夜遊び③

「ところでさ。旦那とか姐さんとか言われてるけど二人は劉備とどうやって知り合ったわけ?」


 ツマミとして出されたヤモリの姿揚げをパクつきつつ気になっていたことを問う。


「ん? この店に酒卸してんだよ、俺、俺ってか俺の会社。それ絡みでだな」

「ああ……そういや酒造やってんだっけ」


 趣味が高じて事業に手を出す。

 それだけなら大抵は失敗しそうなものだが酒呑童子は営利目的でやっているわけではない。

 商売は二の次三の次で一番の目的は自分のため。

 自分が美味しい酒を飲むために必要な探求の場として酒蔵を造ったのだ。

 良い御身分だなと威吹は酒呑童子を見つめるが当人はカラカラ笑うだけ。


「劉備、やっぱ酒呑の酒は評判良いの?」

「そりゃな。威吹の兄さんはちょっと誤解してるみてえだが、旦那の舌と感性はすげえぞ?」

「……そうなの?」

「さぁな。俺は俺が美味いと思う酒を造らせてるだけだしなあ」


 グビグビと美味そうに酒を呷る酒呑童子。

 アルコールを摂取している時は、本当に幸せそうだ。


「あんまり褒めたくはないけど、こと酒精って意味ではその男は凄いよ」

「母さんをしてか……具体的にどう凄いんだ?」

「例えば良いものを食べ、良いものを飲んで舌が肥えてる人間が居たとしてさ」


 ふむふむと頷く。


「その人が大衆に受けるチープな駄菓子の企画に混ざって役に立つと思う?」

「それは……微妙だな」


 舌が肥えているということは味覚や感性が洗練されているということだ。

 だが、それが逆に足を引っ張る可能性がある。

 そう答えると詩乃はうんうんと頷き、続きを話し始めた。


「良い物ばかり食べてるからね、大衆が好むチープな味ってのが分からない。

より正確にはそれを感じる舌や感性が未発達って言うべきかな。

だからさして役には立たないと思う。

高級レストランで出す新メニューの企画で……とかなら役に立つだろうけどね」


 なら一流も二流も三流も問わず、美味いものを食べ続ければ全方位に対応できる舌を持てるのか。

 これも否。ある程度は、万能の舌を得られるかもしれない。

 だが、やはり偏りは出る。

 一流の強さに押し流されるのが大半だろう。

 普遍的なものではない個人的な感性で二流、三流に偏ることもあるかもしれない。

 それが普通なのだと詩乃は言う。


「でもね、このアル中は違うんだよ。お酒という分野に限っては万能の舌を持ってるの」

「…………マジで?」

「いや、俺に聞かれても」

「アンタの話してんだろ」


 酒呑童子はどこまでの他人事だ。

 というか、この様子を見るに本当に自覚がないのだろう。


「まあ、コイツに自覚はないだろうね。美味いかそうでないかぐらいしか考えてないもの。

で、その才覚を上手く利用して手広く利益を上げさせてるのが茨木童子。

舌だけは確かだから、的確に各層に受ける酒を開発出来るんだよね」


「茨木すげえな」


 社長のお仕事は酒を飲んで感想を言うだけです。

 その他の一切は全て茨木副社長のお仕事です。

 辛い? 苦しい? 勘弁してくれよ酒呑……社長は弱音や泣き言を聞く気はありません。


「兄さんも酒を買うなら旦那んとこで買うと良いぜ。どの値段帯でもハズレがねえからな」

「うん……まあ、覚えとくよ」


 話が随分広まってしまったが、酒呑童子との関係については納得できた。

 酒造会社を経営しているのだし、言われてみればそう不思議なことでもない。

 だが、詩乃とは?

 一体どういう切っ掛けで接点を持ったのかまるで想像がつかない。

 威吹がそう首を傾げていると、簡単だよと詩乃は笑い答えを告げる。


「女の子の紹介と指導」

「ああ……うん……」


 こちらも言われてみれば納得だった。

 紹介の方はともかく、指導。これに関しては打ってつけだろう。

 男の財布から金を毟り取る女を育てたいのなら詩乃以上の者は中々居ないはずだ。

 だが、


「………………劉備、アンタ、よく母さんに頼もうと思ったね」


 適格な人材ではある。

 だが、だからと言って普通九尾の狐相手にコンパニオンの指導を頼むか?

 真っ当な神経をしていたらまず、頼まないだろう。


「いやいや兄さん、考えてもみてくれよ。傾国の女だぜ? そりゃ頼むだろうよぃ」

「傾国の女だからだよ」


 怖くなかったのか? 不安じゃなかったのか?

 そう威吹が問うと、そりゃ当然だと劉備は頷く。


「だが、それらを呑み込むだけの価値はある。

従業員の質の向上に加え、上手くやりゃあ九尾の狐とも縁を結べるんだ。

だったらもう、やるっきゃねえだろ。ここで賭け金をケチっちゃあいけねえ、いけねえよ」


 呵呵大笑する劉備。

 人外の存在とはまた違う意味で、螺子の外れた男だ。


「というか、母さんもよく引き受けたね」

「面白そうだったからね。指導が、じゃなくてこの男が」

「ああ……」


 納得である。


「後はまあ、地味に親近感もあったから」

「「「親近感?」」」


 思わず三人、声が揃ってしまう。

 当事者である劉備もそこらの理由は初耳らしく目を丸くしている。


「威吹、考えてみて。もしも後漢末期にこの男が居なかったらどうなってたと思う?」

「どうって……ああうん、順当に曹操か袁紹が天下を獲ってたわ」

「でしょ? 劉備が居たからあの時代はグッダグダになったと言っても過言じゃないと思う」


 三国時代のグダグダも酷いが、その後も酷い。

 五胡十六国時代とかもう、目も当てられない。


「感じない? 疫病神のオーラを」

「めっちゃ感じる」


 しかも何が酷いって大陸を好き勝手に荒らし回った劉備が寝台の上で死んだことだ。

 戦場で討たれていれば被害者の方々も少しは溜飲が下がっただろう。

 なのに病とはいえ布団の中で死んだのだ。勝ち逃げ感が酷い。


「いやいやいやいや、おいらぁ別に大したことはしてねえよ。

おいらが上手くやれたのは全部兄弟や孔明先生のお陰だもんよ」


「関張はともかくヒッキーを引き摺りだしたのはアンタだろ」


 三顧の礼などという美談に騙されてはいけない。


「ま、そういう理由もあって関わることにしたの。

ああでも、男と女って意味ではないからね? そこんとこ誤解しないでね?」


「はいはい」


 などとテキトーに受け流していると、


「旦那、そろそろ時間だぜ」

「ん? おお、そうかそうか。そいじゃあ、行くか」


 むんず、と酒呑童子が威吹を引っ張りあげる。


「帰るの?」

「いや違う。俺の好きな見世物の時間なんだよ」


 子猫のように首根っこを掴まれたまま扉を潜ると、

 どういう理屈かそこは廊下ではなくコロッセオのような場所だった。

 目を白黒させる威吹だったが、よくよく考えなくてもここはオカルトが幅を利かせる世界だ。

 これぐらいの不思議現象に驚いていてはやってはいけぬと思い直す。


「見ての通り、ここは闘技場だ。

妖怪対妖怪。人間対妖怪……色んな組み合わせで色んな戦いが見られる」


「ふぅん」


 気のない相槌。ぶっちゃけ興味がないのだ。

 酒呑童子は鬼なので血沸き肉躍る闘争を好んでいるのだろうが、

 ハーフ以下の威吹にその手の欲求は皆無だった。

 詩乃も威吹と同じく興味はないようでぼんやりと虚空を見つめている。


「今日はな、俺の……そう、いわゆる”推し”の戦士が出るんだ」

「それを俺に見せたいと」

「おう。すげえぜ、あの人間は」


 人間、という言葉に威吹の眉がピクリと反応する。


「……興味が沸いたか?」

「そりゃね」


 人間で、しかも酒呑童子が”推し”と称するような者だ。

 多少ならずとも興味を惹かれるのは当然だろう。


「じゃあ詳しい説明はしねえ。見て、楽しめ」

「……そうさせてもらうよ」


 どっしりと席に腰掛け、ラムネ瓶片手にリングを見つめる。

 すると、両サイドの通路から選手が現れた。

 一人は――いや、一匹は言わずとしれた妖怪の代表格、鬼。

 体格だけを見れば人に化けている酒呑童子の二倍はある。


