そうだ、京都で殺ろう⑧
「どういたしまして」
天高く舞い上がった首が笑顔でそう返したかと思うと――突如、破裂した。
無数の肉片、骨片へとジョブチェンジした頭部だが、そこで終わりではない。
肉片が、骨辺が、無数の魑魅魍魎に変化しリタへと降り注ぐ。
「シッ……!!」
リタは威吹(首から下)を蹴り飛ばし、刀を振るって魑魅魍魎への対応に当たる。
一方、吹き飛ばされた威吹は頭部を再生しつつ着地。
妖狐の血を励起させ四本の巨大な尾を展開させる。
「心が躍るねえ」
一本目の尾を炎に。
二本目の尾を暴風に。
三本目の尾を雷に。
四本目の尾を刃に変化させ一斉に、リタへと襲い掛からせる。
「……不思議」
炎雷を纏う暴風が吹き荒れ、無数の刃が踊る中、リタは的確に立ち回っていた。
完全な回避、防御は不可能。
ならばダメージが最小限になるように。
リタは早く――そして、巧かった。
「怖いのに、怖くない」
一歩間違えれば死に一直線の綱渡り。
感情を抑制していた時とは違い、リタの表情は強張っていて、冷や汗も浮かんでいる。
なのに、怖くない。怖いけど怖くないと彼女は言う。
「あなたには、分かる? その理由が」
「何となくね。でも、教えない。君が自分の足で答えを探す方がずっと良いからね」
リンボーダンスをするように背を仰け反らせ、
刃の尾を躱しざま――リタの右手が一瞬、ほんの一瞬、尾に触れた。
何だ? と思ったのも束の間、刃の尾がただの尾へと強制的に戻される。
お、と威吹が驚きに目を見開いた瞬間――――
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!!」
リタは刀を捨てフリーになった両手で尾の先端を掴み、力任せに振り回し始めた。
ぐわんぐわんと回る揺れる視界。
突然のことに三本の尾の制御が疎かになってしまう。
当然、リタはその隙を見逃さなかった。
彼女は足元に転がっていた兵卒らが使っていた刀を次々と蹴り飛ばし、それぞれの尾を射抜く。
すると、面白いぐらい簡単にどの尾も元の状態へと戻ってしまった。
「この足で探し、この目で確かめろ――あなたはそう言いたいのね?」
尾を引っ掴んだまま天高く飛び上がったリタはグルングルンと空中で更に勢いをつけ、
「ああ、その通……りぎぃ!?」
ハンマーのように威吹を思いっきり地面に叩き付けた。
「何だっけあれ……そう、犬神家の一族思い出したわ俺」
「酔っ払いが犬神家の一族知ってることに私は驚いたよ」
酒呑の感想もむべなるかな。
頭から胴体の半ばまでが地面に埋まり、ピクリとも動かないのだから。
「ッ! 我がき――んぶふぉぉい!?」
「クワー!!」
明らかに今までとは違う。
ヤバイ、本能で怪異殺しの危険性を悟ったのだろう。
戦闘に乱入しようとするが、ロックがその顔を蹴り飛ばすことでそれを阻止した。
「先輩! 一体何を……」
「クワワ!!」
黙って見てろ! そう言わんばかりに一鳴きしロックはぺたりと地面に座りこんだ。
その視線の先ではリタの足元から出現した威吹が刃と化した舌で彼女の身体を切り裂いていた。
地面に埋まった胴体を伸ばして土中を進み奇襲を仕掛けたのだろう。
かなり気持ち悪い絵面である。
「あ、なた……最初もそうだけど……よくもまあ……そんなことが……ッッ」
「はは、妖怪っぽいだろ?」
十五年、十五年間普通の人間の身体で生きてきた。
だからこそ、信じられないのだろう。
十五年慣れ親しんだ人間の肉体、その構造を大きく逸脱するような振る舞いが。
平時であれば思いつくことも出来るし、実際に試しもできるだろう。
だがこの場は死ぬか生きるかの鉄火場。
そんなところで平然と異形の戦いをやれるのが不思議で不思議でしょうがないといった様子だ。
が、威吹に言わせれば不思議でも何でもない。
化け物なんだから当然だろう。
胴だって伸ばすし、舌だって剣にする。
だって化け物なんだから。
(しかしまあ、どうするかな。割とピンチじゃん俺)
余裕がありそうに見える威吹だが、その実、そうでもなかった。
いや、心の余裕はあるのだ。むしろ有り余っている、滅茶苦茶現状をエンジョイしている。
ただ、戦闘という面ではそうでもなかった。
伯仲しているように見えるが、リタは加速度的に強くなっている。
(これまで培ったものが完全な形で花開いたんだなあ)
大西が兵器として仕立て上げるために施した数々の行い。
これまでは精々、五分咲き、六分咲き程度だった。
しかし、枷が外れた瞬間――化けた。比喩でも何でもなしに。
(あー……出来るなら、もっともっと楽しみたいんだが……俺、どこまで付き合えるかな?)
