第11話 復讐鬼

 それから3日後。


 俺とナターシャは、この村になじんでいた。村長さんが空き家になっている家を提供してくれて、村の人たちがそれをリフォームしてくれたのだ。


「この村は、ギルド事務所もない不便な場所ですが、おふたりの別荘だとでも思って使ってください。村の者たちもおふたりには、それくらいのお礼をしたいと言っていますし。それに、お若いふたりですから、いろいろとありますでしょう?」


 間違いなく最後のはてなマークはゲスの勘繰りだが、俺たちは折角の善意を受け取ることにした。ナターシャも「この村なら、使える薬草がたくさんあるあの森に近いですし、拠点にするのもありですね」だそうだ。


 今日も朝からナターシャが、みんなにハーブの栽培法を教えていた。鎮痛作用のあるハーブティーを作れるらしい。ナターシャは、東の農業国で教えてもらった肥料の作り方もみんなに教えていた。


 なんでも、落ち葉を集めて、それを土に混ぜ込んで、発酵させるらしい。肥料なしでも高い生産性があるこの村の農産物が、さらに取れたらすごいことになってしまうだろう。


 俺はさすがに、そんな知識はないので、村の人たちから依頼を受けて、危険な魔物退治に従事した。

 一応、村長さんがギルドの受付を兼ねているらしく、兄妹を助けるために倒した魔獣の功績も、俺たちのギルドポイントには反映されているらしい。


 でも、70歳のご老人が受付嬢とはちょっとおもしろかった。冒険者も滅多に来ないので、ギルド事務所をおかずに隣町のギルドの派出所みたいなものらしいが……


 とはいってもC級の魔物が多いため、俺たちのギルドポイント的にはほんのわずかな加算くらいでおわってしまうが、村民のひとたちにとっては、弱いと言っても魔物の存在は生活に直結するため、何度もお礼を言われてしまう。


 ギルドを通してしか、依頼者と接していなかった俺としては、こういう普通のことがとても癒されてしまう。ナターシャと、村の人たちのおかげで、絶望に暮れていた1週間前の自分はもういなかった。


 そう、この日までは――


 ※


 その日の午後、俺とナターシャは、村の人たちのために薬草を取りに森に来ていた。


「先輩?」

「わかってる。つけられているよな」

「はい、相手はたぶん4人」

「それも、かなりの手練れだな。わざと尾行を気付かせようとしているみたいだ」

「厄介ですね。間違いなく敵意がある行動です」

「足音から考えると、3人は重装備の戦士系、もうひとりは軽装備の魔法職だと思う」

「ここまで距離を詰められると先輩の魔法攻撃で、奇襲も難しいですね」

「ああ、なら覚悟して正面からいくしかないな」

「はい、そうですね」

 俺たちは息を整えて、隠れている敵に話しかけた。


「いい加減に出て来いよ、さすがに気がついているぜ、


「ハハハ、気がついているなら言ってくれよ、アレク。俺たち、親友だろう?」

 懐かしい声が俺たちに向けられる。

 まさか、なんで奴がここに――


「会いたかったぜ、アレク。勇者ニコライ様をずいぶんとコケにしてくれたみたいだな。こんなちんけな村に隠れているとは思わなかったぜ」


「ニコライっ」

 1週間ぶりに見た親友の顔は、酷く濁っていた。


「落ちつけって、ニコライ――俺は、お前を馬鹿になんかしていないぞ。一体どうしたんだよ?」

「うるさい。お前がいかさまして、ギルドの判定試験で2位になったことなんてお見通しなんだよぉ。リストラされた腹いせだろうがよ。お前が、俺を抜かせるわけないんだよぉ」


 明らかに様子がおかしい。どうしたんだよ、ニコライ?


「なにバカなこと言ってるのよ。先輩が、いかさまなんかしているわけないでしょ。そもそも、ギルドの試験でそんな不正ができるわけ――」

「うるせぇぞ、お前? 消えたいのか?」

 嘘だろ、どうして、ナターシャにまで殺意を向けるんだよ。お前はそんなやつじゃなかったよな。だいたい、ナターシャとは何回か会ってるじゃないか。忘れちゃったのかよ。


「最初は、俺たち4人でボコってやろうと思ってたんだけどな。気が変わったよ。それじゃあ、お前が俺よりも格下だと証明できないもんな~ だから、1対1でやろうぜ。拒否すれば、その女、殺す」

 いつものニコライではなかった。


 あいつはたしかにプライドは高かったが、ナターシャを殺すなんていう奴じゃ絶対になかったのに。


「先輩、ダメですよ。危険すぎます。それに、ランク1位と2位が戦うことになんてなったら大問題です」

「俺もできれば避けたいけど、あの顔は本気だ。拒否したら、お前が危なくなる。ここは引けない、絶対にだ」

「……」

 ナターシャは責任を感じているのだろう。今にも泣きそうだ。


「大丈夫だ、俺は絶対にお前を一人にしない。だから、見ていてくれ」

「わかり、ました。先輩、私泣きそうです。自分が情けなくて。先輩がひとりだったら、間違いなく逃げることだってできたのに――私がいるから、それもできない」

「後輩のために、世界1位と戦えるんだ。最高の舞台だよ」

「ありがとう、ございます」


 だめだな、俺はナターシャをいつも泣かせてしまっている。ホントに甲斐性がないダメなやつだな、俺って。


「受けるのか、受けないのか。はっきりしやがれ」

 ニコライは叫んだ。


「やってやるよ、ニコライ。ナターシャには、指一本触れさせない」

「かっこいいなぁ、さすがは世界最強の魔法戦士様だぜ、ヒヤハハハハ。エレン・ボリス・ピエール手出し無用だ。あの神官だけは逃げないように見張っておけ」

「お、おう」

 ボリスの顔が青ざめている。よかった、あいつは正気みたいだ。もし、ニコライが暴走しても、ボリスがなんとかナターシャくらいは助けてくれるだろう。俺は、かつてのチームメイトに向かってうなずいた。ボリスの首もわずかに動いた。これで、紳士協定くらいの意味にはなっているはずだ。


 やるしか、ないな。

 俺は剣を抜いた。デスベアーの時とは違って、最初から全力でいかなくてはいけない。


 だって、俺の目の前にいるのは――


 かつての親友であり、そして――


 世界ランク1位最強の男なのだから。

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