第53話 対決配信、決戦

 俺は街の中でも小高い場所にある神社に向かって走りながら、破片を揃えて作った鍵を見つめていた。


「……これ」


 違和感に眉をひそめていると、神社前の階段にたどり着く。登っていくと、鳥居が一つ、神社が一つ。そしてその背後におびただしい数の墓が経っていた。


 そして、その傍に小さな別の建物が一つ。あれが話に出てきた宝物殿とやらだろう。近づくと、すでにそこには八尺様がしゃがんでいた。


『先越されたか?』『いや、何か鍵が合わなくて困ってるっぽいよ』『鍵って二つあんの?』


 コメ欄のやり取りに何となく俺は察しながら、八尺様に「うぃーす」と呼びかける。すると「ぽぽっ、おコメちゃん! いいところに!」と八尺様が半ベソでこっちに近寄ってくる。


「鍵の破片をね? 四つ集めたの。それで鍵の形になったからここに来たのだけれど、あそこの宝物殿の鍵、これじゃ開かないみたいなの……」


 落ち込んだ様子で、ぽぽぽ……、と肩を落とす八尺様に、俺は俺の鍵を見せた。


「あら、おコメちゃんも鍵、完成させたのね……って」


「ああ、そうだ。見ての通りだよ」


 俺は鍵をくるくると手の中で回してみせる。その、絶妙に半分に分かたれたような形状の鍵を。八尺様の鍵と合わせて、やっと一つの鍵になりそうな、大きなカギの破片を。


『あ!』『そうか、両方合わせてってことか』


「コメントで察してる奴もいる通り、俺と八尺様の鍵、二つが合わさることで、この宝物殿の鍵になるんだろうな。図らずしも俺たちは、分担作業に勤しんでた訳だ」


「あら」


 俺の鍵を見て、ぽ、と八尺様は口を押える。そして「じゃあ」伸ばしてくる手を、俺はひょいと避けた。


「……ぽ?」


 キョトンと目をパチパチさせる八尺様。コメ欄は『は?』『八尺様に意地悪するな😠』『🔥🔥🔥コメオ🔥🔥🔥』と相変わらず俺に厳しいが、気にせず俺は言う。


「なぁ、八尺様。俺はここで提案したい。予定してた『先にクリアしたら一勝』『最後に直接対決で一勝』っていう勝負構成は、急遽変更と行かないか?」


 首を傾げる八尺様に、「だってこのまま行ったら二人同時にゴールだ。勝負がなぁなぁになっちゃうだろ?」と言うと、「確かにそうだわ。どうしましょう」と八尺様は困り顔。コメントも『なるほどね』『俺は信じてたぞコメオ』とウザイ。


 俺はハミングちゃんのカメラに視線を向けて、説明を始めた。


「つー訳で、順序を逆にしたいと思う。俺と八尺様の直接対決で鍵を奪い合い、勝った奴がダンジョンも攻略だ。ダンジョンの入り口勝負は前座感あったし、これで統一しよう。つまり―――だ」


 俺は八尺様にソードブレイカーを向ける。


「八尺様、よく俺の代わりに鍵の破片を集めてくれたな。ありがとう。さぁ、今から奪うから、抵抗してくれや。もちろん俺を殺して八尺様がクリアしたっていいんだぜ? できるもんなら、な」


 俺が獰猛に笑いかけると、八尺様は「ぽぽっ」と不敵に笑った。アワアワして丸めていた背丈をまっすぐに伸ばせは、そこに居るのはやはり巨躯の怪異。真っ白で純白な、八尺様という祟り神だ。


「ええ、ええ、いいでしょう。それが分かりやすいわ。何せここまででは、わたくしたちを阻むような敵や障害はいなかったのですもの。ならば、わたくしたち自身が、お互いにとって最大の敵であるべきよね」


 ぽ。と八尺様は音を漏らす。ぽぽ、と。ぽぽぽ、と。


「正直、少し物足りないと思っていたの。可愛らしい怪異たちはいたけれど、それだけでわたくしに比類する怪物はいなかった……。それで言えば、おコメちゃん。あなたを釣り上げるためのクマさんは、とてもよかったわ。殺意に溢れていたもの」


