第47話 移動日 コメオキレる

 ハッピーちゃんと別れ、ギンコと再び数日間秩父観光でだらりと過ごした後の事、俺たちは再び電車で移動することになった。


「ふむ……。池袋に戻って、それから茨城か……面倒じゃのう」


「ある程度離れてくると直で地方から地方っていうのは難しいのかもな」


 言いながら、俺たちは電車に揺られていた。秩父から出る電車は都市の方の横一列並びの席配置ではなく、向かい合わせ型だ。だから人が少ないと、ゆったり場所を確保できる。


 ……できるのだが、何故かウチのキツネさんは俺の横を陣取って、指輪型からホログラムを拡張するデバイス、EVフォンをいじくっていた。


「コメオ、暇じゃ。げぇむに付き合え」


「いいけど、何すんの?」


「おせろ」


「やだよギンコ超強いじゃん。それならテトろうぜ」


「反射神経で儂がコメオに勝てるわけあるまい。おせろとてコメオも筋は悪くないぞ?」


「俺お前に全染めされて以来やんないって決めてんだ」


「なら間を取って将棋はどうか」


「あー、まぁ、いいよ」


 将棋が始まった。ちなみに将棋は俺もギンコも同じくらいの腕だ。勝ったり負けたりしている。


「王手飛車取り!」


 ぴしゃあ、とホログラムの駒を置いて、ドヤるギンコである。俺はふむと考え込み、そして駒を動かした。


「はい詰み」


「ん?」


「ア――――イム、ウィナ――――」


 いぇーい。ともろ手を挙げると、「何じゃと!」とギンコはホログラムの盤上に食い入るように見つめるが、勝ちなものは勝ちなのだ。


 俺は俺を指さして言う。


「俺、勝ち」


 ギンコを指して続ける。


「お前、負け」


「あああああああ!」


 ギンコはホログラムの盤上をわさわさ手を動かしてうやむやにしようとする。俺は高笑いだ。勝つの気持ちいい~。


「もう一戦じゃ!」


「嫌だよ。次の対局に十分な時間はないし」


 勝負は勝ち逃げしていかに気持ちよく睡眠につくかが真価である。「もう一回」なんて付き合って負けたら台無しだ。


 つまり、そのための理論武装でも勝利するまでが勝負なのだ。ほら見ろこのギンコの悔しそうな顔を。と俺はニヤニヤしながら一眺めである。


「次の電車まで首を洗って待っているがよいわ!」


 ギンコは捨て台詞を吐いて、ぷいとそっぽを向いてしまった。まったく可愛い限りだ。俺はちょっとニュアンス違いにくつくつ笑いつつ、そろそろ着く次の目的地に備えてキャリーバッグに手を添えた。


 池袋で乗り換えて、JRで日暮里まで。そこから常磐線に乗り換えると、東海岸沿いに東北を登っていく感じになる。


 そうすると、景色が何とも田舎と言う感じになっていいのだ。秩父に到るも大概山奥だったが、視界いっぱいの田んぼと山間の景色では、やはり抱く感情は違う。


「のどかだなぁ……」


「ほれ、外の景色など見ている場合ではないぞ。さぁ次の一局じゃ」


「のどかだなぁ……」


 俺は何だか眠たくなってきて、あくびをする。ギンコが「おいコメオ。もしやお前、眠たい振りで勝負から逃げようとしてはいまいか?」という。バレテーラ。でも俺は乗り切るぞ。


「んん……? ああ、将棋? まだやんの? 別にいいけど……ふぁああ……」


「……本当に眠そうじゃの」


「いやマジで眠いからねそりゃ。将棋やってもいいけど普通に弱いと思うぞ」


 秘儀、白けさせて戦わない、である。命乞いと領分を同じとする精神攻撃だ。勝ちもないが負けもない。すでに一勝済みの俺にピッタリに戦術である。


 それに対するギンコの反応は―――?


「弱いというなら願ったり叶ったりじゃな。さぁやるぞ。やらねばコメオの不戦敗じゃ」


 コイツ! 何でそんなに勝利に貪欲なんだ! 意地汚い奴め!


