百鬼夜行ガールズサイド②
ふっ、と薄桃色の唇から吐き出された煙管の煙が宙に溶ける。
女は楽しげに笑った。
長い黒髪を夜の闇に泳がせながら妖しく、しかし童女のような無垢さで。
「「……」」
「どうしたんだいお前たち、狐に化かされたような顔をして」
「「いや、正に目の前で狐に化かされてるんですけど」」
無音と美咲が声を揃えてツッコミを入れる。
女――威吹はそりゃそうだと、喉を鳴らす。
“少女”と“女”の中間にある妖しい色気を纏った長い黒髪の美少女。
これを見て一体、誰が威吹だと思うだろうか。
少なくとも目の前で変化された今でも美咲と無音は信じられない様子だ。
「というか、何でいきなり女の子に化けたんですか……」
「アンタが
数分ほど前のことだ。
無音を起こしてさあ出発しようという段で美咲が待ったをかけた。
威吹の目的は分かったが自分の友達はともかく他のメンバーに面が割れている可能性があるので普通に話したいのなら姿を変えた方が良いと。
ゆえに威吹は女に化けたのだ。
とは言え、自分好みの女に化けるのは些か変態っぽくて嫌だった。
なので容姿は好みから外れたものになっている。
「でも何で女に……」
「異性よりも同性の方が素顔が見易いだろう? そういうことさね」
「じゃあ、その格好は?」
上は黒地に鮮やかな華を散らした小袖。
下は右側面に腰のあたりまで大胆なスリットが入った紅と黒を基調とした袴。
全体的にシースルー気味で……ハッキリ言って痴女一歩手前だ。
「ドレスコードさ。やんちゃな子らの集まりだろう?
だったらお行儀の良い服装をしていったら浮くじゃないか。
だから、ねえ? ちょいと傾いた装いにしてみたのさ」
ホントは美咲のような特攻服を着るべきなのだろうが、些か恥ずかしい。
幼少期にリバイバルブームで再燃した不良漫画などを読み漁っていた口だが、いざ実際に自分がやるとなると二の足を踏んでしまう。
それゆえ、この格好にしたのだと威吹は言う。
「特攻服の方が恥ずかしくないと思うんですけど……」
「そうでもないさ。妾はこっちのが羞恥心は感じないもの」
「狗藤さんの価値観が分からない」
「それより、その狗藤さんっての止めな。正体を偽るんだから馬鹿正直に呼ばれちゃたまんないよ」
「じゃあおれたち、威吹のこと何て呼べば良いの?」
無音にそう問われ、威吹はそうさねえと顎を撫でつつ思案。
「
ポン、と尻にサイズを調整した狐の尾を二本出現させる。
「妾は葛葉、化け狐の葛葉ってことにしようか」
「分かった! よろしくね、い……葛葉!!」
「それで良いのさ。ああそうそう、美咲。アンタは敬語も止めな。怪しまれるからね」
「わ、分かりまし……分かったわ、葛葉」
「結構。そいじゃあ、案内してもらおうか」
頷き、美咲は宙に舞い上がった。
「……おれ、まだ飛べないんだけど」
「しょうがないねえ。妾が運んでやるよ」
ふっ、と吐き出した煙が無音の倍はあろうかという雲に変化する。
「きんとうん!?」
「形だけ真似た紛い物だけどね。さ、乗った乗った」
「やったー!」
無音が雲に乗り込んだのを確認し、威吹も飛び上がる。
美咲の先導に従い向かった先は……。
「…………埠頭……ますます暴走族の集会っぽいねえ……」
あちこちに置かれた松明の火が照らす埠頭に、
如何にもな格好をした少女らが軽く百人以上は集まっていた。
あちこちで小さな輪を作り思い思いに談笑する彼女らは皆一様に笑顔で、実に良い雰囲気だ。
「えーっと……あ、見つけた」
空から地上を見下ろしていた美咲は、
知己の顔を見つけたのか倉庫の屋根の上で語らう三人組の下へ降り立った。
「お待たせ」
「おっせーぞ美咲……つか、そいつら誰よ?」
蜘蛛の刺青を入れた少女が美咲に語り掛ける。
「あー……私のクラスメイト。興味あるみたいだから誘ってみたの」
「みーちゃんのクラスメイトかあ。女の子の方は良いとして……そっちのワンちゃん、男の子だよね?」
猫目の少女は無音を見て、若干頬を引き攣らせている。
まさか……いやでも……そんな感情が匂いで伝わってきた。
「犬の方よりそっちでしょ。滅茶苦茶気合入ってんじゃん」
顔の半分を覆う髑髏面の少女が威吹を見て感心したように頷く。
「みっちゃんのお友達、可愛い子たちばっかだね!」
「ハン! 世辞は要らねえよ。あたしは
蓮っ葉な口調だが、悪感情はないようだ。