 まあ、ぶっちゃけこちらはどうでも良い。


 威吹の目を引いたのは二人目、人間の少女だ。

 短く切り揃えた髪、無機質な瞳。

 着ている衣服が軍服だというのも相まって戦闘マシーンのような印象を受ける。


「酒呑、あの子?」

「……いや違う。つか、これはまだ前座だよ。だが……うん、お前がそう言うのも分かる」


 興味深そうな視線を向けているのは威吹と酒呑童子だけではない。

 詩乃や劉備も同じような目をしている。


「劉備、あの子は?」

「いや知らねえ。これの運営は部下にやらせてるからなぁ」


 ならばと選手紹介のアナウンスに耳を傾ける。

 が、やはりロクな情報は得られなかった。

 分かったのは売られたとかそういうのではなく、自らの意思で試合にエントリーしたということ。

 リタという名前であること、そして今日が初出場だということぐらいだ。


 観客は少女の陵辱を期待して下卑た歓声を上げているが、


「御三方、賭けるならどっちだい?」

「あの子だよ」

「リタちゃんだね」

「あのガキだろ」

「だよなあ」


 さもありなんといった表情の劉備。

 だが、大多数の者らはそうではない。

 それは彼らに見る目がないから、というわけではないだろう。

 現に威吹もリタが強いかどうかは分かっていない。

 ただ、得体の知れなさを感じているだけなのだから。


「「「「……」」」」


 四人が見守る中、戦いが始まった。

 種族の気性そのままに猛攻を仕掛ける鬼に対し、リタは受身。

 防御、回避に徹していた。

 防戦一方で攻めあぐねているように見えるが、分かる者には分かるはずだ。


「……戦いじゃねえな、これ」


 酒呑童子の言葉に三人が頷く。

 そう、あれは互いが互いをぶつけ合う戦いではない。

 一方的に鍛錬だ。

 リタにとって鬼は動く的と同じ。

 回避の練習、防御の練習に利用されている。

 後もう何度か繰り返したら終わるだろうというのが四人の共通見解だった。


(……駄目だ、我慢できそうにない)


 リタがどういう存在なのかはもう理解した。

 理解したから、出来てしまったから、疼きが止まらない。

 薄いというだけで妖怪ゆえの衝動は自分にもあったようだ。


「劉備、上手いことやってくれ」

「あん?」


 威吹がそう告げてリングに躍り出たのはリタが鬼を真っ二つにしたのとほぼ同じタイミングだった。


「やあ」

「……」


 突如、乱入してきた威吹に対しても無機質なリタ。

 戦闘機械という印象そのままのリアクションに思わず威吹は笑ってしまう。

 さて、どう引き止めたものかと考えていると……。


《《いよぅ! お前さんら、ちゃんと目に焼きついたかい!? リタちゃんの実力を!!

もう察してる奴も居るかもしれねえが、そう! その子はおいらの肝煎りの選手なのさ!!》》


 拡声器を通したような劉備の声が響き渡り、場内がどよめく。

 リタは……少し、困惑していた。


《《鬼のあんちゃんには悪いことをしちまったが、十分分かったんじゃねえか?

リタちゃんが底知れない力を秘めたとんでもねえ退魔師だってよぉ!!

そして、ああ、だからこそ良い組み合わせになると思うんだよなあ!!》》


 場内が一瞬にして闇に閉ざされたかと思うと、パッと一筋の光が降り注いだ。

 スポットを浴びているのは威吹だ。


《《この兄さん、既に知っている者も居ると思うが、ああ、かなりつええんだわ。

だが、ただ強いだけじゃあねえ。その身に流るる血も特級品なのよォ!!

酒呑童子、僧正坊、九尾の狐、大妖怪三匹の血を宿し、

それに相応しい……いやさ、凌駕しかねない可能性を秘めた闇の落とし子》》


 よくもまあ、口が回るものだ。

 上手くやってくれとは言ったが、こうもアドリブをかませるのか。

 威吹は感心しつつも少し呆れていた。


《《この二人はいわば次代の光と闇の代表――見たくねえか? 見たいよなあ?

