暇つぶしで参加したバトロワで天敵と対峙します災

第56話 暇つぶし バトロワへの誘い

 その日、俺たちはかつてないほどグダグダだった。


「「……」」


 俺が畳の上で仰向けに寝転がり、その上にギンコが猫のように俺の腕の隙間を縫って侵入し、俺の上で微睡んでいた。


 何でかと言うと、やることがなかったからだ。


 いつも俺は、基本的に暇な日はダンジョンを走る。それ以外は何か用事がある日ということで、その用事に一日を費やす。例を上げるとするなら、ギンコとのデートとかその辺りだ。


 で、今日である。つまりは、今の拠点の話。元々は家の中にダンジョンがある、というのの珍しさにつられて来た場所だったが、問題は一度しか入れないという点。


 要するに、この辺には他に、行けそうなダンジョンがもうなかったのだ。


 もっと言うならギンコが行きたがるデートスポット的なのもなかった。


「……」


 俺はマジでやることがなかったので、ぼーっとARディスプレイから他のRDAプレイヤーの動画配信を垂れ流しにしつつ、ギンコの尻尾をモフモフする。


「うにゅ……」


 ギンコもかなりやる気がないと見えて、何となく俺の手に尻尾を絡ませてくる。だがそもそもギンコの尻尾は一つ一つがだいぶ太いというか、中々のモフモフっぷりなので、何かもう俺がモフってるのが俺がモフられてるのか分からなくなってくる。


 動画をぼーっと眺めながら、俺は呟いた。


「……暇だなぁ」


「……ふふ……。こんな日があってもよかろ……」


 いかにも寝るか寝ないか、というぼんやりとした声で、ギンコは言う。俺は手から力を抜くと尻尾にわさわさされ始めたので、モフられていたのは俺だったと気づく。


 動画では配信者が、膨大な量の魔法をダンジョンの奥の方に向けて撃ちだしていた。


 『魔女っ子☆ミルキィちゃんねる』は、超大型魔女帽を被った魔女っ子ミルキィちゃん(25)が、もっぱらRDA配信するチャンネルだ。


 このミルキィちゃんという人はRDA界隈でもDさんに並んで紹介されるほどの傑物で、その魔法のすさまじさたるや自称魔女っ子ではカバーしきれないほど。


 結果、本人の想いとは裏腹に、『大魔法使い』などという何ともシンプルかつ強そうな二つ名で呼ばれている。


 外見自体は小柄で、50cmもある大きな魔女帽子に黒い外套と、中々に魔女っ子らしい姿なのだが、いかんせん魔法がえげつなさすぎるのが良くなかった。


 いいや良いのだが。人気の一つではあるのだが、魔女っ子ではなかった。


『み~んな~! これからっ、ボクはここのダンジョンをRDAしていくよ! 応援してね☆』


 違う配信に移り、冒頭の挨拶だ。直後大量のコメントが付く。


『大魔法使いさん! 今日も頑張ってください!』『大魔法使いさんならレコードもいけるよ!』『魔女っ子ミルキィちゃん(25)』『25歳で「ボク」はヤバい』


『応援ありがとね~……☆ でも大魔法使いさんじゃなくて、もっと気さくに、ミルキィちゃんって呼んでほし、ちょっと。今(25)って書いたの誰! っていうか一人称ボクはヤバい? ヤバくないでしょ可愛いでしょちょっと!』


『アラサーなんだし大人しく大魔法使いを受け入れろ』


『あ! アラサーって言った! アラサーだけは言っちゃダメじゃん! それだけは言っちゃダメじゃん!』


 こんな具合に無限に視聴者と殴り合いつつダンジョン最寄り駅からダンジョン入口までを歩くミルキィちゃん。俺はダンジョンの入り口から配信を開始することが多いが、ミルキィちゃんは事情が違う。


 何故なら。


『ふ~。ということで、配信開始一時間して、やっとダンジョンまで到着したね! じゃあ、これからRDAを始めていくよ~☆』


 エイエイオー! とミルキィちゃんは可愛らしく拳を掲げる。それから、RDA協会のホモ会長語録をセットしつつ、ダンジョンの鉄扉が開くのを待ち、電音声でカウント。


『3、2、1、……「はい、よーいスタート」』


『いっけぇえええ! ミルキィ☆シューティングスター!』


 ミルキィちゃんは携えた身長以上のサイズの杖をダンジョンの入り口に向け、何かものすごい光線みたいな魔法を射出した。射出したっていうか流し込んだ。さながら、アリの巣の入り口にホースをつないで蛇口をひねるかのように。


 わきあがるのはダンジョンモンスターたちの無数の悲鳴。だがそれさえも瞬時に魔法が塗りつぶしていく。


 そしてボスの死を感知して、タイマーが止まった。5.284秒。過去のコメントが『嘘だろ』『ヤバすぎるwwwww』『流石大魔法使いさん!』『いやこれRDAの歴史でも最速レコードなんじゃね……?』とざわめいている。