笑顔で名乗りを上げた縫に応えるように無音と威吹も名乗りを返す。
「おれ、麻宮無音! 化け犬だよ!!」
「妾は葛葉。見ての通り化け狐さ」
「…………平気で嘘吐くなあ」
美咲が何かぼやいているが威吹は無視した。
「無音くんに葛葉ちゃんだねえ? 私はぁ、化け猫の木虎由香だよぅ」
縫が女郎蜘蛛、由香は化け猫。
いずれも外見に各々の種族の特徴が表れている。
となれば残る一人は、
「あーしは千佳。骨女の千佳。よろしくー」
「由香ちゃんはともかく他二人は種族としての自己主張が強いね!!」
「「ほっとけ!!」」
「あはは、無音くんは正直者だなぁ」
由香の場合はまあ、身体的特徴だからしょうがない。
だが縫と千佳は露骨過ぎである。
何だその刺青、何だその髑髏面。
「……ふぅ。美咲、ちょいと聞きたいことがあるんだけど」
「な、何?」
「アンタを揶揄ったって仲間はこの三人のことかい?」
「……ええ、そうよ」
「ふむ」
ギギギ、と歯軋りをする美咲は置いといて、だ。
縫も由香も千佳も、先ほど無音が言っていたように結構レベルの高い女子である。
彼氏が居たとしても不思議ではないだろう。
「そりゃおかしいね」
「? おかしいって何がよ」
だが、威吹の鼻は誤魔化せない。
「――――この三人、生娘だよ」
「「「……!」」」
犬とじゃれ合っていた三人が微かに身体を震わせた。
が、美咲は気付いていないようで威吹に呆れた顔をしている。
「いや、ないない。悔しいけどアイツらは彼氏持ちだし、もう行くとこまで行っちゃってるから」
「ふぅん……言い切るねえ。その根拠は?」
「根拠って、いや普通にさ。写真も見せてもらったし、会ったこともあるもん。
それに……その、何? そ、そういうことにもさ。かなり詳しいみたいで色々教えてもらって……」
頬を赤くしながらごにょごにょと語る美咲、
初心だなあと感心しつつ威吹はそれはないと否定する。
「キスもしたことないし、何なら彼氏も居ないよ。美咲と同じ初心なネンネさ」
「お、おい葛葉! さっきから黙って聞いてりゃ言ってくれるじゃねえか!!」
「そ、そうそう! 美咲の友達だからってあんま舐めたこと言ってるとキレっからね?」
「もう……だ、駄目だよ二人とも。そ、それと葛葉ちゃんもあんま変なこと言わないで……ね?」
もうこの態度が証拠で良いだろと思う威吹であった。
というか、何故美咲は気付かないのか。
「ンフフフ、妾の鼻をお舐めでないよ。生娘かどうかぐらいは直ぐに分かる。
交わっていれば男の陽気が女の陰気に混じっているはずだからな。
それでも信用ならんと言うのなら、どうだ?
美咲、この場で彼女らをひん剥いて膜の確認でもしてみるか」
「「「うっ……」」」
割と信憑性のある理由に加え、
放たれる妖気から抵抗が無意味なほどに隔絶している実力差を悟ったのだろう。
三人娘がダラダラと冷や汗を流しながら後ずさる。
「あ、アンタたち……口だけ番長だったの!? ざっけんなよマジで!
お前らだって男居ねえじゃん! 何偉そうに人のことディスってくれたんだ! あぁん!?」
三人の態度を見て威吹の言が真実だと悟ったのだろう。
美咲は怒りに打ち震えていた。
「ち、ちげーし! た、確かに……ま、まだ……その、アレだけど彼氏は居――――」
「さっき言っただろう。彼氏も居ないと」
「な、何でそんなこと言えるわけ!? しょ、処女かどうかはともかく男の有無まで……」
「分かるんだよ」
普段は抑制しているが威吹の感覚器官はそんじょそこらの妖怪とは比べ物にならない。
嗅覚一つ取っても化け犬の無音より、何十倍も優れている。
ゆえに、匂いだけでもかなりの情報が分かってしまうのだ。
「そういう関係の男が居るのなら、だ。
まぐわってはおらずとも好意が陽の気となって体表に残留するものさね。
彼氏彼女の関係であれば大なり小なり、皆、相手の情が滲む気を纏っている。
しかし、アンタら三人にはそれがない。美咲と同じだね」
「わ、私を引き合いに出さなくても良いんじゃ……というか、これよく考えたらセクハラ……」
紛うことなきセクハラである。
が、言ってる当人にその意識はない。今は完全に女として振舞っているからだ。
「んー、よくわかんないけどさ。ま、あれだよね! あるある! よくある!
男も馬鹿にされたくなくて童貞なのについ、童貞じゃねえわ! とか言っちゃうもん!!
