「この加齢臭漂う羽根は……僧正坊様!」①
コピペ三兄弟の襲撃から数日経ったある日の放課後。
学校付近の商店街にあるミルクホールで、威吹のためのささやかな快気祝いが催されていた。
「今日は私と麻宮の奢りだから好きなものを好きなだけ頼んでも良いんだから!!」
「気持ちはありがたいけど……別に、ここの払いは俺が持つよ?」
学費無料、生活費や遊興費も支給、住居も……手配はされていた。
詩乃が勝手に自分の用意した家に住まわせてしまったので無駄になったが。
ともかく、何から何まで至れり尽くせりの威吹と違い百望や無音は何から何まで普通に自腹だ。
現実世界の通貨がそのまま使えるのでアイドルとして荒稼ぎしていた無音はまだ良い。
しかし百望は普通に親にお金を出してもらっている立場で、贅沢は中々出来ないはずだ。
そんな相手にお金を出させるのは少々心苦しいものがあった。
「威吹の快気祝いじゃん! 威吹が払ったら意味ないよ! ね? ね!?」
「そうよ。というか、変に気を遣わないでちょうだい。私が貧乏人みたいじゃないの」
「貧乏人とは思ってないけど……散財するのはどうなのよ?」
自分はまだ良い。
詩乃が養ってくれているので支給された生活費も遊興費に充てられる。
保護者居るやんけと政府が支給を止めるような様子もないし、お金は貯まる一方だ。
むしろここらでパーッと使って経済活動に貢献すべきだろう。
「散財ってほどではないでしょ。それに、私、バイトしてるからそれなりに懐は温かいのよ」
「それはそれで稼いだバイト代を使わせてるみたいで申し訳ないんだが……」
これ以上、遠慮するのは逆に失礼か。
威吹は小さく溜め息を吐いて、それじゃご馳走になるよと頭を下げた。
「フフン、それで良いのよ」
「っていうかさ! バイトって何してんの?! レジ打ち!? 新聞配達!?」
「あ、それ俺も気になる」
バイトというのは大なり小なりコミュニケーション能力が要求されるもの。
しかし、そこに難がある百望にバイトなど出来るのだろうか?
「そう大したことはしてないわよ? 店に薬を卸してるだけだし」
「…………クスリ」
「…………ハーブ」
「違うわよ! あんたらが想像してる非合法なドラッグじゃなくて傷薬とかそういうのよ!!」
「あ、そう?」
でも何でそんなバイトをしているのか。
というか、薬とかを勝手に作っても問題ないのか? 免許とかそういうの要るんじゃないのか?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう、百望はしょうがないわねと言って説明を始める。
「魔女と薬学は切っても切り離せない関係にあるの。
ほら、よく御伽噺で如何にもな魔女が大鍋をかき混ぜてたりするでしょ?
あれは薬を作ってるのよ。だから私も修行の一環として色々薬を作ってるのよ。
で、その中から師匠が最低水準に達していると判断した物を店に卸してるわけ」
「へえ……」
素直に感心した。
学校の勉強だけでも忙しいのに、その上魔法や薬学までとは。
一人前の魔女になるための修行と言えばそこまでだが、実に勤勉なことだと思う。
「ま、まあ……一応、アンタらが想像するようなヤバイ薬を作ることもあるにはあるけど……」
「あるんかい」
「そ、それも修行の一環なのよ! 外に出したりはしてないんだから!!」
それよりさっさと注文! と誤魔化すように叫ぶ百望。
威吹もこれ以上追求するのは可哀想だし止めておこうとメニューに目を通す。
「無音は何頼むの?」
「牛乳! それと何か肉! 威吹は? 威吹は何にするの?」
「んー……冷たい牛乳と……ん? 何だこれ? シベリア? シベリアって何だよ?」
「さ、さあ? お菓子のところに書いてあるから……多分、お菓子だと思うけど……」
「気になるし、とりあえずこれ頼もう」
各々注文を決め、給仕の女性に伝えたところで威吹はこう切り出した。
「あのさ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」
「何? 聞くよ! おれ、威吹の話すっごい聞くよ!!」
「……今更ながら、飲食店に犬って……まあ良いか。私も聞いてあげるわ! 何でも話しなさい!!」
「ありがとう。俺さ、今日学校に復帰して思ったんだけど」
最初は気のせいだと思った。
だが、時間を経るごとに違和感は酷くなっていった。
これはもう気のせいではない。
間違いなく、
「――――俺、前より浮いてない?」
「「当たり前でしょ」」