「何か知らぬがコメオが今ものすごい大きさのぶーめらんを放った気がする」


「ギンコ……」


「何じゃ」


 ジト目で俺を見つめてくるギンコに、俺は提案した。


「俺は勝って気持ちよく寝たいだけなんだ。つまり……明日リベンジでどうだ?」


「ダンジョン近辺に到着したばかりのコメオが捉まるわけあるまい?」


「くっ! 生態が把握されている!」


 割と精いっぱいの譲歩だったのだが、確かに言われてみればその通りである。俺より俺のこと分かってんなこいつ。


 俺は舌戦で負けたので、仕方なく再び盤上に向か―――おうとして、通知が来たことに気が付いた。


「ごめん、何か来たからちょっと待って」


「? うむ」


 ARディスプレイをいじって何の通知か確認する。RDA.com。追って連絡するという奴か、とメールボックスを開くと、何故か二通あった。


「……?」


 俺は首を傾げながら開く。一通は、予想通りお礼のメールだ。ご丁寧にどうも、という気持ちでざっと眺めるだけ。問題は、もう一つの方である。


『通達

ライスマン様。


お世話になっております。RDA.com記録管理チームです。


本日、ライスマン様が保持する『管理番号002503』秩父武甲山ダンジョンでの、羊山公園ルートソロレギュレーションにおける世界レコードが、破られたことをご連絡申し上げます。


該当記録者が配信サイトにて記録動画をアップしていますので、ご興味があればご確認ください。


それでは、これにめげず、さらなる記録を目指して頑張ってください。


以上、RDA.com記録管理チーム』


「……は?」


 俺は盛大に顔をしかめて、その動画のURLを踏んだ。「何じゃ何じゃ? 将棋はどうした」と顔を寄せてくるギンコに、「ちょっとこの後ででいいか」と同期済みのデバイスを手渡す。


「ん? 動画か? 急に何を見るというのか」


「俺の世界レコードが破られた。しかも、俺が記録を立てたばっかりの武甲山異界ダンジョンで、だ」


「……なんとまぁ」


 大事、じゃな? とよく分からないままノリで言うギンコを置いて、俺は嫌な予感を抱きながら再生ボタンをタップした。


 すると、前回の動画のような演出は抜きで、パッと八尺様が現れた。カメラに向かって、彼女は覗き込んでいる。


「む、八尺様ではないか。こんなところでまた顔を見るとは、世間も狭い」


『えー……と、これで配信が出来ているのかしら? 「美人ですね」? ぽぽぽっ。わたくしに美人なんて言う人、久しぶりに見たわ』


 早速ついたコメントと戯れる八尺様。それから彼女はカメラから離れ、『さってと……』と大きく伸びをする。


『じゃあ、復讐を始めるとしましょうか』


 そして、八尺様はカメラに向かって居直った。手を広げ、何とも演出的に言う。


『主旨は前回の動画を見て頂戴? 今日はこの―――武甲山異界ダンジョンを、あーるでぃーえー? で世界レコードを目指すわ』


 さぁ、カウントを始めましょう。八尺様はくるり踵を返した。真っ白なワンピースが翻る。


『三、二、一、スタート』


 地面が大きくえぐれるほど強いスタートダッシュをかけて、八尺様は駆け出した。キュルキュルと音を立てて、カメラがそれを追いかける。


「駆動音がするのう」


「多分自走カメラだな」


「近代怪異の女王が自走かめらで配信する時代か……。世の中、何が起こるか分からぬものよ」


 走りは速い。ゆったりとした服装の邪魔をものともしない、強靭な走りがそこにある。だがそれ以上に大きいのは、やはり身長だろう。巨大な体躯で無駄なく強い走りが出来れば、当然のように速くなる。


 俺はそのペースと爆発熊エリアまでの距離を考え、こう結論付けた。


「多分走りだけで俺より二分早くなるな」


「なんと。そこまでか」


 コメオよりも速いのは流石じゃな……。とギンコは口をつぐむ。俺も走りには自信があったので、結構思うところがある。これはアレだな。生まれ持ったモノの差だな。


 途中出てくる野生動物モンスターなんて目もくれず、八尺様は走った。しかも大きいのは、モンスターたちが八尺様に襲い掛からない点だ。


 どいつもこいつも、侵入者の気配に出てきたかと思えば、怯んだように体を縮こまらせてしまうのだ。そして八尺様は目もくれない。俺が簡単に対策した羊を囲う柵のあたりも、羊たちが委縮して脅威とならなかった。


「何だこれは……」


 そして八尺様は、とてもスムーズに爆発熊のエリアに到達した。芝桜の桜吹雪の中、奥に鎮座する爆発熊に、八尺様は相対する。


『とても苦戦していたものね』


 独り言のように、八尺様は言った。


『わたくしが一方的に破ったなら、あなたはどんな顔をするのかしら』


 爆発熊が咆哮を上げた。奴の周囲に爆薬が散布される。


 ボス戦が、始まった。


 爆薬によって一息に八尺様にまで飛んできた爆発熊を、八尺様は素手で受け止めた。熊を、ただ腕力で、である。そのことに驚愕した熊は、素早く後退し、立ち上がって爪を振るった。


 八尺様は正面からその腕と組み合う。熊が反対の腕も振るったのでそちらも。並んだそのサイズ感は立ち上がり組み合う熊の方が大きい。だが、腕力では明らかに八尺様に軍配が上がっていた。