彼女なんて居もしないのに、居るかのように振舞うこともあるある! ドンマイ!!」
「「「ぐっは……!?」」」
三人娘が同時に崩れ落ちた。
悪意がない分、無音のフォローが逆にトドメとなったようだ。
「ンフフフ、見栄を張るのは良いが、それならもっと上手くやらないとねえ」
「だ、だったらそういうテメェはどうなんだよ!?」
ぷかぷかと煙管を吹かしながら笑う威吹に、涙目の縫が食ってかかる。
「そーそー! まさかそのナリで純潔ってことは――――」
「処女に決まってるだろう」
威吹はキッパリとそう断言した。
まあ、当然と言えば当然なのだが。
「接吻の経験も……うん、ないねえ」
「な、何それぇ? 私たちと一緒ぉ! それなのに偉そうなこと言ってたの!?」
「言うさ。だってアンタらは男が居ないことを恥だと思ってるが、妾はそうじゃないからねえ」
カン、と下駄の歯を鳴らし三人を見渡す。
「妾は高嶺の花。安売りをする気はないよ」
傲然と胸を張り、威吹はこう続ける。
「経験がない? そりゃそうさ――――だって妾に釣り合う男が居ないんだから」
一切の負い目なく、堂々と言い切ってのけた威吹に全員が言葉を失い、見蕩れる。
中身を知っている無音や美咲ですらそうさせてしまうのだから実に恐ろしい。
「だから、さ。アンタたちもくだらないことを考えるのはおやめ。
十把一絡げの男にくれてやるほど、安い女にゃなりたくないだろう?」
「「「「お、お姉様……ッッ!!」」」」
三人娘+美咲が潤んだ瞳で威吹を見上げる。
が、美咲は少し間を置き正気に戻ったらしく何とも言えない顔をしている。
「とりあえずあれだよね。もしも現実世界で職に困った時は言ってよ。良い事務所紹介するからさ!」
「……分かっているのに……中身を知ってるのにこんな……こんな……」
私はコイツが恐ろしい、と慄く美咲。
何一つ物騒なことはしていないのに心外極まるリアクションだ。
「そうだよ、そうだよな。安売りはいけねえよな。女としての格が下がっちまうぜ」
「それな。お姉様めっちゃ良いこと言うわ。リスペクトだわ」
「そこそこの男で捨てるより、飛びっきりの良い男と――だよねー」
すっかり心を掴まれてしまった三人娘だが、
「……私への暴言の数々、忘れてねえからな。
お前らが忘れた頃、唐突に復讐して目にもの見せてやるから覚え……いや、さっさと忘れろ」
美咲は一人ヘイトを燃やしていた。
と言っても、根本的には仲の良い友人なのでおかしなことにはならないだろう……多分。
「そういやさ、ワンちゃんとお姉様って美咲とクラスメイトなんでしょ?」
「そうだよ! いつもお世話になってます! 毛づくろいとか!!」
「美咲、何やってんだよ……まあ良いや。同じクラスってことはさ。“アレ”とも一緒ってことだろ?」
アレ? と首を傾げる二人に縫は言う。
「狗藤威吹だよ狗藤威吹」
「ああ、アイツかね。うん、同じクラスだがそれがどうかしたのかい?」
「いやさあ、アイツって実際どうなんだ?
美咲や世間の連中はヤバイヤバイ言ってるけど、ぶっちゃけ話盛ってるとしか思えねえんだよな」
縫の言葉に由香と千佳も頷いている。
ちなみに美咲は顔を青くしていたが気にする必要はないだろう。
「だってそうだろ? 元は現実世界の人間で、しかもあたしらと同年代。
幾ら流れてる血が大妖怪のそれで、本人も将来的に大妖怪になるってもさあ」
「正直、今の段階じゃねえ? 面白おかしく騒ぎ立てようとしてるだけなんじゃないの?」
「みっちゃんはぁ、全然ホントのこと言ってくれなくてえ。お姉様、どうなんですぅ?」
何か言いたげな美咲と無音を目で制し、威吹が答える。
「取り立てて変わったところはない、普通の男だよ」
「「!?」」
「いやむしろ地味か」
「「????」」
「人付き合いに少々難があって自己主張もあんまりしないし、妾から見ればタダのつまらない男さね」
世間で流れている物騒な噂、それはきっと作り話だ。
大方、狗藤威吹という存在に便乗した愉快犯の仕業だろう。
威吹がそう言い切ると三人娘はやっぱりなあ、と笑う。
「お姉様が言うんなら間違いはねえ。ったく、美咲はすーぐ話を盛る」
「それな。楽しませたいなら多少の誇張はありだけど現実味がないのはねえ」
「まあ、名ばかりが先行している男のことなんてほっといてさ。アンタたちの話を聞かせておくれよ」
「はいー。何でも聞いてくださいなぁ」
そんな四人の輪から少し外れた場所では……。
「……あの人、どんな面の皮してんの?」
「ミサイルだって跳ね返せそうだよね!」
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