白夜行④

「はーっ! 歌った歌ったー……や、シノさん歌上手いねえ」

「そうですか? ンフフフ、ありがとうございます」


 喫茶店で軽くお茶を済ませた後、一同は街へと繰り出した。

 特に予定はなかったが、グイグイ引っ張ってくれる潤が居たので困ることはなかった。

 今は四時間ほどカラオケで盛り上がったばかりで、威吹も内心、かなり上機嫌である。


「もう八時前かあ、とりま飯行こうか飯」

「あ、だったら焼き肉行かない焼き肉。俺、久しぶりにガッツリ内臓食べたいんだけど」

「まあ待ちなさいよ。亮とシノさんの意見も聞こうや」


 と二人に視線を向ける潤であったが、


「ごめん。僕、用事があるからさ。ここで抜けさせてもらうよ」

「……お、おう……そっか」

「威吹、また連絡してよ。休み中、予定が合えばまた遊ぼう」

「りょーかい。それじゃあ、気をつけて」

「うん、ありがとう」


 軽やかな足取りで去って行く亮を、潤は複雑な顔で見送っていた。


「っと、それより飯だな飯。シノさん、何かリクある?」


 亮の姿が雑踏の向こうに消えて行ったところで、

 再起動を果たした潤は誤魔化すように明るい声を出すが不自然さは拭えない。


(しゃーない)


 助け舟を出すとしよう。


「……先、帰ってろ」

「え? 何? 急に?」

「良いから。ほら、これ鍵」


 詩乃なら別に鍵などなくても出入り出来るがポーズは必要だ。


「頼むよ」

「……んもう、貸し一つだからね?」


 唇を尖らせながらも詩乃は了承した。


「それじゃあ武田さん、今日はありがとうございました! とても楽しかったです♪」

「あ、ああ。それじゃあ、また」

「はい!」


 手を振りながら亮とは反対方向へと去って行った。

 まあ、本当に帰ったかどうかは分からないが。


(面白そうだからコッソリ……なんて、十分あり得ると思う)


 むしろ素直に帰る方が気持ち悪いぐらいだ。


「威吹……その、悪いな。気を遣わせちゃって」

「良いよ、俺も気になってたからね」


 示し合わせたように街の喧騒から切り離された路地裏へと歩を進める二人。

 落ち着いて話せそうなところまで来たあたりで足を止め威吹は話を切り出した。


「亮の奴、いつからあんな感じになってんの?」


 三月上旬。

 街を出る自分を見送りに来てくれた時、亮に別段変わったところはなかった。

 だからああなったのは自分が幻想世界へ行ってからだろう。


「……わかんねえ。ほら、俺と亮は高校別々だろ?

どっちも忙しくて三月の終わりぐらいから四月の半ばぐらいまで直接顔は合わせてなかったんだよ」


「じゃあ……」

「うん、近況報告がてら飯食いに行った時にはもうやつれ始めてた」


 それでも今よりはマシだったがと潤は苦い顔をする。


「俺もさ、何かあったのかって聞いたんだよ。でもアイツ、大丈夫の一点張りで……」

「だろうね」


 今日、亮に現状を問い質さなかったのは空気を読んだからではない。

 問い質したところで真実を得られるとは思っていなかったからだ。


「会う度にやつれてくアイツを見てて、俺もうどうして良いかわかんなくて……」

「うん、気持ちは分かるよ」

「だから昨日、威吹が会おうって言ってくれた時はホント、嬉しくてさ」

「俺のことは良いよ。今は亮のことだ」


 何か心当たりはないのか?