『グルルルルルゥゥゥウウウアアアアア!』


 爆薬散布。そして爆発。普通なら、人間はそれで木っ端みじんだ。だが煙が晴れた後、八尺様は何ら変わらない姿でそこに立っていた。


 純白のワンピースには、すす汚れ一つない。


『いけない子。めっ、よ』


 ぽぽっ、と笑い声。そして八尺様は、熊の両手をまとめて、くるり身を翻し、熊を投げ飛ばした。


 柔道めいた動きではない。もっと幼稚で力任せな、ぬいぐるみを投げ飛ばす女の子のような所作だった。


『ぽっ』


 熊は何メートルも宙を浮いてから、強烈な勢いで地面を転がった。投げ飛ばされ慣れていない重量級には、この状況は痛いだろう。十メートル晴れたところでやっと立ち上がった熊は、すでによろめき始めていた。


 しかし、その間、八尺様はただ手をこまねいて見ていたわけではない。


 近くに生えていた木を片手で、まるで草を引き抜くように持ち上げ、よろめく熊めがけて投げつけていた。その様はまるでやり投げの競技のよう。根っこからの木の突撃を受けた爆発熊は、爆炎を上げながらさらに吹き飛ぶ。


『さぁ、終わりにしましょう』


 八尺様は予告の下に走り出した。すでに半死半生といった具合の爆発熊にまで駆け寄って、八尺様はその足を取った。


『ぽ』


 そして。


 哄笑が上がった。


『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!』


 笑う、嗤う、哂う。凶悪なまでの怪力でもって、八尺様は爆発熊をぶん回す。片手で熊の足から持ち上げ、そして地面に叩き付ける。爆発で跳ね返ってくるのを面白がって、何度も何度も地面に熊を叩きつける。


 そうしている内に熊の爆薬も切れてきて、八尺様は最後とばかり地面に熊を叩きつけてから、そこにマウントを取った。


『ぽぽぽぽっ! ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽっ!』


 始まるのは強烈な連続殴打だ。女性らしい細腕は、しかしその怪力の中にあっては意味を変える。すなわち、打撃面積の小ささに対する威力の高さ。それは殴るというより、刺すのに近い。


 何度も振り降ろされる拳に、熊は抵抗をいつしかやめ、骨は砕け、皮は裂け、肉は貫かれた。八尺様の純白のワンピースは返り血に汚れていく。


 そうして十数秒。連続する殴打の中で、爆発熊は唐突に光の粒子となって消えた。八尺様についた血の全ても、光となってダンジョンの中に吸収されていく。


『……タイマーストップ』


 そして、八尺様は立ち上がった。タイマーが、8分12.913秒で停止する。


『うんうん。いいわね、うまく世界レコードを更新できたみたい』


 妖艶に微笑む八尺様の前に、コメント欄も騒然だ。


『やべぇ』『すげーけど、これは……』『最初八尺様のコスプレかと疑ってすいませんでした』『これはモノホンだわ』『世界レコードがこんなあっさり……』『半分以下だぞおい』


『ということだから』


 八尺様は、カメラに向かってきて、とても近くから囁いた。


『この記録更新でもって、宣戦布告とさせてもらうわ。復讐完了。―――……これが、あなたにとって一番効くでしょう?』


 ぽぽぽ……っ。と口元を隠しながら淑やかに笑って、八尺様はカメラから離れた。その手には、どこから取り出したものか、「果たし状」と書かれた封筒が一つ。


『少し古い方法だけれど、これをあなたに送ります。コズミックメンタル男チャンネルさん。良いお返事をお待ちしているから、是非返答をくださいね』


 そして、視聴者たちに言う。


『ということだから、みなさん、良ければ他の動画も見てくださいね。それから、拡散もお願い。あの人に―――コズミックメンタル男チャンネルさんに、届くように、ね』


 じゃあね、と優雅に手を振って、動画は終わった。俺はそのままの手でツイットに画面を切り替え、放置していたDMを上から漁っていく。


『この動画見ろ』『宣戦布告されてるぞ』『お前八尺様とも何かあったのかすげぇな→該当動画』『この動画オススメ』


 そうする中に、一つ、毛色の違うDMがあった。


『この動画を見たら、連絡をしてくれると嬉しいわ』


 アカウントを見る。『八尺様@RDA始めました』と名前の付いたそれ。俺は顔を真っ赤にしながら、返信した。


『後で動画撮って送ります。首を洗って待っていてください』


 俺は全身をぷるぷると震わせて、全身真っ赤に怒りでもだえた。


「ぶっっっっっっっっっっっっっ殺す……!」


 ギンコがぎょっとした顔で俺を見る。俺はまだ乗り換え駅でもないのに、ギンコの手を取って電車を降りた。


 何でかって? 今すぐアンサー動画を撮らなきゃ気が済まなかったからだ。待ってろや、八尺様がよ。

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