おいらァ、見てぇ! つーわけでスペシャルマッチだ馬鹿野郎!!!!》》


 ちらりと、威吹はリタが出て来た通路に視線をやる。

 リタもまた同じ方向を見ていた。

 通路の入り口付近には闇に溶け込むように一人の老翁が佇んでいた。

 翁は瞑目したまま小さく頷いた。

 それを受けリタもまた小さく頷き、威吹に向き直る。



 再度、場内に光が灯る。


開始はじめ


 ドォン! と銅鑼の音が鳴り響いた。

 試合開始の合図を受けた威吹はリタに変化し、同じ構えを取った。


「……?」

「……?」


 リタと威吹が同時に小首を傾げる。

 リタは明らかに困惑している、威吹の意図がまるで分からないから。

 ただ、このままでは盛大に何も始まらない。

 それだけは理解できたのだろう。刀を抜き放ち、斬りかかった。


「!」

「!」


 無数のフェイントを織り交ぜてからの下方からの切り上げ。

 威吹はそれに合わせるように上方からの斬撃を繰り出した。

 甲高い音が鳴り響き、微かな拮抗の後、二人は同時に飛びのいた。

 その距離まで同じなのだから芸が細かい。


「……ッッ」

「……ッッ」


 微かに苦い顔をしたが、直ぐに表情を消してリタは再度攻勢に。

 しかし、やはり同じだった。

 斬撃には斬撃を合わせられ、術には同じ術を合わされ相殺。

 傍から見れば鏡合わせの一人遊びにしか見えない、奇妙な攻防が繰り返されている。


 さて、何故威吹にこのような芸当が出来るのかと疑問を抱く者も居るだろう。

 答えは簡単。威吹は今、二つの血を用いて戦っているのだ。

 一つは妖狐、一つは天狗。比率としては三:七ぐらいか。

 鬼のフィジカルに任せたそれではない、技や術に比重を置いた形態である。

 かつて牛若丸と名乗っていた九郎義経に剣術を教えたのは僧正坊だ。

 その血を利用しているのだ、剣術ぐらいはどうとでもなる。

 術に関しては言わずもがな。妖狐と天狗だ。

 この形態であれば未熟な小娘一人の模倣ぐらいは容易にやってのける。


「……ひひ、あ、あの人間……遊ばれてらぁ!!」

「いやいや、未来の大妖怪様も随分、性格が悪い」


 場内で嘲笑が巻き起こる。

 威吹の意図を理解しているのは、少数のようだ。


(やっぱり、そうだ)


 確信を得た。

 そして、確信を得た以上、この茶番を続ける意味はない。

 威吹は今、リタに出来る範疇から逸せぬままリタを出し抜き喉元に刃を突きつけた。


 


 劉備のアナウンスを聞き流しながら威吹は変化を解除し、リタに歩み寄った。


「俺は今のアンタの実力を寸分違わず再現して戦った」

「……」

「なのに、何故負けたと思う? 何故、出し抜かれたと思う?」


 威吹はトントン、と自らの胸を指で叩いてみせた。


「”ココ”の問題だ」


 更に歩み寄る。


「更に強さを求めるなら」


 互いの吐息を感じるような距離まで近付き、耳元で囁く。


「……――――」

「ッ!?」

「ンフフフ」


 困惑、驚愕、伝わる感情を飴玉のように舌で転がしながら威吹は笑った。


「枷を外すかどうか、その選択はアンタのものだ」


 そう告げて、振り返ることもなく威吹はその場を後にする。

 観客席に戻ると、予想通り詩乃が不機嫌な顔をしていた。


「…………随分、楽しそうだったねえ。妬けちゃうなあ、妬いちゃうなあ。

やっぱり若い子が好きなのかな? あーあ、お母さん、泣きそうだよ」


 七面倒だが、放置するのもちょっと問題がありそうだ。

 威吹はやれやれと思いつつも、フォローに入る。


「母さんの血がね、疼いたんだよ。ああいうのを見ると……ね?」

「! ンフフフ、悪い子なんだぁ♪」


 これ以上は餌を与え過ぎになる、これで十分だろう。

 向こうもそういう意図は察しているだろうが察した上で乗っている。

 乗って、上機嫌になっている。

 つくづく面倒なヒトだと考えていると、


「むすー」

「おい止めろ酔っ払い、オッサンのそういうリアクションは視覚の暴力だから」










ちょっとした解説その①


妖怪化すると角や尻尾だったりの妖怪的な特徴以外にも容姿の変化が現れます

酒呑童子の血なら身長が伸びたり筋肉が増えたりと男性的な変化が。

九尾の狐の血なら線が細くなり色気だとか愛らしさだとかの女性的な変化が。

と言っても性別は術を使わない限りは変化しないので妖しい美少年的な雰囲気になる程度です。

僧正坊の血については目立った変化はありません。元の威吹に限りなく近いままです。

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