第41話 ほうれん草
ナターシャは眠ってしまったので、静かに眠らせてあげようと、俺は畑仕事に来ていた。
今日は、ほうれん草を作るための準備だ。
商人がつけてくれた説明書によると、「ほうれん草は、暑さに弱いので涼しくなってきた秋くらいに植えるのが望ましい」ということだった。基本的に病気にも強く、育てやすいので初心者向けの野菜らしい。
ナターシャからもらった石灰を使って、植える2週間くらい前から土壌を作っておくのがベストらしい。土がそれに慣れたら1週間後に、肥料を入れてさらに耕す。そして、土を盛り立てて、
ドルゴンもこの前の田んぼの世話のお礼に、手を貸してくれるそうなので、土壌づくりを一緒にやった。
「手伝ってくれてありがとうな、ドルゴン!」
「いいよー、アレク様とナターシャ様にはいつも良くしてもらってるし!!それにふたりが、緊急の仕事になったら、僕がこの畑を管理してあげるからね!ふたりの野菜が枯れちゃうの悲しいから、どこになにが植えてあるのか知っておきたいんだ!」
ドルゴンは、妹を魔獣から守ったり本当に責任感が強いイイ子だな。助けることができて、本当に良かったよ。
「じゃあ、今度仕事に行ったら、手伝ってくれたお礼に何か買ってきてあげるよ!なにがいい?」
「じゃあ、アイラと一緒に食べることができる甘いお菓子がイイです!」
「わかったよ!珍しいヤツ買ってきてあげるよ!」
「わーい!!みんなに自慢しよう!」
いつも忙しく働いているのに、ドルゴンは本当に真っ直ぐ素直に育っている。ちょっとオマセなのが、玉に瑕だが――
種を植えたら、何度か間引きをして、肥料を追加で与えれば良いらしい。
何気なく食べていたほうれん草だが、こうやって作るんだな。
うまく作れたら、ナターシャに「ほうれん草のグラタン」でも作ってもらいたいな。寒冷地で栽培できるので、霜の対策も不要なのは嬉しい。
霜で逆に味が良くなるってすごいよな!
いろんな偶然によって、はじまったこの村でのスローライフだが、今となっては俺たちの生活を豊かにしてくれていると思う。
偶然って本当に凄いな。ナターシャと出会ったのも、ある意味では偶然だし、ここに住むのもまた偶然!
でも、それが色んな人との絆を深めてくれる。俺は、不特定多数の人のために今まで戦ってきた。でも、今は顔を知っている人たちのために戦うことができるんだと思う。
それは、奇跡のような偶然が作り出してくれた必然だと思った。
頑張っているドルゴンを見ながら、俺は優しく笑った。
※
ギルドからは特に何の依頼もなく、俺たちの休暇は1カ月を超えていた!
ナターシャも次の日には、元気になり、今では学校の臨時教師としての仕事やハーブづくりに勤しんでいる。
俺も、周囲の魔獣退治をおこないつつ、畑の管理をする日々だ。やはり、実戦から離れると勘を取り戻すのが難しくなるので、たまに村長さん経由で魔獣退治のクエストを受給している。
とはいっても定期的な魔獣退治をしていることもあって、この周囲には危険な魔獣はかなり減っていた。
「ただいま~」
「あっ、先輩、おかえりなさい!」
俺が畑から帰ってきたら、ナターシャは台所で鍋を煮込んでいた。
「なに作ってるの?」
「ああ、コンソメですよ! 野菜と肉を煮詰めて作るんですよ。万能調味料として、便利なんですが、作るのに時間がかかるのがネックなんですよね。6時間くらい煮込まないといけないんです。美味しいから、毎日使いたいんですけど、時間がかかりすぎちゃうのが大変ですよね! 今日は半日くらい時間があったので、作っちゃいました」
「大変なんだな!」
「せっかく、明日、先輩の初収穫の日ですからね!美味しいグラタンを作りたいので、頑張っちゃいました!!」
「ありがとう、ナターシャ。すごく嬉しいよ」
「はい、牛乳とチーズも、牛を飼っているひとに分けてもらえるので、全部新鮮な材料で作れそうですよ」
「そこまで準備してくれたのか!」
「ドルゴン君たちの分も作るから、誘っておいてくださいね!」
「うん、わかったよ。ありがとうな、ナターシャ」
「はい、どういたしまして! そろそろイイ感じですね! 味見しますか?」
そう言って、小皿を俺に差し出すナターシャ。肉と野菜のうま味が濃縮されていた。
「うん、美味しい」
「よかった~! それに、こんなことをしていると新婚さん気分ですよね!」
「ごふッ」
動揺して、吹き込む俺。
「ちょっと、女の子としての夢を叶えちゃったかもしれません」
ナターシャは俺をからかった。
※
「そういえば、ナターシャ! もしかして、このコンソメって、冷凍しておくといいんじゃないかな?」
「えっ、冷凍ですか!?」
「ああ、俺の魔力なら1週間くらい固めておくことできると思うんだよね」
「1週間も!?」
「うん、重ね掛けしておけば、結構持ちそうだしさ! 火にかければ、すぐにスープに戻せるじゃん?」
「……」
「やっぱり、素人の浅い考えかな?」
「いや、そっちじゃなくて……」
「?」
「先輩、どうして、その天才的な発想力をいとも簡単に披露できるんですか? マリア局長さんもあきれてましたけど、着眼点が異次元過ぎて、私みたいな凡人にはついていけませんよ」
「あんまり褒めるなよ」
「褒めつつ、あきれてるんですけどね! でも、すごい発想です。それなら、いちいちコンソメを作る必要がなくなるし、美味しいご飯が食べられるので、ぜひやって欲しいです!」
「じゃあ、明日のグラタンを作って残ったやつを凍らせてみるよ!」
「ハイ、お願いします!!」
いよいよ、明日はほうれん草の収穫日だ!
