか? 副会長の顔から緊張感が伝わってくる。


「いえ、なにかあったんですね?」


「ああ、あまりよろしくないことが起きた。申し訳ないが、キミたちの力も借りたいんだ! 手を貸してくれるかね?」


「もちろんです」


「ありがとう。とりあえず、これが資料だ。目を通してくれ!」


 そう言われて、俺は会長から渡された資料を読みはじめた。


「実はな、東大陸のナースル王国の参謀総長直々の依頼なんだ」

「参謀総長というと、軍の最高位ですよね?」


「ああ、ナースル王国の諜報機関が、国内を拠点としている邪龍教団におかしな動きがあることを掴んだんだ!」


「邪龍教団!?」


「ナースル王国には、世界を破滅させる邪龍というものが、王国のどこかに封印されているという伝説があるんだ。邪龍教団とは、その伝説を信じ込んで、汚れた世界を浄化するために、邪龍を復活させようとしているカルト教団だね」


「その伝説は、本物なんですか?」


「ナースル王国に問い合わせたが、と言われて回答を拒否されたよ」


「それは、ほとんど答えですよね」

 否定しなければ、無言のイエスだ。


「間違いない。向こうの参謀本部は、邪龍教団が、邪龍の封印場所を解明し、封印の解除方法を獲得したと考えているらしい」


「まずいじゃないですか! 早く教団を止めないと!!」


「ナースル王国もそう考えて、精鋭部隊を200人の中隊規模で投入したが、結果は全滅したそうだ」


「えっ、単なる宗教教団が、そんな軍事力を保有しているなんておかしくないですか?」

 ナターシャは驚いた声を上げた。ああ、軍隊と戦える邪龍教団なんて、なにかおかしい。これは絶対に裏がある。


「交戦した部隊が壊滅してしまい、教団側の戦力がどうなっているかは不明だ。おそらく、魔物と契約を結んでいるか、凄腕のボディーガードを雇っているのかのどちらかだろう」


「凄腕のボディーガードでも、200人規模の軍隊を全滅って、強すぎますよ。冒険者なら、間違いなくS級クラスのはず……」


「そこで、私たちに依頼が舞い込んできたんだ。王国側の依頼はこうだ。教団最高責任者の"アナトーリ"を拘束し、邪龍教団を壊滅させること。仮に、邪龍伝説が事実であり、それが復活してしまった場合は、そちらの討滅も追加される」


「……」

 S級冒険者クラスと交戦しつつ、教団の狙いを防がなくてはいけないのか。かなり困難なクエストだ。


 そもそも、伝説の邪龍の強さが未知数であり、下手をすると危険度はヴァンパイアを上回る可能性がある。


「今回の任務の困難性を考えると、協会も総力をもって動きたいが、と言うスポンサーの意向がある」


 つまり、表沙汰にするとまずい真実が含まれているってことか。


「今回は事態の重要性を考えて、対ヴァンパイア討伐チームに私が加わった5名で、クエストを処理したいと思う。参加してくれるね? アレク官房長? ナターシャ君?」


 俺たちはゆっくりと頷いた。


「では、準備をして、早速出陣しよう! 目指すは、教団が根城にしているダンジョン"双頭龍の牢獄"だ。キミたちには、困難なクエストばかりになってしまうが、よろしく頼む」


「なに言ってるんですか? 副会長が体を張ってくれるなら、俺たち部下も安心ですよ」


「言ってくれるな」


 副会長は静かに笑った。


 ※


「おう、アレク! それに、ナターシャさんも! 今回もよろしくな!!」

「アレクさん、ナターシャちゃん! 今回もよろしくね!」

 船の上で、俺たちはボリスとマリア局長と合流した。


「今回は、チームワークを重視して、ヴァンパイア討伐チームのメンバーを選んだんだ。4人とも難しい問題だが、よろしく頼むよ」


「「「「ハイ!!」」」」


 ※


 2日後に、俺たちは東の大陸に上陸した。

 東の大陸の特徴を簡単に言うと、"文化大国"だ。


 北・西・南の大陸は結構、文化的に近いものがあるが、東の大陸は独特の文化が発展している。

 温暖で湿潤な気候のため、農業生産力も高く、その分、生活に余裕があるため、文化に人々が流れ込む。独特の家の作り、衣装も煌びやかな民族衣装を着ている人が多い。


 世界の穀倉地帯とも呼ばれている大陸のため、他の大陸から来ている人も多く、異文化が混ざり合って、新しい文化が生まれる好循環が発生しやすいと言われている。


 ここが壊滅した場合は、世界経済的にも大きなダメージだ。よって、邪龍教団を速やかに排除しなくてはいけない。こういう背景もあって、ギルド協会の副会長が直々に動いたのだろう。


 この人の戦闘スタイルは、本当に頼りになる。

 世界ランク2位の俺と、5位のボリス、6位の副会長が協力してクエストに参加する。脇を固めるのは、最強クラスの神官ふたり。ギルド協会が、現状、用意できるベストメンバーを集めた構成。


 

「おいおい、兄ちゃんたち、金を出しやがれ。みりゃあ、分かる。お前ら、外人だろう? ここを通る場合には、通行料が必要なんだ。それとも、かわいいお姉ちゃんたちを差し出すか? あぁ?」


 ガラの悪いゴロツキたち10人が現れた。狭い路地で囲まれてしまった。完全に、チンピラだろうな。

 どこにでも、めんどくさい奴らはいるもんだが、わざわざ俺たちに絡まなくてもいいだろうに……


 命知らずすぎる。


「ボリスは、ふたりを護衛してくれ!」

 俺はそう言って、親友である殿下に頼む。


 副会長は、槍を抜いて後ろの敵を警戒している。ということは、俺が前の敵だな。


「おう、剣を抜いたな。やる気らしいぜ! こいつら!! 2倍の数を相手に、命知らずすぎるぜ。お前らやっちまえ」


 後ろの集団にいるゴロツキのリーダーは、粋りながら下っ端に指示を出す。だが、しょせんは喧嘩慣れしてるくらいのチンピラだ。戦闘で、命を懸けている俺たちから見れば、単なる素人集団。


 隙だらけだ。


 俺は、剣に氷の魔力をこめた。

 前のチンピラたちを殺さないように、一振りして氷の斬撃を繰り出した。


 チンピラたちは、「ひぃ」と情けない声を出しながら斬撃に弾かれて、壁に叩きつけられていく。これで5名はしばらく動けないだろう。


 だが、俺は後ろの集団の方が気がかりだった。


 だって、相手は副会長だ。いつも、朗らかな紳士だけど、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。


 それも副会長の座右の銘が「」らしい。チンピラたちの命がまずい。


 振り返ると、すでに副会長は4人のチンピラを制圧していて、リーダーの首に槍を突きつけていた。


 速すぎる。さすがは、攻撃速度では、右に出る者がいないと言われる"神速"のミハイル。


 いつも協会のオフィスで、事務仕事ばかりやっているが、本当の彼は、伝説の聖槍で、数々の事件を解決してきた超武闘派だ。


 ゴロツキのリーダーは脂汗を垂らしながら、必死に命乞いをしている。

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