 威吹の問いに潤は少し、躊躇いがちに一つだけと答えた。


「俺も確証はないんだけどさ。今日のこと、覚えてるか?」

「?」

「ほら、喫茶店で注文し終えたあたりでアイツ、シノさんとお前の関係について突っ込んで来たじゃないか」

「……つまりはあれか、女が原因かもしれないって?」

「ああ、悪い女に入れ込んで無理にバイトしてるとか……その……」

「クスリ、とか?」


 潤は無言で頷いた。

 彼の脳内では幾つもの悪い想像が浮かんでいるのだろう。酷い顔色だ。


「もし、もし俺の予想が当たってるなら……止めなきゃ……だって、俺ら友達だもん……」

「そうだね――で、具体的にどうするの?」


 話も終わったしここで解散、とはならないだろう。

 威吹は基本的には潤の指針に従うつもりだ。


「尾けよう」

「尾行? でも、もう結構時間経ってるんだけど……」


 無論、威吹なら所在を割り出すぐらいはやってのける。

 術を使っても良いし、何なら臭いを辿っても構わない。

 が、潤が一緒に居るのでそれらの手段は使えない。

 何か策があるのかと潤を見ると、彼は懐からスマホを取り出した。


「こないだコッソリ、アイツのスマホにアプリを仕込んだんだ」

「アプリ?」

「そう、恋人の場所が分かるってアプリでな。彼氏の浮気を疑う女が使うらしいんだが」

「…………何かちょっと引く」

「う、うるせえ! 友達がヤバイかもしれない時にグダグダ言うんじゃないよ!!」


 亮はアプリの存在に気付いていないようで、所在地は簡単に割れた。


「これ、家に帰ってるのか……?」

「みたいだね。どうする?」

「とりあえず、先回りして張っとこう」


 二人は路地裏を出てタクシーを拾い亮の住まうマンションへと向かった。

 徒歩で帰宅する亮より早く辿り着くと、

 近くの公園に行き彼の家の玄関が見える位置に陣取った。

 そして十数分後。


「……帰って来たな」

「うん」


 帰宅した亮を確認。

 潤の予想が当たっているのなら一度帰宅したのはシャワーを浴びたり着替えをするためだろうか。

 しかし、


「…………出て来ないな」

「うん」


 もう三十分は経過しているのだが亮は出て来ない。

 かと言って誰かが家に訪ねて来るような気配もない。


「どういうことだ……?」

「寝てるんじゃない? 潤の言うように悪い女ならさ。会うのも夜中とかになりそうだし」

「む……言われてみれば」


 女云々は抜きにして眠っているのは確かである。

 威吹は三十分経過した時点で透視を用いて中の様子を確認したのだ。

 そして、亮が自室のベッドで寝入っている姿を確かに見た。


「でも、それなら長丁場になりそうだな。なあ威吹……」

「付き合うよ。俺も気になってるからね」

「……悪いな、帰って来たばっかなのに」

「良いよ、それより長丁場になるならコンビニで何か買っとかない? 俺らご飯もまだだし」

「そうだな、じゃあ俺が買って来るから見張り頼むわ」

「了解」


 小走りで公園を出て行く潤を見送ったところで威吹は天狗と妖狐の血を励起させ、

 妖術と神通力をミックスした結界を公園一帯に張り巡らせた。

 夜の公園でたむろする学生二人。

 今の時間ならまだセーフかもしれないが、長引けば通報される可能性が高いからだ。


「これなら大丈夫だろう」


 現実世界で神秘の業を行使すると酷く”浮く”。

 とはいえ、そこは化かし騙しが売りの性悪狐の手管。

 裏の世界を知る者であっても、生半な力量では結界の存在に気付けはしないだろう。

 そして、それほどの結界なのだ。常人相手であれば言わずもがな。

 通報される心配は皆無である。


「お待たせ! 動きはあったか?」

「ううん」


 そうこうしていると潤が戻って来た。

 急いでいたのか、その息は荒い。

 亮のことが相当気になっているのだろう、あまり余裕がないようだ。

 しかし、今は何を言っても無駄だろう。

 威吹は気付かない振りをして潤が持って来た袋を漁った。


「おにぎりに菓子パンに弁当にって……随分と買い込んだなあ」


「張り込みは体力勝負だからな。俺はまだ部活やってるから良いけど、威吹はな。

運動神経は悪くないけどスタミナあんまないんだし、食ってしっかり力を蓄えておこうぜ」


「ん、了解」


 それから二人は時折飲食を挟みながらも辛抱強く動きを待った。

 一時間、二時間、三時間と、ただただ待ち続けた。


 そして――――


「! おい、威吹……」


 午前一時を過ぎた頃、人目を忍ぶように亮が家を出て行った。

 威吹は尾行を悟られぬようコッソリ術を使い、潤と共にその後を追う。


「こんな時間に……やっぱり俺の予想は……クッソ、当たってて欲しくなかったんだが」

「いやでも待って。亮が向かってるの、繁華街とかではないよね?」


 夜遊びをするのであれば繁華街などに行くはずだ。

 しかし、亮はドンドンと街外れに向かっている。


「言われてみれば……なら、女に貢ぐために危ないバイトをしてるとか」

「それなら人気のない場所に行くのは不思議じゃないけど」


 潤は自分の考えに凝り固まり過ぎだ。

 まだ答えは何一つ明らかになっていないのに、

 彼の中では既に亮はやばい女に誑かされていることになっているらしい。


「…………お化け林?」


 尾行を続けてしばし、街外れにある雑木林へと辿り着く。

 その雑木林は自殺の名所でもあり、それが由来でお化け林と呼ばれている。

 地元ではちょっとした肝試しスポットであり、威吹や潤も一度はここを訪れたことがあった。


「ヤクザ……死体……」

「考えごとも良いけどさ。亮の奴、ドンドン奥に行くみたいだよ」

「! 悪い。進もう」


 鬱蒼とした木々茂る夜の雑木林を進む。

 闇の住人である威吹はともかく、潤にとっては精神的にキツイものがあるのだろう。

 心労を抱えている今なら余計にだ。

 その顔には冷や汗が浮かび、心なしか唇も震えている。


(……いざとなったら暗示かけて家に帰すか)


