そうだ、京都で殺ろう①

 午前十一時、威吹はのそりとベッドの中から這い出した。


「っくぁぁ……」


 大きく伸びをし、自室のカーテンを開き陽光を浴びる。

 別れの夜から二日。

 監視はつけられているが特に襲撃などもなく概ね、変わらぬ日常を送れていた。


「朝からご苦労なこった」


 約二百名。

 それが自分の監視に派遣された人員の数だ。

 マンションを中心に半径数キロ圏内に散らばり、

 各々の方法でこちらの動向を見張っているようだが丸見えである。

 少し意識すれば数キロ圏内であれば簡単に把握出来てしまう。


「いやホント、何か申し訳ないね」


 貴重な時間と金を自分のために費やしている。

 そう考えると少しばかり胸が痛む。


「でも、今日はなあ」


 この街でのんびりだらだらする分には監視も襲撃もどうぞ御自由にと思っている。

 しかし、今日だけは別だ。

 威吹は少し力を使い、監視をしている二百名の人員にメッセージを送った。


 方法は様々だが例を挙げるならこんな感じ。

 路地裏の壁にいきなり血文字が現れたり、

 突如マナーにしていたスマホが鳴り響き画面いっぱいに文字が現れたり、

 突然頭の中に地の底から聞こえるような声が響いたりと、

 二百名全員に異なる方法で尚且つホラーっぽく伝えてみた。

 自分が把握していない人員でも居ない限り、全員に行き渡ったと思う。


 威吹は満足げに頷き、自室を後にした。


「おそよう、威吹」

「おそよー」


 リビングに向かうとキッチンでは詩乃が遅めの朝食を準備していた。

 幻想世界の自宅で使っている割烹着姿ではなく、

 現世風の装いにフリフリのエプロンという若妻ルックが妙に目を引く。


「トーストとべーコンエッグ、サラダにスープなんだけど飲み物はどうする?

お茶? 牛乳? コーヒー? カフェオレ? ああ、野菜ジュースなんかも買ってあるけど」


「んー……確かバナナあったよね?」

「うん。あ、バナナオレ?」

「うん、それでよろしく」

「はいはい。ちょっと待ってね」


 勝手知ったる何とやら。

 教えてもいないのに詩乃は普通に戸棚からミキサーを取り出し準備を始めた。


(良い面だけを取り上げればホント、優良物件だよなあ)


 負の面があまりにも巨大過ぎるのが問題だ。

 まあ、好きになれば負の面が良い刺激になるのだろうが……。


「お待たせ。昼食は遅めにする? おやつをちょっと豪華に? それとも夕食を早めにする?」

「や、どれもいい」


 コーンスープを啜りながら詩乃の提案を断る。


「それよりさ、母さんネズミの国に行きたいって言ってたよね?」

「え、うん? もしかして……」

「デートなんてどうかな? 何日かお泊りで」

「! あらあらあらあら! この子ったらもう……やだ、どうしたの?」


 母さんを喜ばせてどうするつもり?

 などとのたまいながらクネクネする詩乃を見ているとこちらも何だか嬉しくなってくる。


「それで、どうなの?」

「喜んでお付き合いさせてもらうよ」

「そっか。良かった……じゃあはい、これ」


 懐から取り出した封筒を手渡す。

 フォーデーパスかな? などと言いながら封筒を開いた詩乃だが、


「……」

「どうしたの?」

「あの……京都行きの新幹線のチケットなんですけど、これ……」

「うん、それが?」


 京都へ観光に行くのだから当然である。


「あの……ネズミの国云々は?」

「いや、何となく話題に挙げただけで特に理由はないけど?」


 デートなんてどうかな?