※
ついにこの日が来た。
俺が植えた野菜の収穫日。
ほうれん草は発育が早く、1カ月くらいで収穫できる。
ここまでくるのに、2度の間引きを経て、今では立派なほうれん草が緑色になっている。
30センチくらいの立派な緑色の野菜が努力の結晶だ!
ドルゴンとふたりで、害虫駆除とかで畑を走り回ったのもいい思い出だ。
根っこは引き抜かずに、はさみでちょきんと切って、収穫できるのも簡単でいい!
さすがに、ふたりで食べきることはできないので、近所の人に配ろう。
しかし、ハサミで切るだけなので、思ったより早く終わってしまった。
※
「ただいま、ナターシャ!これ、ほうれん草ね」
「お疲れ様です! 先輩!! うわ~、立派なほうれん草ですね!!」
「うん、最初にしてはいい感じに作れたよ!」
「先輩、農業の才能もあるんですか。ちょっと、嫉妬します」
「あんまり褒めるなよ。それにしても、いい匂いだな? これは、ホワイトソースか?」
「そうですよ! 玉ねぎを切って、炒めたやつに、小麦粉を牛乳で伸ばして作りました!」
「味見したい」
「我慢してください! ほうれん草は、土がたくさんついているので、よく洗っておいてくださいね!」
「おう、そう言われると思って、外の桶を使って、もう洗っておいたよ!」
ナターシャはできたホワイトソースを耐熱皿に移して、茹でておいたマカロニと絡めた。
ベーコンとチーズを上に載せて、あとはオーブンに入れるだけ。俺が、火の魔法で、着火してグラタンを温めた!
10分後にできたてのグラタンが出来上がる。ちょうど、ドルゴン兄妹と村長さん、ベール先生がやってきた。
「うわ~、いいにおいですね!」
「うん、優しい香りだ」
「私グラタン大好きだよー」
「熱いから気を付けてたべろよ、アイラ!」
まだ、この村に来てから1カ月くらいしか経っていないが、俺たちにとってみんな大事な人たちだ。
この繋がりが作れたのは、俺にとって財産だと思う。
「先輩が作ったほうれん草、美味しいですね! 甘みもあって、うま味が強いです」
「うん、ナターシャ様のホワイトソースも濃厚で、すごく美味しいです!!」
「優しい味ですね。本当にナターシャさんみたい!」
みんなで楽しく食事会を過ごした。
ちょっとだけ、俺の目が潤んでいた。
※
「冗談じゃない。このままでは、お前はお荷物なんだよ!剣技なら、お前は俺やボリスに負ける。魔術なら、エレンの方がお前よりもはるかに強い。中・途・半・端・なんだよ。完全に器用貧乏だし、このままなら完全に邪魔になる」
「お前はいつもそうだ。説教くさくて、たしかに、一番の古株だけど、実力はパーティーの中で最弱で…… お前がいなければ、もっと早く俺たちは魔王を討伐できたかもしれない。全部、お前のせいだ。俺の前から早く消えてくれ!!」
※
ニコライのセリフはまだ、頭の中にこびりついている。
少し前に、長年の仲間たちから要らないと言われた俺が、こんな幸せな場所で食事をできるなんて、本当に幸せ者だと思う。
ナターシャが俺を救ってくれて、村の優しい人たちが俺を受け入れてくれる。居場所をくれる。
俺は、あのパーティーでは要らなかったんだけど、違う場所では必要とされていた。
その事実がとても嬉しかった。
「みんなありがとう」
ここにいない副会長やボリス、マリア局長にも俺は感謝を伝える。
※
―イブラルタルギルド協会 副会長執務室―
「なんだと!」
「東の国からの要望です。できる限り、秘密裏に動いて欲しいとのことです」
「しかし、このような案件なら、よほどの実力者しか対応できないだろうな」
「やっぱり、呼び戻すしかありませんね、
「ああ、そうしかないな」
「アレク官房長を早急に呼び戻してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます