第48話 再会 八尺様
俺は途中下車した駅のコンビニで封筒と筆ペンを買って、「果たし状」と殴り書きをしてから、ハミングちゃんに撮影をしてもらっていた。
「あー、撮れてる?」
ギンコがカメラの後ろでサムズアップ。俺は一つ頷いてから、「あーあー、テステス」と正常に音声も撮れていることを確認する。
そして深呼吸をして、カメラに向かってとても朗らかに笑いかけた。
「八尺様。件の動画ですが、拝見させていただきました。大変すばらしい記録ですね。俺が立てた、苦労して、苦労して、やっととった感動の世界初の単独クリア記録と世界レコードを、いとも容易く上回るなんて、もう言葉にできません」
そしてこれ、と俺は今自作した果たし状を取り出して、カメラに見えるようにかざした。
「果たし状ですね。決闘は本来禁止されていますし、現代社会を生きる我々には、こんなこと良くないと思います……。つきましては、八尺様」
俺はカメラに向かって、歯をむき出しにして唸った。
「上等だ。受けて立つ。どんな勝負形式だろうが関係ねぇ。ここまで煽られて黙ってられるか。幸いダンジョンなら治外法権だ。思いっきりぶっ殺してやるからかかってこい」
ビリビリと果たし状を正面から破いて見せる。何度も、何度も、何度も破いて、くしゃくしゃに丸めて踏みつけにした。俺はカメラに近寄って中指を立てる。
「これは俺からの宣戦布告だ。アンサー動画、ちゃんと受け取ってくれや、八尺様」
撮影終了。俺は配信サイトにアップしてから、そのURLをツイットの八尺様のアカのDMに貼り付けた。
『アンサーです。お受け取りください』
『ありがとう。拝見します』
即レスが来てビビるも、目には目を、即レスには即レスを。俺は適当ににこやかなスタンプを返して、ツイットを落とした。それから「あー!」と叫んだ。
「クソがよ。まぁいいや。アンサーは返したし、今はこの程度で済ませておこう。ごめんなギンコ。こんなアホなことに時間取らせて」
「いやいや、コメオがアレだけ怒りに震えていることなど中々見れぬ。珍しいものを見れたのでよいぞ」
「珍しくても怒ってる姿にありがたみはなくねーか……?」
本人がいいなら俺からも何もないが。俺たちは荷物を持って、再びホームへと戻っていく。ちょうど電車が来たので乗り込んで、空いてる場所で腰を落ち着けた。
すると人心地付いた様子で、ギンコが目を閉じて思い出すように顔を上げる。
「しかし、八尺様か……。何年前だったか。コメオが挑んだのは」
「中一の夏だったから、……八年前!? マジかよ。時間が過ぎるの早すぎる」
それにしても、長寿組は外見年齢が全く変わらないなぁと思う。ギンコも八尺様も、八年前から何一つ変わっていない。変わったのは俺ばかりだ。より大人になって、より上手に狂った。
「ほーっ! そう考えると凄まじい。小5で争闘に目覚めたとして、二年で神を殺したのか」
「丸々一か月潰したけどな。……いやでも割と楽しかったな、あの夏は。ド田舎で、俺のわがままにギンコが付き合ってくれての遠出だったっけ?」
「ふふっ、それは今じゃな。当時はむしろ、儂の都合で長期滞在につき合わせてしまった形になる」
「あれ、そうだったか。となると、八尺様とバトッてたのは暇つぶしで?」
「そうさなぁ。確かコメオが奴に目をつけられて、周辺に詳しいジジババたちに護符や結界を仕込んでもらっていたのじゃが、マズいことに夜中ちょっかいをかけてくる八尺様と、コメオが約束をしてしまったんじゃな」
約束。契約と言い換えてもいい。亜人の中でも人慣れのしていないものは、口約束で法的措置レベルの強制力を持たせてくる場合がある。ちなみにその強制力の源泉は力だ。うーん自力救済。
「何か夜うっさくて『うるせぇ! 朝来い朝! 朝になったら相手してやる!』とか言った記憶あるわ。それで静かになったんだよな」
「仮にも祟り神によくもそんな口を聞けたものよな……。コメオは全く恐れ知らずというか」
そも死が怖くなかったからなぁ、と俺は遠いガキんちょ時代を思い出す。半分くらいグレてたけど、ギンコには弱いみたいなメンタリティだった記憶。
「そんで本当に朝来たんだよな」
「玄関先で水撒きに出たら、普通の顔して立っていて笑ってしまったわ。日が出ている内だといくつか奴の権能が制限されるから、悪手ではなかったがな」
祟り神なので夜だとちょっとパワーアップするらしい。夜って戦ったっけ。当時の時間感覚がない。
「それでコメオを正面から連れ去ろうとした八尺様のどてっ腹に、コメオが包丁をこう、ぐさりと」
無茶するなぁ俺。神とはいえ、他人をダンジョン外で刺したらもちろん警察沙汰だ。それで言えば八尺様の夜中の襲来とかの時点で警察沙汰だったけど。総評的におあいこだな。
「そっからはもう、戦争だったな」
「ひどかった……。本当にひどかったのじゃぞ、コメオ」
「ごめんて」
血みどろだったことしか覚えてない。死んでは家の中にある刃物を取ってきて襲い掛かる俺と、そんな俺相手に困惑しながら叩き落とす八尺様。八尺様バイタリティ無敵だから、子供くらい叩き落とすだけでも死ねるのだ。
「それで見かねた村のジジババ様たちに仲裁に入ってもらって、八尺様がダンジョン奥で待ち構えて、俺が武器持って挑む形に変わったんだっけか」
「というか村の中で無限に血と骸を晒すコメオが、単純に迷惑だっただけだと思うがの」
そりゃそうだ。悪いことしたわ。ごめんなジジババ様たち。と俺は両手拝み。
「でもそこからは安定してたよな。俺がダンジョンに居座って、殺されて向かって殺されて向かって」
「ジジババたちはコメオのことを怖がっていたぞ。『八尺様に正面からタンカ切って挑みに行くような子供がいるとは……』としっぶい顔で首を振っておった」
「俺もそんなガキがいたらビビるな確かに」
こえーもん。どんだけ血の気が多ければそんなことになるのか分からない。俺も俺のことが分からない。わっといず俺。
「でも楽しかったんだよな概ね。そういうイメージ」
「まぁ、そうじゃな。出端のちょっとした騒動でしかなかった。儂は所用で色々とジジババに駆り出され、コメオは武器屋で無数の安刀を背負って八尺様に挑む日々じゃった」
「ギンコ、あの時って結局何してたん?」
「あの村、八尺様に限らず亜人もいわくつきの物品も多い地域でな。妖怪医者のようなことをしていた。一度診れば奴ら丈夫ゆえ、数百年もつのよ」
ギンコはかなり長寿なので、割と多才だったりする。医術を収めていたのは初耳だったが、驚くべきことではなかった。
「そんな亜人多かったっけ……? いや、多かったな。多かった。八尺様ダンジョンに向かう道中でろくろ首に脅かされて蹴り飛ばしたり、ぬらりひょんのじいちゃんに気配の読み方消し方教わったりしたわ」
「ぬらりひょん!? あやつコメオにちょっかい出さぬと約束したというに……! 今度会ったらふんじばってやる」
ギンコ、怒髪天だ。ぷんすこしている。「まぁまぁ。良いじいちゃんだったし許してやってくれよ」と俺は宥める。
「コメオの言う通りぞギンコ。お主はもっと寛容な心をだな」
「だよなぁじいちゃん」
「ぬらりひょん。昔からお前は『やってはならぬ』と言ったことばかり……! いや待て。何故いる」
ぬらりひょんのじいちゃんが、あまりにも普通に俺とギンコの目の前に座っていた。「ほ!」とじいちゃんはわざとらしく驚いたような表情をする。
「これはこれは。腕を上げたなギンコ。すぐにワシの存在に気が付くとは」
「じいちゃんじいちゃん。俺実はさっきの駅でじいちゃんが俺たちを見つけてついてきたときから気付いてた」
「なんと! それはすごいなぁコメオ。ほれ、ご褒美の飴ちゃんをやる」
「やったぜ」
飴を貰う。包装紙を破くと飴ではなくコオロギの佃煮だった。草。食う。ウマイ。
「コオロギの佃煮久しぶりに食ったわ」
「そうじゃろそうじゃろ。うまかろう? ワシがこしらえたのよ」
「なんじゃこのツッコミ不在の空間は……」お前がツッコミになるんだよ!
ということで、ぬらりひょんのじいちゃんである。噂話をするとすぐに現れることに定評のある妖怪じいちゃんだ。ハゲた爺様にしか見えないが、しいて言うなら後頭部がちょっと長い。
「何をしに来た」
「なに。八尺様が面白いことをしに村から出て言ったから、ちょいとついてきたのよ。そしてはぐれたところでお主らを見つけて乗り換えた」
行き当たりばったりで草。
「八尺様そのこと知ってんの?」
「んん? さぁなぁ? ワシの方がよほど歴史ある妖怪なのでな。格は八尺様の方が上にしろ、裏くらいは簡単にかけようとも」
のらりくらり躱すが、要するに勝手についてきて勝手にはぐれて勝手にこっちに合流したという事らしい。相変わらずファンキー爺だ。妖怪の総大将と言われるだけある。
そんなじいちゃんは、俺に油断ならない視線を向けてきた。
「しかし、コメオ。お主面白いことするなぁ? 八尺様も当てられて動き出した。ワシら妖怪でも、お主らの興じるRDAに興味を抱くものは多い」
かっかっか、とじいちゃんは笑う。それに俺は、ほー、と感心だ。
というのも、ダンジョン競技は結構人間の競技という部分が多い。理由は簡単。新しい文化だからだ。人間の若者くらいしか手を付けてない分野ともいえる。
逆に言えば、亜人、それも長寿な面々は、腰が重たいのが多い。人間の年寄とノリは同じだ。保守的なのである。
それがこのように興味を示しているというのは、中々嬉しいことだった。俺がその一助になっているとなればなおさらだ。
「ということでワシもRDAで動画投稿を始めたので、興味があれば見てくれ」
行動はっや。あ、しかももういない。好き放題だなじいちゃん。
「チッ。ぬらりひょんでも潜り抜けられぬ結界をを作ろうとしたのがバレたか……」
ギンコはすごい顔で舌打ちをする。思えばあの村でも犬猿の仲だったなぁギンコとじいちゃん。俺は好きなのだが。
と、昔話に興じていると、ほどよく次の目的地についたようだった。俺はキャリーバッグを手に電車を降りる。ギンコがバックパックを背負ってついてくる。
改札を出ると、夕日に目を焼かれた。時間は程よく夕暮れ。俺たちは長旅の疲れを吹き飛ばすように、くくっ、と伸びをした。
「いやー、ついたな茨城。でもまだ内陸の方か。もう少し先まで行かないと海沿いは遠そうだ」
「そうさな……ん? 何じゃあの影は」
うん? とギンコの視線の先を追うと、何やら巨大な人影がそこにあった。住宅街に近いこの立地に、すっと長く立ち上がるそれ。俺たちが、それが何かに気付くよりも先に、それは俺たちに近づいてきた。
「ひ……」
だれのものとも知れぬ小さな悲鳴。眼前。それは逆光の中で、気付けば俺たちの眼前にそびえたっていた。そして小さく、「ぽ」という声。
「……あれ、もしかして八尺さ」
「おコメちゃぁああああああああああん!」
ガバァッ! とものすごい勢いで俺はその巨大な影に抱きしめられた。「ほわぁ!?」と中々上げないタイプの悲鳴を上げながら、俺はまるでペットのように頬擦りされる。
「おコメちゃんおコメちゃんおコメちゃん! ああ! やっと会えた! 待ち遠しかったわ! あなたったらわたくしの心をアレだけ奪っておきながら、いざわたくしから一勝もぎとったらもう訪ねてくれないんだもの! わたくし八年も待ったのよ八年! よく耐えたと思わない!? でももう限界だったのよ許してお願い! ああ、おコメちゃん! そんなびっくりした顔をして! 分かるわ、わたくしの寂しさなんてどうでもいいのね! でもそんなストイックなところもカッコよくて可愛くてもわたくしあなたにむちゅ」
「ぐああああああ」
俺は怒涛の勢いでされる頬擦りに悲鳴を上げるしかない。足はとっくに地面についておらず、ジタバタするばかりだ。一方全身に八尺様のムチムチの肉感が伝わってきてそろそろ思考がバグる。
「八尺様」
そこで唯一冷静だったらしいギンコが、ぴしゃりと言った。
「とりあえずコメオを放せ。お前とて、儂を敵に回したくはなかろう?」
八尺様はガチギレするギンコを前に、目をぱちぱちと固まってから、静かに「……はい」と俺を下ろした。
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