醜い侍女たちの供述

 オリヴィアの申し訳なさそうに身を縮めた態度が、侍女らの横柄な態度を助長させてきたことは事実であろう。

 オリヴィアの事情を知らなければ、公爵夫人としてこの邸の女主人として認められなかったことは頷ける。

 

 それでも公爵家の侍女たちは当主夫人の是非を問う立場にはないし、公爵家に仕える者としてあるまじき行為には違いなく、一切許す気のなかったレオンだが、どれだけ侍女らが非礼な態度を示しても妻の対応が常に一貫していたことには感心し、これでは確かに侍女らはいい気になって偉そうに振舞ったであろうとは思うのであった。


 たとえば、侍女からわざと櫛で強く髪を引っ張られたときも。

 こんなに荒れた髪を手入れしたことがないからごめんなさいねと嫌味まで言われたオリヴィアは、それは申し訳ないと謝罪して、これからは自分でするから触らなくていいと言ったそうだ。


 わざと香油を部屋に零されたときには、あまりにもみすぼらしい姿に驚いて香油瓶を落としてしまったではないか、どうしてくれると喚き散らした侍女に、オリヴィアは謝罪して、自分が片付けるからと鼻が曲がりそうな臭いに顔を歪める侍女たちを全員部屋から退出させた。


 公爵家で用意した衣装は隠され、服も用意して貰えないほどに愛されていないのだと説明を受けても、それは当然だとオリヴィアはその意見を受け入れたそうだ。

 小汚い衣装を触るのは嫌だと騒ぐ侍女たちもやはり下がらせ、それからのオリヴィアは自分で着替えを行っているし、侍女らは把握もしていなかったがおそらく洗濯も自分でしていたのではないかと考えられた。



 何故オリヴィアはここまで自分を卑下することが出来たのだろうか。

 伯爵家の長女であるのに。

 長く公爵家の嫡子を婚約者とし、その婚約者も当主となって結婚した今やオリヴィアはまごうことなき公爵夫人だ。

 それだけで、オリヴィアこそが侍女らに対し傲岸不遜に振る舞ったところで、それは問題にもならないことである。


 目を閉じたレオンは、まだ形成途上にある怒りを、取り繕った笑顔を乗せたあの伯爵の顔の幻像に投げ付けておいた。


 すでにレオンは、今朝のうちに伯爵家を調べさせようと動いている。

 すぐに情報は集められるであろう。




 レオンが今すぐに出来ること。

 それは公爵家の問題を早急に明らかとして、改善することしかない。


 目を見開いたレオンは鋭い視線で、次の指示を出していく。


「厨房の者たちも順に呼び出してくれ」


 

 食事も同じ流れで、オリヴィアは一日一食へと移行していた。

 はじめはオリヴィアのために食事を運ぶなんて面倒だと零した侍女に、オリヴィアは一日一食、品数も少なくて構わないと伝え、それでもなお嫌味を言った侍女に対しては、自分で厨房に取りに行っても良いかと尋ねたそうだ。

 さすがの侍女たちも配膳を怠っているとばれてはまずいと思ったのか、一日一度だけは必ず誰かが食事を運んでいたのだと証言している。

 その証言に加え、たまにわざと零して量を減らしたり、あえて忘れて食事を与えなかったりした日もあった、というのは、それを行っていなかった侍女からの証言だった。


 侍女らは互いのしていたことをレオンに告げ口することが、保身になると信じたようだ。


 なんとしても侍女としてこの公爵家に留まりたいのだろう。

 たとえ罪に罰せられなくとも、紹介状もなく放逐されては、領内でまともな仕事に就けることはないし、若い侍女らは良き嫁ぎ先を期待出来ないことも明白である。

 既婚の侍女とて、公爵家の不信を買ったと知られれば、離縁の話に発展するかもしれない。


 レオンにはそのような些末なこと、知ったことではないが。



 話を戻そう。

 ここで食事の件は、オリヴィアが医者に掛かったこともあり、公爵夫人の健康を害した重大な問題として率先してより深く追求されることとなった。


 いずれにせよレオンは、一度すべての使用人たちから話を聞こうと決めていたが。

 侍女らと並行して、厨房で働く者たちからも聴取を行っていくことにしたのだ。


 ところが彼らと侍女らの証言は大きく食い違り、また新たな問題の発覚へと繋がっていく。




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