 とは言った、言ったがネズミの国でデートするなんて一言も言ってない。

 詩乃は一体何を勘違いしていたのだろう。まったく以って不思議だ。


「何だろ……デートに誘われたことは嬉しいのに、

盛り上げるだけ盛り上げといて梯子を外された感が……」


「じゃあ、止める?」

「止めないよ!? 行くよ! 京都でもどこでも行くよ!」

「そ、良かった」


 サラダを口の中に放り込む。

 シャキシャキとした食感と瑞々しさが実に爽やかだ。


「でも何で急に京都?」

「嫌だった? 母さん的にも久しぶりに地元に帰るんだし嬉しいと思ったんだけど」

「地元って……いやまあ、一時期ねぐらにはしてたけどね?」


 出身で言えば大陸の方だし、と詩乃はぼやく。


「流石に海外はなあ……夏休みぐらい長くないと行くのはキツイ」

「いや別に行きたいわけではないよ? というか、話ズレてる」

「ん? ああ、何で京都なのかって? いやね、紅覇が京都行くって言ってたからさ」


 図書館やパソコンを用い色々調べていく中で、紅覇の琴線に触れるものがあった。

 幕末――日本の歴史において、大きな転換期の一つである時代を生きた人間。

 そこに紅覇は興味を抱いたらしく即日、京都行きを決断したそうな。


「話聞いてたら京都に興味を引かれてさ」

「待って。紅覇くんも一緒? デートは?」


 デートに行かないかと誘いはしたが、デートが二人でするものだとは一言も言ってない。

 それに、


「何から何まで一緒ってわけじゃないよ。俺は俺で行きたいとこあるし」


 維新志士やら新撰組に興味がないわけではない。

 が、わざわざ縁の場所を訪れたいかと言うとそうでもない。

 神社仏閣やらの方がよほど心惹かれる。


「なるほどねえ」

「それとほら、母さんを含めて俺の中に流れる血の大元の三人って京都縁の妖怪じゃん?」


 酒呑は大江山、僧正坊は鞍馬山。


「九尾の狐は……あの、ほら……何だろ? 平安京?」

「私だけすっごいフワフワしてる……」

「まあそんな感じでさ。現代の京都を歩きながら当時の京を解説してもらうとか悪くないかなって」

「ガイドしろって言うならまあ、喜んでするけど」

「じゃあよろしく」


 さっさと朝食を済ませ部屋に戻った威吹は寝巻きから外出着に着替え、

 財布をポケットに突っ込むとアンティークの旅行鞄を手にリビングへ舞い戻った。


「母さん、準備出来てる?」

「バッチリ」

「それじゃ、紅覇も駅で待ってるし行こうか」

「うん……というか、紅覇くんもう駅に居るの? 出かけたのは知ってたけど」

「ああ、駅地下ブラつきたいって昨日言ってたよ」

「満喫してるなあ」


 揃って家を出る。

 雲ひとつない青空、麗らかな日差し――絶好のお出かけ日和だ。


「こんな日にもお仕事だなんてお役人さんは大変だねえ」

「だなあ。いや、元凶の俺が言えたこっちゃないけど」

「まあね。でも、監視程度でここまでの人数は必要ないでしょ」


 戦闘を視野に入れるのであればこの人数では足りなさ過ぎる。

 が、逆に監視をするのなら過剰にもほどがある。

 本人に逃げ隠れするつもりがないのだから十分の一でも多過ぎるぐらいだ。


「ああそうだ、お役人さんで思い出したんだけどね」

「ん?」

「威吹が潤くんとお別れした日の朝から私、総理官邸に居たんだ」

「何でそんなとこに……」

「や、騒ぎを眺めるには良い場所だし」

「そういうあれね。で?」

「色々と面白いこと聞けたから教えてあげようかなって」


 面白いこと。

 他の誰かが言うならともかく詩乃が言う面白いは言葉通りに受け取れない場合が多々ある。

 今回はどちらだと身構える威吹だったが……。


「前、桃園行った時に戦った女の子のこと覚えてる?」

「そりゃもう」


 軍服の少女、リタのことは当然覚えている。

 悪者ハートを擽る背景を持っているっぽいところもそうだが、

 それ以上に何故か感じる得体の知れなさが印象的だった。


(直接手を合わせても結局、それが何かは分からなかったんだよな)


 強いと言えば強い。

 が、彼女以上に強い人間はごまんと居る。

 仄暗い愉悦を感じる要素を除けば、取るに足らない存在のはずなのだが……。


「私もね、あの子がどうして引っ掛かるのか分からなかったんだよ。

多分それは酒呑や劉備もそうだったと思うんだけど」


 それはそうだろう。

 あの場に居た面子の中で一番洞察力に優れた詩乃が分からないのだ。

 自分や酒呑、劉備がナニカを看破するのは不可能だろう。


「それが思わぬところで判明しちゃったの」

「……政府の人間だったのか?」

「ううん、そうじゃないよ。政府とは無関係の民間人。でも、ただの民間人じゃあない」


 ある意味、威吹と似ている。詩乃はそう言った。

 どういうことだろうかと首を傾げる威吹に詩乃は続けてこう告げた。


「怪異殺し――Oracleにそう認められた稀有な人間なんだって」

「怪異殺し……ああ、なるほど。そういうことだったのか」


 得体の知れなさを感じるわけだ。

 怪異殺し、それが文字通りのものなら化け物の天敵だ。

 まだ花開いていないそれに、自分たちは引っ掛かりを覚えていたのか。


「退魔師とかの上位互換なのかな?」

「多分ね。ああでも、怪異殺しって言うのは何も私たち化け物だけを対象にしたものじゃないよ?」

「はい?」


 怪しく異なる者。それは正しく自分たちのことではないか。

 化け物だけを殺すための職業だと思ったのだが……。


「今の人間にとっての怪異。それは単に魑魅魍魎だけを指すとは限らないってこと。

それこそ、神仏なんかもその対象に入るでしょうね。

現代にも信心深い人間は数多く居る。同時に信心など欠片もない人間も数多く居る。

極論、後者の人間にとっては神仏もまた怪しく異なる存在でしかない」


「ざっくり言うなら人間以外絶対殺すマンってところか」


 威吹がそうまとめると、


「どうして人間が怪異に含まれないと思うの?」

「え」


「例えば大多数の名も無き一般人は史上に残る凶悪犯罪者を自分と同じ人だと思えるかな?

