ヤング妖怪大戦争④

 一日目、動きなし。

 二日目、同上。

 三日目、同上。

 四日目、現在のところ目立った動きはなし。


「つくづく、慎重だよね。時間をあげたらギリギリまで準備に費やすあたり実に慎重」


 夜の東京湾上に浮かぶメガフロートの上は明るい喧騒に満ちている。

 威吹、ロック、紅覇。鬼灯を筆頭とする妖狐軍団。

 祭りと聞いて我慢できずに駆け付けたアンドリュ――その他の妖怪+人間たち。

 約五百名による朝から始めた決起集会と言う名のお祭り騒ぎは二十三時を超えた今も続いていた。


「確実に陣頭指揮を執っている奴が居ますね。あ、我が君。そちらの肉、そろそろ良い具合ですよ」

「ん、サンキュ。指揮を執ってる奴がってのは、その通りだろうね」


 戦争を阻まんとする者らは大勢居る。

 正直、演説を打ち上げた時点で誰かしらの襲撃があると威吹は考えていた。

 が、予想に反して今に至るまでそのような動きは一切ない。

 それは威吹だけではない。威吹に組する鬼灯らも同じだった。


 恐らく、居るのだ。

 演説を聞いた時点で、即座に動いた者が。

 確実に狗藤威吹を仕留めたいのであれば戦力の逐次投入は愚策。

 兵を時間いっぱいまでかき集めて、その上で襲撃をかけるのが一番勝率が高いと有象無象を纏め上げた者が居る。

 恐らくは若手組のOB、OGだろう。

 迅速な動きと、その統率力は見事と言う他ない。


「心当たりがありますが、知りたいですか?」


 鬼灯が問うも、威吹は首を横に振った。

 そしてこう言った――弾薬に情を移したくはない。

 ドッ、と笑いが巻き起こる。威吹ジョーク、大成功である。


「ああそうそう。元若手組で思い出しましたが玉藻御前様、既に動かれているようですよぅ」

「やっぱりかぁ」


 威吹は威吹で、準備に忙しく殆ど家には帰っていなかった。

 詩乃には事前に言い含めていたし、問題はないのだが、それはそれとしてだ。


「やっぱりあれかな? 俺の演説聞いた元若手組の誰かが母さんに接触しちゃった?」

「ですよぅ」

「あちゃー……」


 大方、詩乃に自分を止めてもらうよう頼んだのだろう。

 だが、透けて見える浅い計算が不興を買い……。


「っとに人間みたいだよな。こう、余裕ぶっこいてアホな失敗するって言う感じが実にヒューマン」

「若様もそう言う経験がおありで?」

「そりゃまあ。十五年しか生きてないけど成功だけを積み重ねられ続けるほど器用じゃないし」


 それはさておき詩乃だ。

 今更、邪魔をしようとは思わない。こっちはこっちで忙しいから。

 だが、それはそれとして何をやっているのかが気になる。


「直接接触して来た棗とやらを含め、元若手組を十三人。

それと、その十三人と一番深い絆で結ばれた者を拉致監禁して殺し合わせるよう仕向けるみたいですよぅ。

一応、五日間耐えられれば解放されるようですが……ねえ?」


 耐えられる、後もう少しで終わる。

 そう希望を抱かせてから突き落とすのは目に見えている。


「悪趣味なことをしやがる。ジグ●ウかよ。

まあ、あれは厳密には更正のためのゲームだから違うと言えば違うけど」


 密室に閉じ込めてのデスゲームと言われ二十一世紀の名作サイコスリラー映画を思い出す威吹であった。

 これは完全な余談だが威吹は映画が好きだったりする。

 例の初恋を経て、映画に興味を持つようになったのだ。

 基本は雑食だが、初恋を想起させる少女が出て来るような作品だと露骨に機嫌が良くなる。


「……我が君」

「ああ、分かってるよ」


 時計の針が頂点で重なり。

 四日目が終わり、五日目が始まった瞬間――空から光が降り注いだ。

 流星群のようにメガフロートへ降り注ごうとする色とりどりの妖気の雨。

 だが、それがメガフロートを――ひいてはそこで宴をする屑どもを傷付けることはなかった。

 威吹が雨を防ぐように結界を張ったからだ。


「へへへ、食後の運動だな」

「燃えて来たぜ!!」


 他の面子も活き活きとした顔をしている。

 一緒に遊ぶ仲間としては何よりだが、


「やる気があるのは良いけどなるべく殺すなよ!!」