 もっとも、ワタクシの敵ではなかったけれど。と弧を描く唇に人差し指を添えるその様は、色っぽくて、妖艶で、禍々しい。


 俺は、ニタァと笑い返す。


「そうかい。なら、俺はどうだよ」


「ぽ、ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ! ええ、ええ、何も言うことはないわ! わたくしが相対した中で、もっとも襲い甲斐のある存在だもの。だから、わたくしはあなたに夢中なのよ、おコメちゃん」


 あなたがあまりにも、力強くて、狂気的で、魅力的だから。


「見入ってしまったの。魅入ってしまったの。憑り殺したくて、仕方がなくなってしまったの」


 ギギッ、と八尺様は歪む。骨格か、あるいは輪郭か。そこまでいた、おっとりした長身の女性の姿はもうない。そこにいるのは、恐ろしく、おぞましい、近代怪異の女王。封印を失い、全国を行脚して自由に子供を取り殺す、畏怖すべき祟り神。


『ひっ』『こわ』『そうだこの八尺様、八尺様だった』『SANチェックです。1/2D6を振ってください』『不定の狂気入っちゃった……』


 コメ欄がギャーギャーとやかましい。けれど、そんなものが目に入らないくらい、俺は目の前にいる八尺様に夢中だった。


 ―――ああ。俺だって、たぎって仕方がないんだぜ。


 俺は、歯をむき出しにしてソードブレイカーを構える。強敵を前にしたとき特有の、肌の粟立つ感じが堪らない。


 死を前にしながらそこに挑むという、この、ヒリヒリした恐怖と渇望。


 さぁ、やろう。このノスタルジーを血で汚そう。近代怪異の女王を征服してやろう。


「八尺様」

「おコメちゃん」


 俺たちは、互いに言い合った。


「殺してやるよ」

「殺してあげる」


 両者の口端が吊り上がる。狂人と祟り神の死闘が、始まった。











 かつて、中学生時代に俺が戦っていた時、八尺様は絶望の権化に近かった。


『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』


 攻撃は通じない。八尺様の攻撃は一撃で俺を死に追いやる。逃げようにも八尺様の方が、遥かに足が速い。隠れても血と縁の匂いとやらで俺を見つけてくる。


 だが当時の俺にとっては、絶望すらほろ苦いチョコレート同然だったから、割と楽しんで挑んでいた。死は俺の親友。睡眠よりも仲のいい存在だったから、気にするまでもない。


『なぁギンコ、八尺様に攻撃通すにはどうすればいいと思う?』


 俺の問いに、ギンコは概念抽出魔法を教えてくれた。真っ先に覚えたのは、実はパリィではなくて『貫通』だ。同時に『両断』など、基礎的な剣スキルの概念抽出魔法を鍛えた。


 夏休みの終わり、俺の勝利を飾った戦闘。俺を待っていたらしい八尺様は、自らを祀り鎮める小さな祠に腰かけていた。


『今日で最後のチャンスね。おコメちゃん、あなたはわたくしに勝てるかしら』


 何度勝利しても侮りのない八尺様に、俺はただ笑って挑んだ。


 死闘だった。まさしく死闘だった。俺は左腕が飛び、右足の中指から小指までがなくなった。勝った直後に失血死したくらいの死闘だった。


 だが、八尺様の方が瀕死だった。何故かというと、俺はまともに五体満足な八尺様とバトればじり貧だと判断して、八尺様の身体を少しずつという戦略を取ったからだ。