思えないでしょ。どうしてそんなことをしたのか、心底から理解出来ない」


 怪しく異なる存在だと詩乃は言う。


「なるほど……しかそうなると……」

「多分、本人の認識次第になるんだろうね。や、私も詳しくは知らないけどさ」


 お前、怪異だな? 怪異だよなあ? じゃあ死ね。

 こんな感じで判定が行われていると考えると、ちょっと愉快だった。


「となると、そうか……俺の助言もあながち間違いじゃなかったわけだ」


 あの夜、リタとの勝負がついた後のやり取りを思い起こす。


『俺は今のアンタの実力を寸分違わず再現して戦った』

『……』

『なのに、何故負けたと思う? 何故、出し抜かれたと思う』


 心の問題だと指摘してやったが、

 リタ本人は何を言っているか理解出来ないという様子だった。

 だから、分かり易く教えてやったのだ。


『更に強さを求めるなら』


 一番手っ取り早い方法がある。

 それは、


『――――あの爺さん、殺しちゃいなよ』


 リタが通路の老人に縛られていたのは明白だ。

 問題は、本人に縛られているという自覚さえないことだろう。

 完全に自我がないというわけではなさそうだが、かなり希薄だ。

 言われた通りに行動するだけだし、それじゃただの人形と変わりない。


 人形風情に負けるほど落ちぶれたつもりはない。

 勝ちたいのならば最低限、人間になってから。

 人間になれば得体の知れない何かについても分かると思った。

 ゆえに、殺害を唆した。

 繰り糸を断ち切り、自らの意思で立つよう促した。


「ねえ威吹、母さん思うんだけどアレは助言じゃなくて“毒”って言うと思うの」

「毒も使いようでは薬になるし、実質助言でしょ」

「屁理屈ばっかり上手くなって……んもう、好き♥」

「はいはい、それより気になることがあるんだけど」

「なぁに?」

「怪異殺しが政府と無関係ってのが解せない」


 大妖怪が天職だとOracleに言われた自分はまだ良い。

 誰が好んで化け物を懐に招き入れるのかという話だ。

 しかし、怪異殺しは違うだろう。

 使い方次第だが、神秘サイドに対するエース兼ジョーカーに成り得る。

 何が何でも取り込みたかったはずだ。それこそ、強権を振るってでも。


「これは推測だけど、Oracleで導き出された情報が政府に把握されてないんだと思うよ」

「……出来るのか?」


「まあ、出来なくはないね。結構な細工が必要になるけど不可能ではない。

事実、現職の政治家で彼女の存在を把握してるのは石動総理ぐらいのようだし」


 総理大臣のみとは、かなり複雑な背景がありそうだ。

 というか、詩乃はどういう経緯でリタの情報を得たのか。

 そこらの疑問をぶつけてみると、


「私が神崎さんに化けて総理の執務室で仕事してる時に例のお爺さんが訪ねて来たんだよ」

「ちゃんと仕事をしてるのが地味に笑えるんだけど……っていうか神崎?」

「威吹が知ってる神崎さんだよ」

「……殺したりはしてないよね?」

「してないしてない。威吹が恩を感じてる人だし、ちゃんと配慮はしてあるよ」


 元家族との縁を切るために動いてくれた。

 取引の結果だとは理解しているが、それでも威吹は神崎に恩を感じていた。


「話を戻すけど、お爺さんが訪ねて来てね総理に色々要求したの。

まあ、総理は全部つっぱねて追い返したけどね。

で、その後流れで色々説明してもらったんだけど……中々面白い話を聞けたよ。

お爺さんが何を考えているのかとか、色々とね――知りたい?」


「…………いや、遠慮しとく」


 好奇心をそそられるが今聞くべきではない。

 根拠はないが多分、これが正解だ。

 威吹はムクムクと沸き出す好奇心を皆殺しにした。


「そっか。でも、一つだけ。例のお爺さんの後ろ盾――――御堂先生だったんだよね」

「! へえ、それはそれは」


 やはり詳細を聞かなくて正解だったらしい。

 これは面白いことになりそうだと、威吹は心底楽しげに笑った。

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