 そう叫ぶと同時に結界を解除すると、


「アイサーキャプテン!!」

「でもうっかり殺しちゃったらごめんネ?」

「ヒャッハー! 弾薬が向こうから来やがったぜぇええええええええええ!!!」

「四肢もぎ取るぐらいならセーフだよね?! よし!!」


 打ち上げ花火のようにフロート上の妖怪たちは上空へかっ飛んで行った。

 その中にはロックも混じっており、飛翔するペンギンと言う光景に威吹は思わず噴き出してしまった。


「若様は動かないので?」

「うん」


 数の上では威吹たちが圧倒的に不利だ。

 何せこっちは五百名しか居ないのに、あっちはその十倍以上は居る。

 が、その代わり質では劣っていない。

 あっちが普通の兵隊ならば、こっちはスパルタの兵士だ。

 わざわざ自分が出張るまでもなく、どうにかしてくれるだろう。


「そそる相手が居るなら話は変わって来るけど、それっぽいのは居なさそうだしねえ」


 網の上にタンを敷き詰めていく。

 じゅーじゅーと焼ける肉の音の何と心地良いことか。


「テメェら皆殺しだぁああああああああああああああああああああああ!!!!」

「いや殺すなよ。貴重な弾薬やぞ」

「弾薬? 訳の分からんことを!!」

「押し切れ! 雑魚に構うな! 標的は狗藤威吹ただ一人だ!!」


 などと言う声が聞こえたが、ぶっちゃけ威吹は期待してはいない。

 開戦当初、威吹自身も殺すなと言ったがここに集まったのは同類。

 ノリで生きてるアホばかりなのでテンションが上がればオーダーなどコロっと忘れてしまうことも理解していた。

 アホが殺す以外でも、趨勢が見えれば逃げ出す者らも居る。

 確保出来るミサイルは精々、六百発ぐらいだろうと言うのが威吹の見立てだ。


「元若手組の幹部や構成員らも混ざってるんでしょうが、哀れなものですよぅ」


 潰されるために生まれた組織に囚われているなんて。

 丼に飯をよそいながら鬼灯がそう呟いた。


「ん? 気付いてたの?」

「ええ。や、こうして当事者になって気付いたんですがね」

「そっか。いや、俺も同じだけどさ」


 計画についてあれこれ考えている時に気付いたのだ。

 あれ? これひょっとして東西二つの組織って潰されるためにあるんじゃね? と。

 だって、あまりにも都合が良過ぎるから。


「ホント、可哀想ですよぅ。彼らには元々染まり易い下地はあったんでしょうけど……ねえ?」


 それを助長するような環境に放り込まれ、すっかり染め尽くされてしまった。

 が、本人たちにその自覚はない。

 生贄に仕立て上げられたと言う自覚がないまま、自分たちの行動が正しいことだと信じて戦っている。

 なるほど、確かに哀れと言えなくもない。

 が、


「ぶっちゃけ俺からすればどうでも良いかな。気になるのは……」

「何のために、です?」

「ああ」


 若獅子会と若手組の存在意義は分かった。

 だが山本や神野が色分けを望んだの理由が分からない。

 曖昧な――渾然一体となった現状に何か不都合があったのだろうか?

 あったのだとして、何故わざわざこのように迂遠なやり方を目論んだのか。

 彼らほどの大妖怪であれば、そんなことをせずともキッチリ色分け出来ただろうに。


「それは私にも分かりませんよぅ。ああでも、玉藻御前様なら知っているかも」

「母さんはね、そりゃね。うん、全部終わった後にでも聞いてみるよ」

「分かったなら私にも教えて欲しいですよぅ」

「あいよ」


 新たな肉を焼こうと手を伸ばし……気付く。

 もうない。キョロキョロと視線を彷徨わせるが、もう肉がない。

 一応、他のグループが居たところにはあるが、それに手を出すのはマナー違反だろう。


「……マジかよ」

「あれだけハイペースで食べていればそうなりますよぅ。若様は腹ペコキャラなんです?」

「腹ペコキャラて……それよりどうしよう。今から買出しに――いや良いか」


 腹八分目程度だが、今日はこれぐらいで仕舞いにしよう。

 口の中を洗い流すように烏龍茶を呷り、デカイげっぷを一つ。


「さぁて、これからどうするかねえ」


 戦いに混ざろうか?