 戦闘が終わった時、八尺様はダルマ同然だった。四肢の全てが落ちていた。俺が落としたのだ。


 そうして芋虫のように蠢くしかなくなった八尺様を、俺は殺して勝利した。凄絶な戦いだった。今の俺を構築する一要素となるほどの、ベストバウトの一つだった。






 さて、ここで現在に時間を戻してみようか。






「ぽぽぽぽぽぽぽッ!」


 八尺様は勝負開始直後に、その無敵の拳で俺をぶん殴りに来た。かつてと同じ、一撃食らったら死ぬヤベー一撃だ。


 もちろん俺は食らわない。だが距離も時間もなかったからパリィとはいかない。俺は身をよじってその拳を避けて、林立する墓のエリアへと入って行った。


 走りながら考える。かつての八尺様戦と今の八尺様戦とで違うのは、俺は今回ロングソードを持ってきてないという事だ。


 何でかと言うとシンプル俺のミス。いや、ダンジョン内で八尺様とバトるつもりなかったんだって。元々クリア後の予定だったからさ。


 ということで、俺は手元のソードブレイカー一つで八尺様から勝利をもぎ取らなければならない訳だ。まぁロンソ一つよりかは随分マシだ。毒クナイ一つよりもいい。


「どーしよっか、な?」


「ぽぽぽぽっ」


 追いかけてきた八尺様は墓石を軽々持ち上げて、やり投げの要領で俺にぶん投げてきた。持ってきたのがソードブレイカーで良かった、と思いながら、俺は「スキルセット・パリィ」と予約する。発動。


【パリィ】【付与効果武器破壊】


 俺のパリィによって、墓石は粉々に砕けながらすべて八尺様へと返っていった。その間にも距離を詰めていた八尺様に対する、散弾めいた威力がある。威力がまんま反転してるからな。


 だが。


『これは効か、なーい!』『知ってたけどマジで防御力が高すぎる』『※注 今のを常人が食らったらハチの巣になります』


 そう。八尺様は無限の防御力があるので、ダメージはゼロだ。八尺様は腕を一薙ぎしてそれで終わり。こりゃ散弾から煙幕に格下げかな。


 俺は軽い歩調で墓石に乗り上げて「んー」と腕を組む。八尺様が突っ込んできたので跳躍し、その頭を踏みつけにして乗り越えた。空中で一回転して着地。俺は振り返って煽りを入れておく。


「八尺様? 頭の足跡どうしたんですか? まさか人間ごときに踏みつけにされちゃったとか!?」


『草』『お前じゃい!』『これは煽り上手◎』


「ぽぽぽぽぽぽ!」


 八尺様は墓石を引き抜きざまに投げてくる。その剛速球っぷりは概念抽出魔法の詠唱が間に合わないほど。俺は顔をしかめて回避に専念する。投げられた墓石が建てられた墓石を砕いて散らばせる。


「うぉあぶねっ! そうか、八尺様は無傷の攻撃も、俺に取っちゃ致死ダメか」


 フィジカル最強とはこれほどまで純粋に手ごわいものだとは、と俺は走り出す。八尺様の投げる墓石爆弾を躱して、その中で起こる土煙の中に身をひそめる。


 八尺様は血と縁で個人を判別する。要するに血縁という事なのだが、これは目を付けたならどれだけ離れていても分かるという、何とも怪異らしい能力だ。


 だが、こういう場面ではあまり役に立たない。完全に身を隠そうとすると難しいのだが、八尺様の発見能力はあくまで『こっちの方にいる』と言ったアバウトなものだ。どの墓石の裏にいる、と瞬時に把握できるようなものではない。


