序章
「
露店の前を通り過ぎようとした
今の睡蓮は簡素な作りだが質のよい衣服を着て、後頭部の高い位置で長い
「すごく綺麗な色ね。でも、ごめんなさい、今手持ちがないの」
お金がないと断ると、「それならまた今度寄ってくれ」と言われ、睡蓮は「……そうね」と
王宮に着くとすんなりと中に通され、いつも彼を待つ露台に案内された。先ほどまで歩いてきた通りを
いつ来てもこの国は活気と笑顔であふれている。そんな街並みを一望しながら彼を待つこの時間を睡蓮はことのほか気に入っていた。
ふと思い
──こんな国を作れる彼ならば、
「相変わらず、調子外れな鼻歌だな」
不意に後ろからかけられた声に、睡蓮は
「
振り返ると、待ち人である男、紫苑が露台に入ってくるところだった。背が高く、体格がよい。黒色の髪は短く、名前と同じ
「調子外れは余計なんだけど。紫苑、これ、何の歌か知ってる?」
「元を知っていたとしても、睡蓮を一度
「知らないなら知らないって言いなさいよ」
からかうような言葉に、一言余計と
軽く
「で、何の歌なんだ」
「表通りを歩いていて聞いたの。他国の商人が多い通りだったから……
「へえ。じゃあ、俺は聞き
視察と
そんな紫苑が王だからこそ、恒月国は物見
「今度、何の歌か確かめるために
え? と思わず睡蓮は声を漏らした。紫苑はどうだと首を
「在位千年の式典が近いだろう?」
睡蓮が、ここ恒月国の
神に選ばれた王は不老の身を
「ああ、そうだったわね」
式典の話が出るのは予想していたため、思いのほか自然に相づちを打ててほっとする。
紫苑はその反応に、
「おい、まさか忘れてたとか言うなよ?」
「やっぱり来るの?」
「当たり前だろ。睡蓮には即位してからずっと世話になっているからな」
当然のように「待ってろよ」と紫苑が笑ったから、睡蓮も目を細め微笑んで「待ってる」と言葉を返した。その後も
──ごめんね、紫苑。初めてあなたに
そして、在位千年の記念日に至る三日前、睡蓮は西燕国の自室で一人の男と向き合っていた。神に仕える
「本当にこのまま、よろしいのですね?」
「……うん、いいの」
綺麗な顔に無表情を
「蛍火。千年間支えてくれてありがとう」
きっと、彼がいなければこんなに長く王として立ち続けることはできなかっただろう。蛍火には本当にいくら感謝しても足りない。
「……今一度、人生を与えられたとするなら、あなたはどう生きたいと望みますか」
そんなことを聞いて、どうすると言うのか。
死んだ人間は神の手により
睡蓮は
「
もうこんな苦しい思いは
蛍火が感情の読み取れない静かな声で、「そうですか……」と言った。
それで今度こそ最後だった。蛍火が無言で、白い刃の先を睡蓮に向ける。
「さようなら」
睡蓮は、目の前にいる男と遠く
「わたしの時代はもう終わり」
太古の昔、地上
あるとき、神は大地をいくつもの国に分け、それぞれに人間の王を立てた。やがて国々には人間が作った身分ができたが、神は身分によらず王を選び、選ばれた王には神から不老性と『神秘の力』と呼ばれる特別な力が与えられた。治世が長くなるほど増すその力は、使い方を心得ると瞬時の移動を可能にし、大地を豊かにすることができた。
神は王を選ぶが、選ばれた王が認められるかは民の判断に
国を良く治める王はまさに神のように
神から人間へ大地の統治が移り、
彼女は西燕国本来の
しかしその女王は、在位千年に至る直前、王位の返上を神に認められ自害したと言われている。
彼女の死後、王の
『西燕国千年王記』
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