血の比率を変化させ、鬼のフィジカルを全面に押し出す。
万国人間ビックリショーのような戦いも楽しくはあるが、
やはり十全に味わうのであればこちらだろう。
(それに、確かめたいこともあるしな)
喜悦に歪む表情を取り繕うこともなく、威吹は雄叫びを上げリタに殴り掛かった。
「がっ!?」
綺麗にカウンターを合わせられ、顎がかち上げられる。
それでも手は止めない。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ひたすらに拳を打ち出し続ける。
一瞬たりとて手は緩めない。
「くぅ……ッ」
対するリタは苦悶に顔を歪めながらも乱打に対応し続けていた。
強化改造が施されているとはいえ、鬼のフィジカルに付き合うのは無茶が過ぎるというもの。
彼女としても出来るのであれば、遠距離からチクチクやりたいのだろう。
しかし、威吹が逃がしてくれない。
身体能力にものを言わせ、どこまでも追い縋ってくる。
そうなるともう、近距離で打ち合うしか選択肢はない。
「ハハハ! 良いね、澄まし顔よりそっちの方がずっと良い!!」
威吹の攻撃を紙一重で回避しながらリタは只管にカウンターを重ね続ける。
風圧だけで肉が裂ける剛打の嵐の中、
カウンターを当て続けるというのはかなりのプレッシャーだろう。
恐怖心が抑制されていた時とは違い、今のリタは明らかに死の恐怖に蝕まれていた。
「は、は、は、は……ッ」
短く息を吐き出すリタ。
恐怖に苛まれながら、一瞬も気を緩めず立ち回り続けているのだ。
蓄積する疲労の量も段違いだろう。
笑顔の威吹と切羽詰った様子のリタ。
傍から見れば有利なのは威吹のように思えるが……。
(ああ、やっぱりだ)
攻撃を受け続け、ようやく確信を得た。
様子を見るに本人に自覚はないのだろうが、間違いない。
(――――コイツ、俺の妖気を“削って”る)
最初はちょっとした違和感でしかなかった。
攻撃される度、何かが減っているような気がしたのだ。
その違和感はリタが強くなればなるほどに大きくなっていった。
そして、こうして乱打戦に持ち込んだことでそれは確信へと至った。
どういう理屈かは知らないがリタは攻撃の度に妖気を削っている。
(しかも、削る妖気の量がドンドン増えてやがる)
リタのレベルと連動しているのだろう。
もう、かなりの量の妖気を削り落とされてしまった。
(いやはや、流石は怪異殺し。化け物の天敵みてえな力だよ)
化け物にとっては第二の血液のようなもの。
これが尽きてしまえばどうなるかなど考えるまでもない。
(本来なら、距離を取って攻撃が当たらんようにするべきなんだろうけど……それじゃ面白くない)
あまりにも情けない。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「あぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
攻めて、攻めて、攻めて、攻め続ける。
そんな目が眩むような乱打戦。
ともすれば永遠に続くのではと思われたこの応酬、
「ぁ」
最初に折れたのは威吹であった。
ガクン、と意思に反して崩れ落ちる膝。
それを見逃すリタではなく、渾身の蹴りが威吹の顔面を打ち抜いた。
「ひゅー……ひゅー……ッッ」
吹き飛んでいく威吹、しかしリタも直ぐには動けなかった。
鬼の肉体をあれだけ打ち据えていたのだ。
四肢はボロボロだし、体力も底を尽き掛けている。
それでも、このチャンスを逃すわけにはいかない。
拾い上げた刀を杖代わりに、よたよたと歩き出す。
「――――」
一方の威吹。
何とか立ち上がったが、それだけ。
これまでの無茶に加え、妖気を削られ続けたその命は最早風前の灯。
しかし、
(何だろ……あれ……)
朧げな意識の中、確かにそれが見えた。
禍々しい意匠の大きな大きな扉。
あと数メートルと言ったところまでリタが近付いて来ているのだが、
威吹の視界には石造りの巨大な扉しか見えていなかった。
ふらふらと吸い寄せられるように伸びた右手。
扉に触れた瞬間、目に見えない波動がその掌から放たれた。
「!?」
リタの表情が一変する。
色濃く刻まれていた疲労は消え失せ必死の形相に変わり、彼女は大きく横に飛び退いた。
「ッ……だ、め……!!」
何を思ったのか。
リタは左手で手刀を作りそれを以って自身の右腕を肩口から切り飛ばした。
するとどうだ?
少し遅れ、宙を舞う右腕。その肉が、骨が、瞬く間に“風化”し砂と化した。
「……」
大きく距離を取ったリタは、それでもまるで気を緩めていなかった。
これまで以上に警戒心を露にし、油断なく威吹を睨みつけている。
「あ……れ?」
リタの視線が刺激となったのか。
威吹がようやくリタの存在を認識する。
不思議そうな顔をしたかと思ったら、へにゃりと笑った。
「……殺らないのかい?」
「…………今はまだ、あなたを殺せるだけの力がないみたい」
だから、また今度。
そう告げてリタは全速力でこの場を離脱して行った。
威吹はそれを見送り、大きく息を吐く。
「ガッカリしたような……嬉しいような……」
今度こそ本当に駄目だったらしい。
完全に力が抜け、ふらっと後ろに倒れそうになるが、
「あれ? 何か、柔らかい……」
温かくて柔らかい何かを背に感じる。
散漫な動きで振り返ると、詩乃が居た。
どうやら倒れそうになる自分を抱き留めてくれたらしい。
「お疲れ様」
詩乃はニコリと微笑み、威吹を抱えたまま地面に座りこんだ。
そして優しい手つきで頭を抱え、自身の太股に乗せた――俗に言う膝枕だ。
「いいにおい……」
優しくて甘い香りが鼻腔を擽る。
それプラス押し寄せる疲労が背中を後押しし、意識が徐々に遠退いていく。
「ねえ威吹」
「なぁに?」
「楽しかった?」
「うん」
「そっか。良かったね」
夢現の状態だからか。威吹の口調が幼子のそれに変わっている。
詩乃は甘やかな笑みを湛え、優しくその頭を撫で付けた。
「でも、今はゆっくり休もうか」
「うん」
「ンフフフ、威吹は良い子だねえ……おやすみ」
「うん……おやすみ……」
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