「え、何で!?」
元々浮いた存在ではあった。
それは威吹も理解している。
初日から同級生を殺した奴には近付きたくもなかろう。
だが、何故それが更に酷くなったのか。これが分からない。
「あのさ、威吹はぁ……学生のコミュニティってのをちょっと軽く見過ぎだと思う」
威吹はショックを受けていた。
柴犬形態の無音にマジトーンで諭されることが、こんなに屈辱的だなんて思いもしなかった。
「おれやモモちゃんが話したわけじゃないけど、噂、めっちゃ広まってるよ」
「と言っても尾びれ背びれがついた馬鹿みたいな噂だけどね」
「ぐ、具体的にどんな……?」
威吹とて何も考えていなかったわけではないのだ。
紅覇が学校でいきなり我が君とか言い出したら面倒なことになるのは目に見えている。
だから事前に学校では止めろと言い含めていた。
そもそも接点がないし、関わる必要もないと。
もし自分と関わることがあっても先輩として接するようにと言っておいたのだ。
百望と無音も下手に話を広めるような輩ではないし、
これで大丈夫だろうと威吹は高を括っていたのだが……現実は甘くなかった。
「何か、先輩が配下を集めてるとこに殴り込みをかけて先輩を除き皆殺しにしたとか」
「先輩は助かったけど重傷で、だから学校を休んでるとか」
「違う! 事実無根だ!! 何で俺が喧嘩売ったみたいになってんだよ!?」
「「信用度の違い」」
「クッソ! 何も言えねえ……!!」
片や入学初日から同級生をぶち殺すやばい奴。
片や学院の人気者。
どっちが悪者かなんて考えるまでもなかった。
「他にも先輩たちを血祭りにあげてテンションが上がり、その勢いで父親を殺しに行ったとか」
「父親との戦いで半径数十キロメートルが焦土になったとか」
「しゅ、酒呑に関しては……まあ、俺から喧嘩売った形だけど……」
テンション上がってその勢いで殺しに行ったとかそういう事実は一切ない。
それじゃ完全にヤバイ奴だろうと威吹は頭を抱える。
「ごめん、事実を全部知ってるおれから見ても威吹は普通にやばいと思うよ」
「よねえ。事実を誤認してはいても、ヤバイって認識自体は正しいわ」
「と、友達に向かって何て言い草だ!!」
「「友達を巻き添えで殺しかけた男が何か言ってる」」
「や、巻き込んだのは申し訳ないけど……攫われたのは君らが弱いからだし」
「「そういうとこがヤバイんだよ!!」」
などと言っていると注文の品が届いた。
ちなみに好奇心をそそられたシベリアなるお菓子だが、
羊羹をカステラで挟み込んだサンドイッチのようなものだった。
「あ、美味しい」
シベリアに齧りつくと先ほどまでの渋い表情が若干和らいだ。
「というか、威吹、あんた怨まれるのも疎まれるのも大歓迎とか言ってたじゃないのよ」
「それはそうだけど……学校では普通に学生したいって気持ちもあるしぃ?」
「面倒臭い上にワガママ!!」
「でもそれが妖怪って生き物だよね! あ、牛乳美味しいよ!!」
「だな」
ミルクホールだけあって牛乳の質には力を入れているらしい。
シベリアで甘くなった口が良い具合に中和されていく。
「そう言えばさ!」
「んん?」
「酒呑童子と九尾の狐にはもう会ったけど、最後の一人はどんな感じなの!?」
「ああ、僧正坊な。いや、俺も知らん。初日に……多分、顔は見てるんだけどなあ」
酒呑童子と同じように尻尾攻撃からのワープゲート的なあれでどこかに飛ばされたのだろう。
流石にもう戻って来てはいるだろうが、今に至るまで接触はない。
「他二人と違って俺への興味を失くしたのかもな」
僧正坊がどんな人柄をしているのか気にならないではないが、
これ以上おかしな奴が増えても疲れるだけだし、ありがたいっちゃありがたい。
「僧正坊――確か天狗ポリスの長を務めてるのよね?」
「そうなの? というか天狗ポリスって何よ? 何か入学式でもその名前聞いた覚えがあるけど」
「現実世界と交流を始めた頃に僧正坊ら八天狗が組織した警察機構よ。
比較的人間に近い感性と機動力の面から警察組織の任を買って出たみたいね。
と言っても天狗の数にも限りはあるから帝都のような大都市以外には居ないんだけど」
「へえ……って待てよ。他にも同格の天狗が居るのになんで僧正坊が長をやってんだ?」
「ああ、持ち回りでやってたんだけど他の連中は飽きて投げ出したらしいわ。師匠が言ってた」
「押し付けられたんかい」
そこで自分も投げ出さないあたり、存外律儀なのかもしれない。
そう考えると自然、会ってもいないのに好感度が上がっていく。
「みたいね。あと、会いに来れないのは威吹に興味を失くしたからとかじゃないと思うわよ」
「と言うと?」
「新聞ぐらい読みなさいな。最近、他所の国の人外が日本に多く流れて来てるらしいのよ」
「ほう……で、それが?」
「国際色豊かになるのは良いことだよね!」
男二人の反応に百望はあからさまに溜め息を吐いてみせた。
「……こっちの世界に来るんなら常識の範囲に収まる知識は持っておきなさいよ」
「そんなこと言いつつも教えてくれるんでしょ!? だからモモちゃん好きー!!」
「私は好きじゃない」
マジトーンだった。
素を知ってマシになったが、好意を抱くほどではないらしい。
やはりアイドルという職業がいけないのだろうか……。
「それはさておき、人外の連中はね。基本的に自分の領域からは出ないものなのよ」
うちの母さん、三国に御迷惑をおかけしてるんですが。
と思ったが話の腰を折るのも何なので腹の中に仕舞い込む。
「動いても精々が同じ国の中だけで、他国に渡るのは珍しい例なの。
争いに敗れて已むに已まれず、なんて例で渡って来る奴らはこれまでも居たんだけど」
「けど?」
「最近、増えてる連中は数も多過ぎるし出身国もバラバラだしで、そういう理由じゃなさそうなの」
「ほう」
「で、そいつらが悪さしてるから天狗ポリスも色々忙しいのよ」
「成るほどねえ。こないだ俺に喧嘩売って来た吸血鬼も、そういう輩だったわけか」
コピペ三兄弟を思い出し、少ししんみりとした気持ちになる。
殺しておいて何だが、威吹は彼らのことが嫌いではなかった。
短い時間だったが、あの妙な賑やかし感が癖になってしまったのだ。
「…………あなた、荒事に巻き込まれ過ぎじゃない?」
「そういう星の下に生まれたんだろ」
残りのシベリアを放り込み、牛乳で押し流す。
美味しかったが、まだ足りない。
(サンドイッチ……だけじゃ駄目だな。ハヤシライスとコーンスープ……あ、ピラフも美味しそう)
最近、どうしてか無性に腹が減る。
昼に結構な量の弁当を平らげたのだが、夜までもちそうにない。
友人の好意に甘えさせてもらおうと威吹は遠慮なく注文を繰り出す。
ちらりと顔色を窺ってみたが、どちらも気にしていないようなので一安心だ。
「そう言えばさ。そろそろGWだけど威吹とモモちゃんはどうするの?」
「そりゃ帰省するわよ。こんな世界じゃ気が休まらないもの。
GW終わったら後、二ヶ月は長期の休みがないのよ?
GW期間中に心をしっかり癒しておかないと死ぬわ。私、死んじゃうんだから」
目がマジだった。
「威吹は? ちなみにおれは事務所とちょっと色々あるから帰るつもりだけど」
「んー……俺はなあ……別に現実に行っても良いんだが……」
久しぶりに文明社会の中で羽根を休めたいという気持ちはある。
だが、あちらの世界に行くとなるとでっけえウンコが二つほどくっついて来る可能性が大なのだ。
それを考えると威吹としては気軽に決めることは出来ない。
「新刊は紙媒体なら有名なのはこっちでも買えるけどゲームなんかは……むむむ」
どうしたものかと頭を悩ませていると突如窓ガラスが割れて何かが飛来し、
窓側の席に座っていた威吹の側頭部にザクー! と綺麗に突き刺さった。
「……」
威吹は真顔で側頭部に突き刺さっていた何かを抜き取り、じっと睨み付ける。
それは硬質化した鳥の羽根っぽい何かだった。
恐らくは化け物由来のものだろう。
普通の鳥の羽根が人間の頭に突き刺さるわけがないのだから。
「あ、あの……威吹? 威吹さん?
その、傷口からまろび出てるんだけど……NO! SHOW! 的なものが……」
「美味しそう……ジュルリ」
「涎を垂らすんじゃないわよ馬鹿犬!!」
静かな憩いの時を。
店側が客のために張っていた遮音結界のせいで気付かなかったが、外がやけに騒がしい。
悲鳴や爆音などがひっきりなしに聞こえてくる。
「……」
ギギ、とブリキの玩具のように首だけを外に向ける威吹。
が、タイミングが最悪だった。
威吹が横を向いた瞬間、割れた窓から火炎が吹き込んできたのだ。
ちなみに百望と無音は羽根の時点でヤバイと判断し距離を取っていたので無事である。
他の客もそう。被害に遭ったのは威吹だけ。
なまじっか強過ぎるだけに、よっぽどの攻撃でないと警戒心を煽られないのが仇になったのだ。
「…………注文が届くまでの間、ちょっと散歩してくるわ」
「「アッハイ」」
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