それは行方を眩ました

「確かに奥様の分の料理を毎日三食きっちりと用意しておりました。それも奥様に向けた特別メニューでございます」


 料理人たちは皆が皆、同じようにそう言った。


 オリヴィアがいつも一食しか取っていないことを知らず、ましてやほとんど具のないスープしか口にしていなかったと聞いて、執事長と同じく目をひん剥いて驚いた彼らは、「信じられない」「そんな馬鹿な」と戸惑いながら、侍女らとは違う意味で震え出す。


 だから料理人たちはレオンに対してとても協力的だった。

 自発的に状況を整理して、犯行の推理まで行っていく。

 彼らにとっては、すでにこの問題の関係者は罪人という認識だった。


 

 彼らによれば、オリヴィアが食していたであろうスープとは、あとで使用人の賄い用として他の料理へと変貌する予定の、料理未満のそれではないかということだった。

 どうやら古くに公爵家の厨房で始まった習慣らしく、野菜のくずや肉の切れ端などの余った食材をいつも雑多に煮込んでいるらしい。


 端くれだろうと公爵家で購入している最良の食材には違いないし、煮込めば良い出汁が出るから、そこから調理すると使用人たちが十分に満足出来る料理に仕上がるそうだ。

 だがオリヴィアが口にしていたものは、味付け前のただの出汁で、とても公爵家夫人が口にするようなものではない。

 ある意味、オリヴィアの体には良かったのかもしれないが、料理人たちはこの事実に憤った。



 オリヴィアの食事が昼下がりであったことについても、料理人たちは厨房から人が減る時間帯を狙ってのことだろうと推測していく。

 一方で、侍女と通じている者がいたのでは?という疑惑を口に出す者も複数名現れた。

 発言からして、すでに疑いを掛けられている者がいたようだが、その者からの自己申告はない。


 レオンが彼を深く追求しなかったのは、すでに一度目の聴取を終えた侍女たちに対して、尋問に拷問……一応は聴取と呼ぶそれを繰り返し受けさせようと決定していたからである。

 本当に手引きしていた者があるとすれば、その事実はすぐに露見すると思われた。




 さて、ここでやはり一番の問題は、確かに提供したはずの料理はどこに行ったのか?ということにある。

 この答えはさすがの料理人たちにも分からず、彼らは一様に首を捻った。


 確かに最初の頃は何を出しても手付かずの皿が戻り、侍女らから「奥様は公爵家の料理を気に入らないと言っている」と聞かされた彼らは、怒るどころか、むしろやる気に燃えた。


 この件に関しては、オリヴィアの胃が豪華な料理を受け付けず、例の如くすぐに手を止めてしまったことに端を発する。

 侍女たちは拒絶と受け取り、さっさと皿を下げてしまったのだ。


 だからと言って、オリヴィアの許可も得ずに皿を下げた時点で、侍女らに同情する余地はないと言えたし、わざわざ厨房でオリヴィアに関する嘘を吹聴したのだから、彼女たちが許される理由はない。



 そんな侍女らの侍女としてあるまじき行為を知らぬ料理人たちは、試行錯誤を開始した。

 手を変え品を変え、味を変えては、この公爵家で最良と言える料理を提供し続けたのだ。


 そしてとうとう、すべての皿が空になって戻ってくるようになり、ついに奥様が自分たちの作る料理を認めてくださったのだと手を取り合って喜んだ記憶は新しい。



 その力を尽くした料理、どこに消えたのか?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る