強敵現る
その侍女の聴取が遅れたのは、あの洗濯係の肥えた侍女と同じく、オリヴィアの世話係ではなかったせいだ。
レオンの部屋の掃除を主として担当していたこの侍女は、オリヴィアには普段関わっていなかったために、ずっと後で聴取を行う運びとなっていた。
あの肥えた侍女が勝手に語り出さなければ、実情が見えてくるまでにまだ長く時間が掛かったのではないか。
何故ならば、これまで聴取を受けてきた侍女たちは、この侍女を庇っていたわけではなかったからである。
むしろ嫌われていて誰も庇う意志を持っていなかったが、この侍女の告げ口に回らなかったのは、誰もがレオンに気を遣っていたからのこと。
なんて事実を聞かされたときには……レオンが三度発狂したとしても仕方がないだろう。
侍女らの風紀が乱れた原因だって、元を辿ればこの侍女が元凶だった。
呼び出された先にレオンを認めた侍女の誰もがはじめに喜色を浮かべていた理由を悟ってしまった今、レオンは憔悴しきっている。
侍女たちがどんな目で自分を見ていたか、知ってしまえば、この邸は幼い頃から慣れ親しんだ安全な場所ではなくなった。
なんて場所に妻を一人残してしまったのか、とレオンを襲うは強い後悔。
「妄言を吐くにしたって……公爵家だぞ?」
部屋でそのときを待つレオンは、一人呟く。
「父上と母上にも顔向け出来ないではないか……オリヴィアと墓参りに行く予定もこれで……」
ぶつぶつと言いながら窓の外を見上げれば、なんと明るい夕焼けだろう。忌々しい。
式後にこの通り晴れていてくれたなら。
こんな大問題に発展するまでもなく、妻との仲睦まじい姿を使用人全員に見せ付けてやれていたというのに。
と、出来たかどうかも怪しいことを考えては、レオンは下唇を噛んで悔しさを滲ませた。
「今日はこれで最後とする。あとはオリヴィアに癒されよう。いや、オリヴィアこそ癒さねばならんが……」
ぶつぶつと独り言を続けたレオンは、怒ったり、微笑んだり、後悔したりと忙しく。
だが本戦はこれからであって、一人の今に疲れておくものではない。
レオンは気怠そうに椅子の背もたれに体を預けたあとに、胸に残る息を吐き切った。
するとそれはレオンが完全に息を吐き終えた素晴らしいタイミングでやってくる。
扉のノックの音を耳にしたレオンは姿勢を正し、入るように促せば、先に現れたのは執事長であった。
問題は彼に続く侍女だ。
レオンはすでに強敵でも見るようにして恐ろしい顔で彼女を睨み付けていたのだが。
この侍女の動作には、呆気に取られてしまい、少々その目付きが緩んだ。
まず頭の下げ方がとても軽い。
さっと軽く会釈をしたかと思えば、ぱっと急いで顔を上げて、その瞳がレオンを捉えるやいなや、くしゃっと皺を作るほどの満面の笑みを見せたではないか。
これが公爵家の侍女かと思えばレオンも頭が痛くはなったが、これは執事長も同じで、そっと眉間を指で押さえた。
「わたくしをお呼びですかぁ、公爵さまぁ」
ここでレオンが執事長を睨んでしまったのも、仕方のないことだろう。
甘ったるく間延びした話し方はレオンの怒りの炎に油を注ぐ一方であったが、話の通じなそうな相手よりは、話の通じる責任者に状況を問いただしたくなるものである。
「お前の立場では、お声掛けを頂くまで話すことは許されないと再三言って連れて来たはずだ。黙りなさい」
執事長が小声で叱責しても、侍女は「そんなぁ。酷いですぅ」と心に何も響いていない様子で、小首を傾げてはレオンに潤んだ視線を向けるのだった。
吐き気を催しそうになったレオンは、つい「俺が良しと言うまで、頭は下げておけ」と大きな声を出してしまう。
ところが侍女は首を傾げたまま、片手を唇に添えると、ほわんと締まりのない顔でふふふと笑い始めたではないか。
この戦いにレオンは勝てるのだろうか。
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