 そんな訳で、手当たり次第に墓石を投げまくる墓石と土煙の中を上手く移動しながら、俺は考える。


 非常にやりづらい、と言うのが今の俺の手ごたえだ。


 そもそも、八尺様のフィジカル最強というのは、実は俺にとってメチャクチャ相性がいい。何故なら俺は、相手のフィジカルの強さを無視できる。それが概念抽出魔法だからだ。


 だが、俺は今中々に苦戦している。何でかと言えば、恐らく八尺様が俺を研究してきているからだろう。


 俺は接近戦最強だ。どんなに強い相手でも、接近戦に持ち込めれば絶対に勝てる。


 それを知って、八尺様は避けている。遠距離戦でなら、俺はかなり弱い。自分への攻撃はとりあえずブレパリで何とかなるが、こちらから相手への攻撃手段が少ないのだ。


 毒クナイの忘れ物が悔やまれる。アレ俺の唯一の遠距離武器なんだよな。普段銃とか使わないから。……銃パリィ覚えようかなぁ。


 という現実逃避はそこそこにしておこう。俺は自らの勝ち筋について考える。


「要は、接近戦に持ち込んじまえばいいんだ」


 集中を一度解いて、コメント欄を確認する。『コメオ頑張れ!』『これマズいな……』『コメオいつもの武器もしかして忘れた!?』と、何だかんだ視聴者は俺の味方でいてくれる。


 そして、そんな視聴者に映像を届けてくれるハミングちゃんも、俺の傍にいた。よくもこんなヤバい状況で付き合ってくれるもんだ、と俺はため息をついた。


 チチッとハミングちゃんが心配そうに俺を見る。俺はハミングちゃんに、ついでに視聴者にも告げる。


「心配すんな。勝ってくっから」


 鋭く息を吐く。アイデアはある。あとは試すだけだ。さぁ、殺しに行こう。


 俺は無事な墓石の上に飛び上がり、再び直立して八尺様に「おーい、こっちだぞ~!(笑)」とアピールした。「ぽぽぽっ!」と八尺様は格好の獲物を見つけたとばかり、近くの墓石に手をかけた。


 俺はこう口にする。


「スキルセット、跳躍」


 墓石は八尺様によって引き抜かれ、そしてものすごい勢いで俺に迫る。俺の身体はまだ動かない。まだ。まだ―――今だ。


 自動詠唱が終わる寸前で、俺は足を前に突き出した。まさか足で墓石を受け止めようというのではない。


 そして俺の足と墓石が触れる。詠唱が完了する。


【跳躍】


 俺は墓石の危険性の全てを概念抽出魔法によって棄却して、墓石を足場に飛び上がった。八尺様は「ぽっ?」と訝しみながら、再び墓石に手をかける。


「スキルセット、跳躍」


 飛んでくる墓石、空中で足を延ばす俺、そして完了する詠唱。俺はまた弾かれるように、空中で墓石を足場に跳躍する。


『何だこの挙動』『え、こんなこと可能なの?』『現実で二段ジャンプする奴初めて見た』


 ざわつくコメントを置き去りに、俺は奇妙な攻防を楽しんでいた。八尺様は戸惑いながら墓石を投げ、俺はそのすべてを足場に【跳躍】を繰り返し、八尺様へと接近していく。


「何でそんなことが出来るのか、って疑問に思ってるんだろ?」


 空中をバッタのように飛び回る俺を前に、八尺様は動揺しきりだ。一方、俺は獰猛な笑みを崩さない。


「簡単な仕組みだよ。普通素のままで使うTatsujinの跳躍スキルを、使。だから俺は状況を無視して跳躍できる。空中でも足場があれば跳躍できるし、普通足場に出来ない墓石砲弾も足場になる」


 だからさ、と俺はとうとう八尺様の真上に飛び上がった。


「遠距離戦法、目の付け所は悪くなかったとだけ言っとくわ」


 真上に翻る俺に、八尺様は墓石を投げ上げた。俺はもう、わざわざ跳躍などしない。「スキルセット、パリィ」と予約し、ソードブレイカーを振るう。


【パリィ】【付与効果武器破壊】


 墓石は砕け、八尺様へと雨のように降り注いだ。それはいかにフィジカル最強の八尺様相手といえど、目つぶしの役目くらいは果たしてくれる。俺は「着地」とTatsujinから無事着地を決めた。