 そんなことを考えながら潤の後ろを走っていたら、ドンとその身体にぶつかる。

 何だ何だと後ろから顔を出すと、


「……――――は?」

「これは……」


 視線の先、少し大きな木の下に亮が居た。

 が、一人ではない。もう一人、女が居て、楽しげに言葉を交わしている。

 ただ――――その女は半透明だった。


「…………潤? 威吹?」


 談笑していた亮がこちらの存在に気付いた。


「二人とも、何してるんだよ?」


「な、何してるって……お、お前……お前! それはこっちの台詞だよ!!

何だよそれ!? だって……お前……お前……ゆ、ゆう……いやでもそんな……!!」


 混乱の極みにある潤と違い、威吹は冷静だった。


(…………なるほど、アレが原因だったわけね)


 どこか暗い顔をした長い黒髪の十九、二十歳ほどの女性の霊。

 分類としては地縛霊であり――深い恨みを抱いたまま死した悪霊だ。


(亮に害を成す気は一切なさそうだし、事実そうなんだろうが)


 だが彼女は悪霊だ。

 害を成すつもりがなくても、只人が接し続けていれば自然と心身は疲弊していく。

 それでも、ただ言葉を交わしたりするだけでは魂があそこまでボロボロになることはない。

 まず間違いなく、二人は肌を重ねている。

 生きた人間と肉体を失くし悪霊へと成り果てた人間の情交。

 悪霊側にそのつもりがなくとも人間の魂が腐蝕していくのは当然の摂理だ。


(亮が霊能者とかそういうのだったら、また話は変わって来るんだろうが……)


 威吹の表情が次第に苦いものへと変化していく。

 この後に待ち受けるものを察してしまったからだ。

 そりゃ詩乃も”面白い”と評するわけだと威吹は内心で吐き捨てた。


「潤、とりあえず落ち着いて……ね? ほら、威吹を見習ってさ」


「落ち着けるかよ! つか、威吹も何澄まし顔してんだよ?!

……クッソ、予想の斜め上だ。まさか幽霊に取り憑かれてるなんて思いもしなかった!!」


 未だ混乱の最中にあるものの、怒りが上回ったらしい。

 潤は足元に落ちていた太い木の棒を拾い上げ幽霊を睨み付けた。


「お前のせいで……!!」


 駆け出し、殴りかかろうとする潤の肩を威吹が掴む。


「ッ……! 放せよ威吹! アイツが、アイツが亮を……!」

「潤」

「アイツをどうにかしなきゃ亮が……亮が……!!」

「潤」


 少し威を込め、再度名を呼ぶ。

 潤はビクリと身体を震わせ、動きを止めた。


「ほっ……ありがとう、威吹」


 幽霊を庇うように立ち塞がっていた亮が感謝を告げる。


「礼を言うのは早いんじゃない?」


 潤を止めたのは、まだ何一つとして事情を聞いていないからだ。

 事情を聞いて、その上で潤と亮が何を選ぶのか。

 自分は二人の友人としてそれを見届けねばならない。


「話、聞かせてくれるよね?」


 亮は静かに頷き、語り始めた。


「高校入学の一週間ぐらい前だったかな? 僕さ、高校では絶対彼女を作ろうって意気込んでたの」


 それは知っている。

 現実世界を発つ前から散々聞かされていたから。


(それにしても)


 月光に照らされる亮の姿をじっと見つめる。


「でもいきなり付き合うとかは無理でしょ?

まずは友達から始めて、少しずつ距離を縮めて最終的にカレカノにってのが流れじゃん?」


 げっそりとこけた頬。死人のような顔色。

 ただ立っているだけなのにフラフラと、頼りなさげに身体が揺れている。

 どう考えても危険な状態だし、本人にも自覚はあるはずだ。

 なのにその瞳はキラキラと輝き、声色は喜びに満ちている。

 ハッキリ言って異様だ。


「じゃあ距離を縮めるイベントって何があるかな?

そうだ、肝試しとかどうだろう? それで思い出したんだよ。お化け林の存在を。

思い立ったが吉日。夜中だったけど自転車でお化け林に行ったんだ。

ほら、小学生の時に行ったきりで今どうなってるのか全然知らないからさ。下見がてらね?」


 ふっ、と表情が優しげなそれに変わる。

 亮は壊れ物を扱うかのように優しく女幽霊を抱き寄せた。


「――――そこで雪菜さんに出会ったんだ」

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