 いやでも、皆の獲物を横取りするのは悪い気がする。

 うーんうーんと威吹が唸っていると、鬼灯が小さく手を挙げた。


「ん?」

「暇なら戦いが終わるまで、遊びません?」

「遊ぶって……何するの?」

「フッフッフ、これですよぅ」


 鬼灯が数冊の書籍を取り出す。

 それはクトゥルフTRPGのルールブックだった。


「………………二人でTRPGは寂しい……寂しくない?」

「それはそれで味があるんですがぁ」


 それなら、と鬼灯が手でメガホンを作り叫ぶ。


「TRPGやりますけど、誰か参加しませんかー!?」


 言うや近くで戦っていた女妖二人と、一つ目小僧がパタパタとこちらに駆け寄って来た。


「KP、シナリオの推奨技能何? それと技能は何パーまで振って良いの?」

「KP、そろそろ処分しようと思ってるSANやべえキャラ居るから継続で良い?」

「KP、ハウスルールとかあるなら先に言ってね」

「君らノリ良過ぎかよ。ところで俺初心者なんだけど大丈夫?」

「「「「沼に引き込むチャンス……!!」」」」


 TRPG愛好者は常に同士を求めて彷徨う生き物なのだ。

 現世ならネットを使えるがネットの使えない幻想世界では……悲しみ。


「あ、どうしよ。マイダイス今持ってないや」

「逆にこの状況で持ってる方がおかしいと思うけど……まあ良いや。俺が作るよ。何面ダイス作れば良い?」

「4面、6面3個、8面、10面、tens10面、12面、20面。これぐらいあれば大丈夫ですよぅ」

「ついでにキャラシも人数分よろしくー」

「待って。妖狐居るならジオラマとPCの人形とかも作れたりしない?」

「あ、良いねえ。妖気で操れるようにしたら臨場感ありまくりで超楽しそう」


 怒号飛び交う戦場の中。

 和気藹々とTRPGを楽しむ馬鹿五人。

 威吹も当初こそ時たま戦況を窺っていたが、一時間を越える頃にはすっかりセッションに夢中になっていた。


 そして四時間後。


「あ、SANチェック失敗……1D3で最大値……アイデアも……うわ、成功……」

「大将、死ぬんちゃうこれ? 三枚目のキャラシいっとく?」

「若様は初心者なので色々気を遣ったんですが、ちょっとダイス運がなさ過ぎますよぅ」

「ダイスの女神様が完全にそっぽ向いてる」

「まあ戦争起こそうとしてる奴に女神様は微笑ま――ん?」


 ポンポンと肩を叩かれ、意識が外を向く。


「終わったぞ、大将」

「何で諸々ガン無視して遊んでんだコイツら……」

「とりあえず七百ちょっとは確保したぜ~」


 どうやら戦いは終わっていたらしい。

 パッと見た感じ、こちらの死者は十数名といったところか。

 殆ど戦力を損なうことなく五千に打ち勝ち弾薬も確保したのだから戦果としては上々だろう。


「まだセッションは途中だけど……」

「この続きは帰って来てからと言うことで」

「私良いこと思いついた。京都で略奪頑張って帝都にTRPGカフェを開くの」

「乗った!!」

「ホント、餓えてたんだなあ……よし」


 白み始めた空を見上げ、威吹は号令をかける。


「船を作るから妖狐以外は全員、上空に退避してくれ!!」


 メガフロートの中央に威吹と鬼灯を筆頭とする妖狐軍団が集結する。

 威吹は妖狐の血を解放すると同時に精神を集中させ、鬼灯ら四十八匹の妖狐とリンクを繋ぐ。

 同調は無事成功。必要な資材も周囲に配置し、準備は万端。


「準備は良いか?」


 全員が頷く。


「――――協力変化!!!!」


 莫大な妖気が爆ぜるように広がり、


「うぉぉ……すげえ……」

「これに乗って行くんだね。いやあ……燃えるわ……」


 かつて単独で変化させた時とは違う。

 この上なくリアルな星の海を往く船がフロート上で、その威容を主張していた。


「船の運用に携わる者以外は各自、艦内居住区で身体を休めてくれ」

「大将、腹減ったらどうすれば良い?」

「食堂に行ってくれ。ちゃんとスタッフも配置してあるから。それと、俺は大将じゃなく艦長だ」


 ジャージ姿から黒地のキャプテンコートに装いを変えた威吹がニヒルに笑う。


「つーわけでほら、ちゃっちゃと乗り込め!

ゆっくり飛ぶから現地に辿り着くのは四時間後ぐらいだろうけど、休める内に休んどけ!!」


 京都への到着は四時間後になると言う見立てだが、休める時間はそれよりも少なくなるだろう。

 ゆっくり飛ぶのは西に自分たちを捕捉させるためなので馬鹿でもなければ当然、迎撃を出すはずだから。


 威吹は全員が乗り込んだのを確認し、自らも艦に搭乗。

 ブリッジに向かうと既に全員が専用の制服を身に纏い待機していた。

 威吹は白の制帽を目深に被り、フッと笑う。


「エンジン始動」

「機関始動。フライホイール接続。出圧上昇。90、96、100」

「回転数良好、いけます!」


 発進シークエンスが始まる。

 事前にしっかり機能を把握しているクルーたちに不手際はない。


「艦長」

「うむ」


 船体が浮かび上がり、船首が西を向く。

 いよいよだ。いよいよ船出の時がやって来たのだ。

 威吹は大きく息を吸い込み、号令を発する。


「――――ヤマ●、発進!!」


 帝都を離れ、いざ京都イス●ンダルへ……!

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