 そして俺は体勢を整え立ち上がる。八尺様は息をのみ、新しい墓石を手にする。


「さぁ、八尺様」


 俺は笑う。ソードブレイカーを手に、八尺様に肉薄する。


「ここからは、俺の間合いだ。成長した俺を味わってってくれよ」


「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!」


 振るわれた墓石。俺を押しつぶすに足る重量の脅威。俺はただ、ブレイカーズに登録した予約を忠実になぞるだけだ。


【パリィ】【付与効果武器破壊】


 墓石が爆ぜる。八尺様の右腕が弾かれる。だが八尺様は諦めない。すかさず左手で俺をぶん殴りにくる。


 けどさ、読めてれば怖くないんだ、それ。


【パリィ】【付与効果武器破壊】


 八尺様の左腕が弾けて飛んだ。血をまき散らして潰れながら向こうへ。それでも八尺様は食らいつく。もはや墓石すら持たない右手。俺を一撃で貫く拳。


【パリィ】【付与効果武器破壊】


 俺は、ただソードブレイカーでパリィを決める。これで八尺様の両の手はオシャカという訳だ。


『マジかよ』『間合いに入っちゃえばこんなに強いのかコメオ』『さっきにピンチは一体どこに』


 数秒の攻防で両腕を潰された八尺様は、最期とばかり大口を開けて俺に迫ってきた。噛み殺してでも勝つってか。いいね。そのハングリー精神、俺大好きだぜ。


「スキルセット、首狩り」


 八尺様の一番の強みは、最強の攻撃力と防御力だ。一撃でも入れれば勝ちが決まる。逆に概念抽出魔法以外の攻撃は、俺から有効打を与えられない。


 そりゃあ概念抽出魔法すら知らなかった俺にとっちゃ絶望の権化となってもおかしくないスペックだ。ああ、そうだとも。


 けど、逆に言えばさ。


「八尺様」


 俺は構えながら呼びかける。


「ちょっとさ、フィジカル以外も鍛えときなよ」


 詠唱完了。ソードブレイカーが走った。


【首狩り】


 銀色の軌跡の後、八尺様の首が宙を舞った。俺の足元で八尺様の真っ黒な長髪が落ちる。俺の背後で八尺様の身体が崩れ落ちる。そして俺の目の前に八尺様の頭が地面に一バウンドした瞬間、彼女の身体は粒子と消えた。


 俺は振り返って八尺様の鍵を拾い、自分のと合わせる。うん、ピッタリだ。


「つーわけで」


 俺はハミングちゃんのカメラに向かって言う。


「俺の勝ちだ。八尺様はもっと技術収めて出直してきな」


『うぉおおおおおおおお!』『勝ちやがった!』『流石です【5000円】』『いやー、やっぱつえぇなコメオ』『八尺様をここまで手玉に取るとは【2000円】』『神殺し代【10000円】』『おめでとおおおおおおおお!【30000円】』『約束通り勝ったな!【3000円】』


 俺は拳を掲げて、それから宝物殿に向かった。ボロボロに砕けた石が散乱する墓地を抜けて神社の石畳に戻ると、今まであってきた都市伝説の面々が、そこに集合していた。


「お、どうした? 墓石壊したの怒ってる? でもやったの俺じゃなくて八尺様だぜ」


 襲い掛かられるのならやり合うのもやぶさかではない。とソードブレイカーを構えたところで、「いいや、何の文句もねぇよ。満足したか、聞きたかっただけだ」と時空のおっさんが言う。


「……満足したか?」


「ああ。満足できたか?」


 俺は僅かに考え、「ああ」と頷いた。


「楽しかったぜ。口裂け女さんにはサイン貰えたし」


 ほれ、とシャツを広げて見せると口裂け女さんはちょっと照れたご様子。「最後にマスク外してもらっていいですか?」とお願いして見せてもらう。おおー、マジで耳まで裂けてらすげー、と俺は拍手だ。


「そうか。そりゃよかった」


 時空のおっさんは汚い笑顔でニカッと笑った。俺は肩を竦めて、宝物殿の穴に鍵を差し込み、捻る。


 果たして、扉は開いた。俺はその暗闇に足を踏み入れると同時、背後から上がった都市伝説たちの合唱を聞く。


『愛を込めて、乾杯!』


 カラーン、と酒瓶同士をぶつけ合う音を聞きながら、俺の意識は急速に微睡みに落ちていった。

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