『ということで~、ボク、世界最速ぅ! みんな~! 面白いと思ってくれたなら、チャンネル登録、高評価、ベルマークも忘れずにね☆』


 〆の挨拶も忘れずに、大魔法使いミルキィちゃんは配信を閉じた。いやー、どこでこんなえげつない魔法を覚えてくるのだろうか。


 俺にはできない攻略法だ。普通のダンジョンではDさんにも大魔法使いミルキィちゃんにも敵わないだろう。


「ギンコ……」


「んん~……? 何じゃ、コメオ……」


「俺、何で壁抜けしたりすべてを焼き尽くすような魔法を使えないんだろうな……」


「それはな……、コメオ以外が概念抽出魔法をろくに扱えないのと同じじゃ……」


 ギンコの言葉に、俺は何となく分かった。


「つまり、本人からは他に人が出来ない理由が分かんないし、他の人からは本人が出来る理由が分からないのと同じってことか」


「誰も何も分からぬ……。何も……」


 あまりに生産性のない会話だが、グダグダしている俺たちとしてはちょうどいい。ギンコは俺の胸のあたりに顔をこすりつけるように身じろぎをし、俺は無限にギンコの尻尾に手をモフられている。


 と、そんな風にだらけていると、通知が来た。


『コメオ先輩、バトロワに行きませんか?🐑🐑🐑』


 無意味に羊の絵文字が付いたメッセージは、ねむのものだった。ねむ。以前バトロワで俺がボコっては夢オチ化されるという謎の攻防を繰り広げた、悪夢の魔法の使い手だ。


 俺は何度かまばたきをしてから、こう返信する。


『今すっげーだらけたい気分なんだけど、行かなきゃダメ?』


『用事なら譲りますけどだらけたいだけなら来てください。一通り終わったらあたしの魔法でだらける時間用意してもいいので』


『えー』


 敵が強くなきゃ乗らないなぁ。


『ちなみにそのマッチ、七芒星ヘプタグラムマッチですよ🐑🐑』


『行く⚔』


 即答である。七芒星ヘプタグラム相手なら行かない理由がない。


 誰だろ。一人で百体超えるモンスターを召喚できる『百連ガチャ』さんとか、時間を止められる『定時の人』さんとかだったら面白いな。


『本当にコメオ先輩って歯ごたえ重視なんですね……。分かりました。じゃあ諸々手続きしておくので、現地集合してもらっていいですか?』


『どこよ現地』


『茨城の~』


 詳細を聞く。元々茨城に来てることは雑談で伝えてあったが、ちゃんとそれを考慮に入れた上で誘ってくれたらしい。涙ぐましい後輩や……。


『それでお楽しみの……敵は誰だ!?!?!?!?!??』


『うるさ🐑 大魔法使いさんですよ』


『えっ、マジ?』


 今動画見てたんだけど。って言うかそうか。大魔法使いさんことミルキィちゃんって七芒星ヘプタグラムでもあったな。RDAプレイヤーとしての印象が強かったから忘れてた。


 七芒星ヘプタグラム、というのは、バトロワでもトップに強いとされる七つのチームのことだ。バトロワという枠組みは実力の差が出過ぎる。その中でもとくに強すぎた七チームを隔離して、王冠めいた扱いとしたのが七芒星ヘプタグラムなのだ。


 だから七芒星ヘプタグラムとは、七芒星ヘプタグラムマッチでしか戦えない。七芒星ヘプタグラムが主催する、七芒星ヘプタグラムへの挑戦マッチ。それが七芒星ヘプタグラムマッチなのだった。そろそろゲシュタルト崩壊しそう。


 ちなみにミルキィちゃん、俺からの相性的には最悪に近い。


 俺の概念抽出魔法は、爆発熊の時にも痛感したが、クールタイムがネックして間違いなくある。つまり、連続攻撃はやめてくれ、俺に効く、ということだ。


 一応アプリを経由すれば対策が打てなくはないのだが、相手はミルキィちゃんの飽和攻撃である。クールタイムどころか息継ぎの時間すら危うい。どうしたものか……。


 そう考えていると、ねむから追加のメッセがあった。


『アレ? ご不満ですか? それならまた別の機会でもいいですけど』


 俺は慌てて返信だ。


『いや絶対行く。絶対行くけど苦戦するかもなぁどうしよっかなぁって考えてた』


『コメオ先輩が苦戦するかもとか考える相手なんですか大魔法使いさん……。あんま知らないで提案したアタシも悪いんですけど、それならやめときますか?』


『ねむが行かないなら俺一人で行くぞ⚔』


『じゃあ行きますよあたしだって🐑』


 ねむが負けん気を出して返信してくる。合意はここに成った、という感じだ。とりあえず行くことは確定。だが、ある程度対策を練って、色々考えて置く必要はありそうだ。


 そう思い、俺は上体を起こした。「うわぁ~」と俺の上にダレていたギンコがひっくり返る。自分の尻尾の中にもふっと収まる。


『人数は? デュオルールだっけ?』


 デュオルール、つまり二人で挑むルールだ。


『はい! デュオルールの七芒星ヘプタグラムマッチです! 最強の七チームの一人にケンカを売りに行きましょう!』


『おっしゃやるぞぉぉぉおおおお!』


 日程は明日。俺の所に殴りこんでくる奴はいつも急だな、と思いつつ、無論空いてるので了承だ。俺は予約など諸々手続きを任せると告げて、ギンコに言った。


「ギンコ、明日バトロワ出ることになったから、付き添いよろしく」


「なぬ、急じゃな。仕方ない。じゃあ適当に弁当でも作るかの……」


「助かる。俺はちょっと敵の研究でもしていくらか考えとく」


「コメオが敵を研究とな……? これは天変地異の前触れかものぅ」


 くっくと笑うギンコに、俺は「ハハ……」と乾いた笑い。恐らくだが、天変地異は起こる。バトロワ会場内で、ミルキィちゃんの手によって。


 俺は深呼吸し、「よし!」と気を引き締めた。それから先ほど同様、ミルキィちゃんの動画を垂れ流し始めるのだった。

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